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終わった世界から


 お風呂からあがると、私と愛音はドライヤーで髪の毛を乾かし、服を着た。


 2人とも、ティーシャツに長めのスカートとパンツを履いたラフなスタイルで、色気は少ない。スカートが私で、ズボンは愛音が履いている。この服は、この家を借してくれた人の私物らしい。

 下着は愛音が近所のコンビニで買って来たのだとか。ちなみにサイズはピッタリだった。


「背中の傷、本当にごめんなさい」


 机の上で、愛音が用意してくれたトースターを食べていたら、愛音があらためて謝って来た。

 お風呂の中で、鏡で残ってしまったという背中の傷とやらを見せられたのだけど……私の目では確認できなかった。鏡越しだったからというのもあるかもしれないけど、私の想像以上に何もなかったので私は何も気にならない。


「もー、私は気にしてないし、愛音のせいじゃないって。むしろこうして自由に動けてるだけで、文句なしだよ。本当なら全く動けないんでしょ?」

「そうだけど……咲夜をこんな目に合わせたのは私のせいだし……」

「だから、違うって……」


 愛音はしきりに自分のせいだと言うけど、それは絶対に違う。いくら私が否定しようとも、愛音は気にして謝り続ける。

 これは何を言っても、しばらくは無駄そうだ。


「罪滅ぼしって訳じゃないけど、ご飯を食べ終わったら見せたい物があるの」

「うん?」


 ご飯を食べ終わると、私は愛音に、家の地下室へと連れて来られた。

 薄暗く、湿った空気で包まれている一室には、良い香りが漂っている。この匂いは、お母さんの──化け物の匂いだ。


「化け物がいるの?」

「ええ」


 返事をした愛音が地下室の電気をつけると、コンクリートで囲まれた空間に、使わなくなったボロボロの家具や雑貨が乱雑に置かれている光景が照らし出された。

 そんな空間の真ん中に、赤い肉の塊が置かれている。

 湯気をたちこませ、今にも溶けてなくなってしまいそうな、危うそうな存在。大きさは、30センチ程だろうか。それが膨れて、ゆっくりとしぼんでいくという運動を繰り返している。たぶん息をしているんだろうけど、とても息苦しそう。


「……これってもしかして、東堂さん?」

「正解。死にかけてたけど、ギリギリ無事な部分を切り離して連れて来たの。このまま放っておけば一ケ月もすれば元に戻るだろうけど、今は何をされても抵抗は出来ない。咲夜の好きにしていいよ」

「好きにって……」


 確かに、東堂さんには酷い事をされた。この世の物とは思えない痛みを与えられ、頭がおかしくなりそうだった。

 そんな行動を、笑って行っていた東堂さんが憎い。自分の立場が完全に上だと理解した上で弱者をいためつけるような化け物には、存在してほしくない。

 と思う自分もいる。


「一気に殺すのも、痛めつけるのも自由。咲夜がしたいようになるように、私が協力してあげる」

「はぁ……いいよ、別に。何もしなくて、いい」

「許してあげるの?」

「許すつもりはないよ。あんな酷い目に合わされて、内心ブチギレてる。しかも私が狙われたのが石塚の罠にハマった結果とか、どんだけバカなんだとか言いたい事はたくさんある。しかもそのせいで、アジトの化け物達までも巻き込んで殺されたんでしょ?バカにバカさが重なって救いようがなくて、むしろ同情すらしたくなるレベルだよ。だから、特別に何もしないであげる。その恥を胸に抱きながら、生きていけばいいと思う」

「……」


 バカにするような私の言葉に、東堂さんは反論する事も出来ない。こんな状態の生き物をいたぶる趣味は、私にはない。


「本当にいいの?」

「うん。それより、愛音の正体って完全に石塚達にバレたんだよね?」

「そうね。石塚達の前で化け物の姿になって、町を駆け抜けたから」

「……その時、誰か殺したりした?」


 もしも私のせいで誰かが死んでしまったりしていたら、私はこの先、普通に生きていく自信が全くない。また、愛音にも罪を背負わせてしまったような形になってしまうので、それが凄く嫌だ。


「誰も殺してない。人も、化け物も」


 しかし杞憂だったようで、愛音は当然のようにそう返事をしてくれた。


「でも、咲夜に酷い事をした静流は、どうしても許せない。化け物の掟と言うか、生物的に同類を殺すような機能がないはずで、そんな事思えるはずがないのに、今はとにかく殺したい。咲夜が許可してくれるなら、今すぐ行動に移りたいと思ってる」


 愛音はいつもの愛らしい表情ではなく、目を細め、ゴミを見るような目を東堂さんに向けている。


 彼女たちは友達同士で、幼馴染で、とても仲が良かったのに……。

 今では仲が良かった頃の面影がどこにもない。東堂さんは子供の頃から化け物で、幼馴染の七瀬さんの事をどうでもいいと言い放ったし、愛音も今の東堂さんを見る目はとても鋭い。


