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全力で殴らせて下さい

朝になり、窓の外から陽鶏(ようけい)の鳴き声が聞こえてくる。

この世界には、日が上る時に鳴く、陽鶏と呼ばれる鳥がいる。

この陽鶏は、毎日決まった時間に鳴くため、隊士達にとって鳴き声は目覚まし時計の変わりになっていた。

ちなみに、陽鶏は毎朝5時に鳴き声をあげている。


「んー…。もう5時か…。」


布団から顔を出し、ゆっくりと体を起こす。


「ふぁー…。シャワー浴びなきゃ…。」


眠い目を擦りながら、浴室へと足を動かし、シャワーを浴びる。

次に浴室から出ると、用意してあった隊服に着替えた。

部屋に置いてある木刀を腰元に挿す。


「よし、鍛練しに行くか。」


毎朝の日課である鍛練をするため、部屋を出て演習場へと向かった。


「今日もいい天気だな。」


鼻歌を歌いながら歩いていると、演習場の手前で見慣れた後ろ姿に気付いた。


「あれ?たくと?」


名前を呼ばれた人物は、歩みを止め後ろを振り向く。


「あ。さき。おはよー。」


「おはよう。どうしたの?こんな時間に。珍しいね?」


「なんか目が覚めちゃってさ。朝食までやる事ないから、さきを見に来たんだー。」


三田坂は、にこにこと笑いながら槍山を見る。


「そうだったんだ。どうせなら、一緒に鍛練しない?」


「いいの?邪魔じゃない?」


「むしろ、一緒に鍛練に付き合って欲しい!」


「ふふっ。分かった。」


三田坂は嬉しそうに笑った。


「俺は何をすればいいの?」


槍山は、地面に描かれている円の中心へと入り、その近くに置かれている籠を指差す。


「この真ん中に私が立つから、たくとは、この円の周りから籠の中に入っている玉を投げてもらいたいの。」


「分かった。」


「玉がなくなるまで続けて欲しい。なくなったら教えてね。」


槍山は懐から手拭いを取り出し、それで目を覆い後ろで結ぶ。腰元にある木刀へ手を添え、構えをとる。

三田坂はそれを確認し、籠から玉を取り出す。

一度槍山へと視線を向け、玉を持つ手に力を込めた。


「いくよ…!」


三田坂は玉を投げながら、円の周りを走る。

投げられた玉は、真っ直ぐ槍山へと向かう。

槍山は、神経を研ぎ澄ませながら、気配がする方へと木刀を振る。

木刀で玉を落とし、玉を避けながら体や腕を動かす。

それを繰り返していた所で、三田坂が声をかけた。


「今ので最後だよ。お疲れ様、さき。」


ゆっくりと手拭いを外し、三田坂へ視線を向ける。


「ありがとう。たくと。」


「凄かった。流石さきだね。」


「これぐらい、出来て当たり前だよ。」


笑いながら、落とした玉を拾い上げていく。


「この後は何をやるの?」


三田坂も玉を拾い上げながら、次は何かと尋ねる。


「次は腹筋・腕立て1000回、その後重りを着けて演習場の周りを10周走って、素振り1000回やるよ」


ハードな鍛練メニューに、拾う手を止め三田坂は顔を引きつらせた。


「もしかして…これ毎日?」


まさかなと思い、恐る恐る尋ねる。


「もちろん!」


キラキラとした笑顔を見て、思わず三田坂は両手で顔を覆った。


「?どうしたの?」


「ちょっと目から汗が出てきた…。」


「え?目から汗ってヤバくない?大丈夫?」


「うん。何か今ので、本当の涙が出てきそう。」


「変なたくとー。あっ。あたし鍛練するから。」


槍山は笑いながら、もくもくといつもの鍛練をこなし始めた


