嘘のメッキはすぐに剥がれる
嘘のメッキはすぐに分かってしまい、ロゼッタは怒りを顕にしながら、部屋へ戻されてしまう。
ロキシーの低い声が、静かな執務室に溶ける。
「みんな、君の帰りを待っている。どんな姿でも、俺は君を──」
言葉は最後まで紡がれず、風にさらわれた。
────
王城の廊下は、白い大理石が淡く光を反射している。
「ロキシーに会って見たいわ!お姉様」
「行きたければ、一人で行きなさい」
そう冷たく言い放つが、ロゼッタは手を離さない。指先に力がこもる。癇癪が爆発すれば面倒なことになると分かっている私は、小さく息を吐いた。東の棟までは、侍女に案内をしてもらうと門前で、銀の鎧を纏った騎士に止められる。
「申し訳ございません。騎士団への入館は、面会の許可が必要です」
「だぁーから!ロキシーに会いたいの!帰って会いに来たって伝えて!」
ロゼッタの甲高い声が石壁に反響する。妹をなだめようとするが聞く耳を持たない。衛兵たちの視線が集まる中、空気が張り詰める。
そのときだった。騒ぎを聞きつけ、遠くから、よく通る声が響いた。
「……メル?」
門の中から背の高い騎士服の青年が立っていた。凛とした立ち姿。赤い髪が風に揺れ、優しい眼差しは変わらずに、ロキシーはロキシーだと感じたメルは言葉に詰まりながら、ロキシーの声は、あの頃よりも低く、落ち着き、確かな大人の響きを帯びていた。
――メルは、私だよ。ロキシー。
「ロキシー!!」
言葉にならない想いが、喉の奥で震える。ロゼッタが衛兵の手を振り払い、駆け出す。石畳に足を取られ、転びかけた体を、ロキシーが素早く身体を支えた。
「メル、危ない!」
その腕に抱き止められる妹の姿を見た瞬間、胸の奥で何かが軋む。ただ、私は立ち尽くすしかなかった。だけど、ロキシーは、何故か違和感が残り信じていないことを、ロゼットも、メルも気付いてはいなかったのだった。
────
キールお兄様、シュゴおじ様、そしてレオハート国王陛下が、駆け寄ってきた。
「メルが帰ってきた!」
キールお兄様は、涙を浮かべ、抱きしめるその姿を見て、私は胸元の服を強く掴んだ。その夜、メルが帰ってきたことを祝う晩餐会が開かれた。ロゼッタが、着ていた洋服は、あの時レオハート国王陛下が船の中で初めて買ってくれた、青いワンピース。ロゼッタは、安い服の着心地に、不機嫌な顔で食堂へやって来た。
私の両親は不在。用事があるとかで、出席できないことだった。長いテーブルに燭台の灯りが揺れ、金の縁取りの皿が並ぶ。私は先に両親が食事会に来れないことを謝罪するため、席を立つ。
「陛下、父と母が出席できず申し訳ございません」
私が頭を下げると、レオハート国王陛下が穏やかに右手を上げた。
「よい。形式ではない。今日は家族の食事だ。昔のように楽しもう」
その優しい、眼差しと声に、胸が温かくなる。やがて、ワゴンを押した給仕が現れ、湯気立つスープを注いでいく。野菜と肉がごろっと入った、素朴なスープ。焼きたての白パン、木苺のジャムに私は思わず、息を零すように──
「あの時の……スープとパンだ──」
その時、がちゃん、と音が響いた。ロゼッタがスプーンを皿に投げ入れたのだ。
「ねぇ、このスープ何?」
食堂が、静まり返り穏やかな空気が凍りつく。
「メルの好きな、野菜とお肉のゴロゴロスープだが?」
ロゼッタの肩が震え席から立ち上がると、ナフキンを床に捨てた。
「こんな、残飯……誰が、誰が食べるのよ!」
「メル?どうしたんだ?」
「お前は、美味しいと言っていただろう?」
シュゴは、何も言わずエールを飲んでいた。その光景を見渡すように、ロゼッタは鼻で笑った。
「こんな安物の服を着せられて、残飯みたいなスープ?馬鹿にされてるわ!」
ロゼッタが、捨てせりを吐き終わると食堂から出ていこうとすると、ロキシーが扉の前に立って剣を抜いていた。そんな中、私は、震える手でスプーンを手に持つと、野菜をすくい口に運ぶ。温かい、懐かしいあの優しい味が、喉を通る。
「……おいしい、おいしい」
私の肩が震え、視界が滲むが、手が止まらない。
「…スープ、…おいしい」
静まり返った空間の中、レオハート国王陛下が立ち上がり、私の元へ歩み寄る。そして、私の頭を引き寄せ優しく、抱きしめた。
「お帰り、食いしん坊メル」
レオハート国王陛下の腰に抱きつき、顔を埋め、声が震える。
「……レオ兄」
その瞬間、ロゼッタの金切り声が食堂に響いた。
「お姉様はじゃ…お姉様は、メルじゃない!メルは私だ!」
だが、ロゼッタの言葉遣いも、好みも、仕草も、皆と過ごした時間や絆は、誰の目にも明らかだった。
「衛兵、彼女を部屋へ」
「はっ!」
ロキシーが衛兵を呼ぶと、ロゼッタは両腕を抱えられ遠ざかる叫び声。食堂の扉が閉まると、静寂が戻る。私は慌てて、国王陛下に頭を下げた。
「妹、ロゼッタの非礼、申し訳ございません」
レオハート国王陛下が、私の肩を、優しく手を置いた。
「メルが咎めないなら、私も咎めない」
その言葉に、また涙が零れ流れ落ちる。
「やっぱり、メルはメルだな」
ロキシーが、抜いた剣を鞘に戻すと笑顔で私を見ていた。キールが、涙を流しながら鼻を鳴らす。
「当たり前だ!妹を、私が見間違えるわけがない!」
「おや、メルだメル!って騒いで、泣いていませんでしたか?」
「小僧、うるさいぞ!」
笑い声が、食堂に響き懐かしさが広がる。エールを飲み干し、ドンッとグラスをテーブルに置くとシュゴが、穏やかに私の目を見て微笑んだ。
「メル、待ちくたびれたぞ」
その一言が、私の苦しかった胸に染み渡り、涙を自分の指で拭うと、皆に笑って見せた。
─灯りの揺れる食堂。
─懐かしいスープの香りと、変わらない味。
─大好きな皆の笑い声。
ようやく、帰って来れたんだと、実感する。どんな姿であっても。
─光となって消えたあの日から。
─変わらないこの場所へ。
私は、とびきりの笑顔で答えた。
「メルだよ!ただいま!!」
よかった゜(゜`ω´ ゜)゜だが、物語は始まったばかり。