「……いいよ、そんな事しなくても。私、愛音にはそんな顔してほしくない。いつもみたいに、笑っていてほしい」


 私が手を伸ばして愛音の頬を撫でると、愛音の鋭かった表情が柔らかくなった。そして私の手に甘えるように頬ずりをし、笑顔に戻る。


「咲夜がそう望むなら、そうするわ」

「よし」


 愛音が笑顔に戻った事で私は満足し、手を離した。


「それで、私達はこれからどうすればいいの?」

「別に何もしなくていいんじゃないかしら」

「何もって……愛音はそれでいいの?化け物が、たくさん殺されてるんだよ?仲間を助けず、何もしないで黙っていられるの?」

「今回の一連の騒ぎは、新種が始めた事よ。咲夜が連れ込まれた地下室で、十体程の化け物が殺された事に対する報復ね。人間に扮した化け物のキャスターが全国放送で呼びかけて、今こそ人間社会を壊滅させ、自分達がこの国の支配者になろうと意気込んでいる。実際あまり上手くいっていないのは、呼びかけに応じているのが新種だけだからね。旧種はそんなバカな事に乗ったりなんかしない。ただ、黙っていても巻き添えみたいな形で殺されてしまう旧種の化け物はいるだろうけど」


 新種が勝手に始めた事で、何もしていなくても巻き添えになる化け物がいる。


 その巻き添えになる人が、お母さんや愛音だったら凄く嫌だ。


「なんとか出来ないの?化け物達を安全な場所に避難させるとか……」

「この国にはもう、化け物にとっての安全な場所は存在しない」

「この国がダメっていうなら、それじゃあ海外に逃げればいいんじゃないの?」

「私達は、この国でしか生きていけないのよ。その昔、私達が元居た世界と偶然繋がったこの国が、唯一私達が生きていく事を許された場所。だから海外に化け物は存在せず、この国にのみ存在している」

「そうなんだ……」


 てっきり、世界中が化け物で溢れているものと思っていた。だけどこの国にしか化け物は存在しないんだ。ホッとするような、少し残念なような、よく分からない気持ちにさせられる。


「でも繋がったって事は、向こうの世界に帰れたりするの?」


 私の質問に対し、愛音は首を横に振って応えてから言葉を続ける。


「無理ね。私達の世界は、もう終わろうとしていた。深い霧に包まれ、草木一本も生える事がなくなって、まさに世界そのものが消滅しようとしていたその瞬間……どこからともなく一筋の光が差し込んで、私達はその光に導かれるがままに歩いて、歩き続けて……気づいたらこの国にいたのよ。その道がどこにあったのかも分からないし、分かったとしてももう道は消えている。再び道が現れたとしても、元の世界はもう終わってるわ」

「ほとぼりが冷めるまで、元の世界に逃げる事も出来ない、か……」

「そうね」

「じゃあせめて、お母さんや和音さんと……この家を貸してくれた人とか、近くにいる化け物達をここにかくまう事って出来ない?」

「ここに?……まぁ部屋はいっぱいあるから出来なくはないと思うけど。でも集まってしまったらそれはそれでリスクがあると思うわ。特に私は人化生物対策課に目をつけられているし、一緒にいるだけで疑われると思う」

「それなら尚更、和音さんは近くにいてもらった方がいいと思う。お母さんも、私のお母さんって事で石塚に接触されたらヤバイよね」

「分かった。咲夜がそうしたいと言うなら、私も従う」

「それじゃあまずは、私のお母さんと和音さんをここに呼ぼう。和音さんの連絡先は分かるよね?私は自分のお母さんに連絡して、ここに来るように伝えるから。えっと、場所は……」

「場所も伝えてあるから、ここに来てって言えば伝わるわ」


 私は電波状況の悪い地下室を後にし、階段を上がってリビングがある場所でスマホを取り出した。


 愛音の言う通り、この家は広い。地下室まであるくらいだから、かなりのお金持ちが暮らしていたという事が分かる。リビングも愛音の家のように広くて、設備も整っていて豪華だ。数人増えて暮らす事になった所で、手狭には感じないだろう。


 取り出したスマホで、暗記していたお母さんのスマホの電話番号を打ち込むと、呼び出し音が鳴り響く。数度の呼び出し音の後、繋がった。


「あー、こちら桜 陽真璃の携帯電話です。ご用件は?」

「え……?」


 繋がったのに、聞こえて来たのは男の声だ。期待していたお母さんの声ではなくて、私は声を失ってしまう。


「んぁ?もしかして桜 咲夜か?」

「……」

「そうなんだろ!?はっは!やっぱ生きてたか!」


 私の声と反応で、嬉しそうな反応を見せる男の声。

 その声を聞いて、こちらは全く嬉しくなれない。むしろ頭の中で不安が増長していく。


「石塚……!」


 声の主は、間違いない。石塚だ。


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