「ねぇ、さき。朝からハードな鍛練して疲れない?」


「んー、毎朝やってるからね。もう慣れたよ。」


「そうなんだね。」


三田坂は軽くため息を吐くと、槍山が重りを着けているのを見つめー…


「ちょっ?!待って?!え?」


ーるのをやめて、止めに入った。


「なにそれ?!それ重り?!」


槍山が着けている重りを指差し、ワナワナと震えだした。

その先には、重りとは言えない量を着けている槍山がいる。


「え?重りだけど?」


「いや、重りっていうレベルじゃないから!!普通重りって一個着けるくらいだから!もうそれ、重りじゃなくてある意味武器になってるから!!」


流石に、これはヤバイと言うものの、当の本人は笑っている。


「何言ってんの、たくと。どっからどう見ても普通でしょ?」


「これが普通って…ちょっ?!人がまだ話してるのに走り出さないで?!聞いてる?さきー!!」


大丈夫ー!と言いながら走り始めてしまった槍山に対し、頭をかかえた。


「まさか、ここまで酷いなんて…。後でしょうぶ達にも知らせなきゃ…。」


そっと槍山へ視線を向けると、槍山は軽い身のこなしで演習場の周りを走っている。

本当にお前は女かと、疑いたくなってしまった。


「まぁ…。さきだし仕方ないか…。」


そう思わずにはいられなかった。

それから暫くして、槍山の鍛練が終わる。


「ふー…。今日もちゃんと体動かせたな。」


「お疲れ様。さき。はい、タオル。」


「ありがとう、たくと。」


三田坂からタオルを受け取ると、足に着けた重りを外していく。


「改めて言うけど、本当その重りヤバイよ。」


「え?そう?これ、ばば様が皆んなやってるって教えてくれたんだけど…。」


あの婆さん何教えてんのー?!

三田坂は片手で顔を覆い、上を向く。


「?どうしたの?たくと。」


「うん。ちょっと頭の中で暗殺してた。」


「怖っ!誰を暗殺してたの?!」


槍山は顔を青ざめ、ガクブルと恐怖で体を揺らす。


「ふふっ。さきは知らなくていいんだよ?さっ。早く戻ろっか?」


三田坂の笑顔がとても怖く、これ以上なにも聞かないようにしようと心に決めたのだった…。


「朝食の時間までまだ時間あるから、さきは部屋に戻ってシャワーを浴びてきなよ。席は先に取っておくからね。」


「ありがとう、たくと。じゃあ、部屋戻るね。また食堂で!」


槍山は手を振りながら、部屋へと走っていった。

三田坂も振っていた手を下ろすと、軽く伸びをした。


「んー…。さてと、あの2人を起こしてくるかなー。」


三田坂は2人を起こすために、隊舎へと向かうのであった。


あの後、直ぐ部屋へと戻ってきた槍山は、シャワーを浴び終え隊服へと着替える。


「よしっ。食堂行こう。」


部屋から出ると、食堂へと向かった。

食堂に近づくと、いつもと違い騒がしい。

不思議に思いながらも、三田坂達を探す。


「さきー、こっちこっちー。」


近くに座っている三田坂を見つけ、席につく。


「席ありがとう。何かいつもと違って騒がしいね?」


何かあったのかと、三田坂に尋ねる。


「あー…。それがね「あー!腹減ったー!ここが食堂かぁ!」あれだよ。さっき突然、上の人が連れてきたんだよね。」


食堂に聞き慣れない声が響いている。


「?誰が来たの?」


ここからでは、声の人物が見えない。


「リジャ領の隊士。」


「え?リジャ?」


リジャ領は確か、ここから南方に位置する大きな領地だったはず。

最近まで、どこかの領地と戦をしていたと耳にしている。

しかし、なぜそのリジャの者がここに?


