第21話 暗殺
1566年二月五日夜半。
美作興善寺の一室に明かりが点けられ、三村氏の主だったものが集まって軍議を行っていた。
夜も遅いことから、見張りの数も少なく狙うにはいい夜だ……。
宇喜多直家から命を受けた家臣、遠藤秀清とその弟、俊道の二人は善光寺の陰に潜んでいた。これから、三村家親を火縄短銃で狙うのだ。
秀清は、俊道と顔を向き合わせると、お互い頷き合い行動を開始する。
足音を当てず、障子越しに明かりの付いている部屋の側へ。
(……ここだな。部屋の中から声が聞こえる)
(軍議の最中なのだろう。俊道、障子の穴から中を見て確認しろ)
(分かった……)
遠藤利通は、ゆっくりと縁側を上ると障子の破れている部分から中を覗き込む。
中に、幾人かの人を確認した。
その中に、三村家親を見つけ下にいる秀清を見る。
(いたぞ、三村家親に間違いない)
(よし、これを使え。……いいか、よく狙えよ)
(分かった)
秀清から火縄短銃を受け取ると、俊道は障子の破れた部分から銃口を三村家親に向ける。火縄の臭いが相手にたどり着く前に、撃たなければならない。
じっくり狙う時間はないが、俊道もこの距離で外すような素人ではない。
そして、引き金を引いた。
―――――パンッ!!
「ぐっ!」
「!と、殿!」
「兄上!!」
遠藤俊道の放った火縄短銃の弾は、確実に三村家親を射抜いた。
そして、すぐに縁側を降り兄の遠藤秀清とともに興善寺から脱出する。
三村家親が殺されたのだ、それも卑怯な暗殺という手段で。すぐにでもこの興善寺は大騒ぎとなり遠藤兄弟はすぐに捕まるかもしれない……。
(急げ!)
(……ま、待ってくれ。何かおかしくないか?)
(何が……だ……)
遠藤兄弟は、二人とも死にたくないので急いで興善寺を離れるが思ったほどの騒ぎになっていない。
それどころか、三村家親という殿が暗殺されたというのに興善寺から誰一人として出てきていない。
遠藤兄弟は、興善寺から人が出てくることが確認できる場所まで移動し少しの間見張っていたが、騒ぎらしい騒ぎが起きていなかった。
「……どういうことだ?
俊道、お前は何を撃ったんだ?」
「俺は確実に、三村家親を撃った。本当だ、信じてくれ」
「だが、三村の陣中は大きな騒ぎになっていないぞ?」
「……俺は確かに、三村家親を撃った……」
「……そうだな、俊道があの距離で外すわけがない。
宇喜多直家様には、三村家親に銃弾を命中させたと報告しよう」
遠藤兄弟は、その場を離れ宇喜多直家の元へ無事帰還し報告。
だが、宇喜多直家は当初、遠藤兄弟の報告を信じなかった。何故なら、三村家の軍勢が何事もなかったかのように整然としていたからだ。
これは、打ち殺すことができず助かったかそれとも影武者だったのか……。
だが、その後すぐに三村家親の体調不良を理由に三村家の軍勢は、拠点である備中松山に引き上げた。
宇喜多直家は、備前国にある自身の城で三村家親の行動を考えていた。
「どうなっている?!
家親の軍勢が引き上げるとは……」
「直家様!直家様!」
「どうした!うるさいぞ!」
廊下を走り一人の家臣が、宇喜多直家の側に近づくとすぐに畏まる。
そして、直家を見上げ先ほどもたらされたことを告げた。
「直家様、今知らせが届きました!
三村家親が、亡くなられたと!」
「何っ?!死因は!」
「火縄銃によるものと!
どうやら、興善寺で何者かに殺されたとか」
「興善寺で?
だが、あの時は家親が死んだような騒ぎは無かったが……」
「親成です。重臣の三村親成が機転をきかせて陣中の動揺と騒ぎを抑え、兄の家親が率いていた軍勢を代行指揮し、引き揚げたとのことです」
宇喜多直家は口角を上げ、三村親成のとっさの判断に感心した。
兄である家親の横死を秘しての鮮やかな引き際だった。
しかし、だとするなら遠藤兄弟の暗殺は成功していたということになる。
「遠藤兄弟を呼べ!」
「ハッ!」
知らせてきた家臣が頭を下げて、再び廊下を早足で去っていく。
「遠藤兄弟たちは、私の命を成功させていたか。
ならば、褒美を与えねばならんか……」
こうして、三村家の美作侵攻は失敗した。
これにより、戦は終わり集められた兵たちは解散することに。
▽ ▽ ▽
二月上旬、桜花神社に義綱君が帰ってきた。
大きなケガもなく、何度かの戦を経験して顔つきも少し凛々しくなったようだ。
初陣を経験し、義綱君が今後どんな人生の選択をするのかは楽しみだ。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、義綱さん。
ご無事の帰還、何よりです」
「兄上~」
「兄さま~」
凛さんに迎えられ、義綱君の妹の美代と千佳は無事な姿を見て泣き出してしまった。
さえとせんと琴も、義綱君の無事な姿に安堵している。
「おかえり、義綱。
『男子、三日会わざれば刮目してみよ』だな。
顔つきが変わって凛々しく見えるよ」
義綱君は、少し照れたように笑う。
よく見れば、腕や足に少し切り傷があるが致命傷というわけではないようだ。
「今回の戦は、相手が引いてくれたので村の男たちに犠牲は出なかった。
だが、アレが戦というものなのだな……」
義綱君、何やら戦の空気をしっかりと感じ取ったみたいだな。
……これは、次の戦にも参加しそうだな。
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