「リジャ領の領主が、人を探しているらしいんだよねー。」


「リジャ領の領主が?」


はて、最近同じ話題を聞いたような…。


「ジャガネールといい、リジャといい、人探しでここまでくるもんなのか?」


声のする方へと顔を向けると、お盆を待った嵩嶺が立っていた。


「おはよう、はやて。あれ?しょうぶは一緒じゃないの?」


「しょうぶは、お茶を運んでいる。」


嵩嶺が指差す方へと目を向けると、團本が人数分のお茶を持ってゆっくりと歩いていた。


「今日は人がいつもより多いから、混んでるねー。」


頬杖をつきながら、三田坂は賑わっている場所を見ている。


「本当だね。それより、朝食を取りに行こうよ。」


「うん。はやて、行ってくるねー。」


「あぁ。」


2人は朝食を取るため、席を離れた。


「しょうぶ!おはよう。お茶ありがとうね。」


「おはよう、さき。向こうに、さきの好きなチャカがあったぞ。」


「本当?!早く取りに行かなきゃ!」


「ちゃんとご飯も食べるんだぞ?」


團本は笑いながら、槍山の頭をぽんぽんっと撫でる。


「分かってるって!じゃ、直ぐ戻るね!」


團本に手を振りながら、三田坂とまた歩き始める。


「今日はチャカがあるんだって!」


ニコニコと嬉しそうに三田坂へ話しかけると、三田坂は面白そうに笑った。


「フフッ。さきは、本当にチャカの実が好きだよねー。チャカの実沢山食べたら、ご飯食べれなくなるから気を付けてよ。」


「ちゃんとご飯も食べるから大丈夫だよ!あ。まだ沢山チャカがある!取ってくるね!」


目当ての物を見つけると、三田坂に手を振りながら小走りで向かう。


「ふんふんふーん♪」


「それ、何?」


お皿に沢山チャカの実を乗せていると、後ろから誰かに声を掛けられた。

振り向くと、そこには顔が整った黒髪の男の人が立っていた。


「えっと…これはチャカの実と言って、とても甘くて美味しい果物です。」


「へぇ。果物ね。これ、好きなの?」


「好きですけど…。」


一体この男は誰かと考えていると、目の前の男はじーっと槍山を見つめている。


「すみません、まだ何も食べてないので失礼します。」


居心地の悪さを感じ、足早にそこから移動する。

ちゃんとご飯もお盆に乗せ、團本達の席へと急いで戻った。


「お帰り。ちゃんとご飯も取ってきて偉いぞ。」


團本は、嬉しそうに笑う。


「お前は、さきの親父かっ。」


「しょうぶだしねー。」


嵩嶺は呆れたように突っ込み、三田坂は楽しそうに笑っていた。


「ちゃんと食べないと、力出ないしね。」


團本の隣へ座り、4人揃って手を合わせた。


「「「「いただきます」」」」


その後は何事もなく、朝食を食べ終わった4人は、食堂を後にした。


「さて、ご飯も食べたことだし、そろそろ行きますか。」


手を上に挙げ、軽く伸びをする。


「そうだな。今日はどこを担当するんだ?」


担当とは見回りのことを指しており、3人1組で行動する事になっている。

日によってそれぞれ担当地区を割り振られているのだ。


「今日は、リヤーク地区を担当だよ。しょうぶ達は?」


「俺もリヤーク地区だ。」


「俺もー。はやては?」


「…ヤハラ地区。」


嵩嶺はぶすっとした顔で答える。

それを見た三田坂は、可笑しそうに笑った。


「あははっ!また、はやてだけ違う地区!」


「うるせぇっ!笑うな馬鹿たくと!!」


指を差し笑っている三田坂に、嵩嶺は顔を真っ赤にし強めに髪をワシャワシャと撫でた。


「いたたっ。もー。馬鹿力なんだから、少しは加減してよねー。」


「俺を揶揄うからだろうが!」


怒っている嵩嶺の肩に、槍山と團本はそっと手を乗せた。


「まぁ、それも運だしね。ドンマイっはやて!」


「大丈夫。次こそ一緒になれる!」


2人の優しい(?)言葉に、嵩嶺はまた顔を赤く染める。


「だー!もう!別に、落ち込んでねぇから!お前ら早く見回り行け!」


嵩嶺はそれだけ言うと、早足でその場から離れた。


「いやぁ…本当、はやてって揶揄いがいがあるよねー。」


「あの反応、本当面白いよね。」


「そうだな。だが…やりすぎは良くないからな?」


「「はーい。」」


3人は担当の地区へと向かうため、歩き始める。


「おーい、お前達ー!」


後ろから声を掛けられ、振り向く。

そこには、隊長の三城旗そうご(ミキハタ ソウゴ)と、見慣れない服装の隊士がいた。


「どうかしましたか?」


「お前達に頼みたい事があってな。」


槍山は、隊長の後ろにいる隊士をチラッとみる。


「もしかして、そちらの方の事ですか?」


隊長はニッと笑うと、そうだと頷く。


「お前達は、この隊士と一緒に、見回りへ行ってもらうことになった。」


後ろの隊士をもう一度見て、隊長へとまた視線を戻すと、ニヤニヤと面白そうに槍山達を見ていた。


(何か企んでるな…。)


あえて顔には出さず、槍山はニコッと微笑むと隊長にボソッと呟く。


「いつもお仕事大変そうですから、後でばば様特製のお飲み物を持っていきますね。」


特製の飲み物とは、栄養が豊富な野菜や木の実などを細かく刻み、どろどろになるまで煮込んだもの。

味はこの世の物とは思えないほど、とてつもなく不味いが滋養強壮にはもってこいの飲み物である。

隊長はその味を思い出したのか、先程のニヤケ顔から一変し、サァーっと血の気が引くような顔をした。


「お、俺はこれから、書類の確認をしに行ってくる!後は頼んだ!」


隊長は乾いた笑みを見せ、早足でその場を去って行った。


「?隊長どうしたんだろうな?顔色が良くなかったが…。」


「仕事が忙しいんじゃないかな?」


ふふっと、楽しそうに槍山は微笑む。


「まぁ、隊長の事は置いといてー…。えっと、あなたの名前を聞いてもいいですかー?」


三田坂は、隊長が連れてきた人物へと顔を向け、話し掛ける。

槍山と團本も、そちらへと顔を向けた。


「あぁ…。俺はリジャから来た浅羽仲(サハナカ)だ。今朝食堂でも話したが、リジャで隊士をしている。」


「リジャの隊士…。」


「あんた達の名前を聞いてもいいか?」


「俺は、團本と言います。」


「三田坂です。宜しくお願いしまーす。」


「槍山です。」


團本、三田坂に続いて挨拶をすると、浅羽仲はじっと槍山を見つめている。


「?なにか…?」


「いや…。女性の隊士は珍しくてな。」


「まぁ、確かに少ないですね。リジャでも、女性隊士は少ないのですか?」


「そうだな…。俺の知っている限り、2人しかいない。」


やはり、リジャ領でも女性隊士は少ないのかと、槍山は少し落胆した。


「そうなんですね…。」


「隊士になるには、忍耐・体力が特に必要だ。今以上に精進し、お前が女性隊士の上に立て。そして、一般人の隊士像を変えろ。お前には、その力がある。」


浅羽仲は、真っ直ぐな瞳で槍山を見つめる。


「あ、ありがとうございます…。」


初めて会ったのにも関わらず、自分を女だからではなく、隊士として見てくれたことに嬉しさを感じた。

しかし、それと他に疑問も抱いた。

何故そうも言い切れるのかと…。

自分を知っているような言い方にも思える。


「…。」


再度、目の前にいる浅羽仲へと視線を向ける。

特に、不自然な所はない…。

考えすぎかと、團本達へと顔を向けた。


「とりあえず、担当地区へと行こっか。」


「そうだね。」


「今から見回りをするので、浅羽仲さんも一緒にお願いします。」


「分かった。」


担当地区へと着くと、浅羽仲は周りを見渡す。

そこには、野菜や肉等を売っている店が建ち並んでいた。


「ここは、食べ物を売っている店が多いんだな。」


「そうですね。主に食べ物を売っているのは、ここの地区が多いです。」


「地区によって売るものが違うのか?」


「食べ物はこの地区とは決まってはいませんが、大体は地区ごとで売るものが異なっていますね。また、時間がある時にでも見て下さい。」


「そうだな。また来るとしよう。」


浅羽仲は頷くと、團本達へ視線を向けた。


「今から見回りをするんだったな。」


「はい。最近、不審な者がうろついているそうです。もし、不審な者がいたら教えて頂きたい。」


「不審な者…。」


浅羽仲は呟くと、少し考え込む。


「何かありましたか?」


不思議に思い、槍山が声を掛ける。


「最近リジャでも、不審な者の目撃が増えているんだ。まさかとは思うが…。」


「偶然…とは、少し違うような気もしますね。」


團本と三田坂へ目配せをし、再度浅羽仲へと視線を移す。


「何れにせよ、この件が同じだとは、まだ言いきれません。念の為、隊長にこの話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「あぁ。こちらからも、話をさせてもらう。」


浅羽仲は頷き、また店へと視線を巡らせる。

槍山はそれを横目で確認し、視線を前へと向けた。


「あれ…?」


三田坂は何かに気づくと、歩みを止める。


「どうしたんだ?」


不思議に思い、團本は三田坂が見ている方へと視線を向けた。


「!あの服は、ジャガネール…?なんでまたここに…?」


2人の視線の先には、ジャガネールの隊服を着た2人組がいる。後ろ姿で顔は見えないが、背格好からして男だと分かった。

しかし、なぜ此処にジャガネールの者が…?

上からは、何も報告は無かった。


「不審な人物に、ジャガネールの隊士…。ねぇ、まさかとは思うんだけど…。」


槍山は何かに気付いたように、3人へと顔を向ける。


「あぁ。多分、さきが考えている事と同じだ。」


「まだ、憶測だけど…。探し人が関係してるんじゃないのかな?」


團本と三田坂は、2人組から目を離さずに頷く。


「探し人…?ジャガネールも探している奴がいるのか?」


浅羽仲の言葉に驚き、3人は思わず浅羽仲へと視線を向けた。


「ジャガネールも?」


「リジャでも、誰かを探しているんですか?」


團本と三田坂は、じっと2人組を見ている浅羽仲へと問いかける。


「あぁ。俺も詳しくは知らないが、領主と上の隊長達が女を探しているそうだ。どんな人物なのか、どこに住んでいるのかも分からないらしい。」


「「は?」」


團本と三田坂は驚き、声を上げた。


「リジャの領主は、見たこともない人物をさがしているのか?!」


「しかも、どこに住んでるのかさえ分からない人を?この広い大陸を探すにしても、相当大変だよね…。」


というより、正気の沙汰ではないのでは…。

そんな2人の様子を見て、浅羽仲は可笑しそうに笑った。


「ふっ…。まぁ、普通はそういう反応するな。俺も正直、何をやっているのかと疑問に思うが…。あの方達が探している人だ。とても素晴らしい人なんだろうな。」


團本と三田坂はお互いの顔を見て、首を傾げる。


「だが、素性も分からない女性なんだろう?どうやって、その女性を探すんだ?」


「顔だけでも分かれば、探しようもあるんだろうけどねー。」


「話を聞く限り、そういったものがないだろうし…。」


槍山も、お手上げと言わんばかりに眉をひそめた。

3人の様子を見ていた浅羽仲は、そういえば…と何かを思い出したように呟いた。


「昔、その人に命を救われたと言っていた。」


「命を…?」


浅羽仲は一瞬考える素振りを見せた後、ふっと笑い3人へ視線を向けた。


「この話は、これで終いにしよう。今はやるべきことがあるだろう?」


3人はまだ聞きたいことがあったのか、少し残念そうに浅羽仲を見た。

しかし、自分達の仕事が最優先のため、顔を引き締め見回りを開始する。


「後で隊長に、先程の隊士の件を報告しないとだな。」


團本の言葉に、槍山は頷いた。


「そうだね。もしかしたら他でも、同じ報告が出るかもしれないしね。」


4人は午前中の見回りを終え、担当地区を後にしたー…はずだった。


「…。」


何故か槍山は1人、人気のない路地裏にいた。

否、1人ではなかった。

目の前には、立ち塞がるように不審者がいるのだった。

槍山はじっと、相手を見つめる。

背は槍山よりも高く、暑いのか上は半袖であり、下は短パンと草履。体格からして男性であろう。

首と手首には露店で売っている派手なネックレスとブレスレット。腰には浮き輪、黒い眼鏡にアフロの被り物までしている。


「…。」


まごうことなき不審者がいた。

このままお互い黙っていても、埒があかない。

少し警戒しつつ、目の前にいる人物へと声を掛けるため、ゆっくりと口を開いた。


「突然私の腕を引っ張り、ここへ連れてきたのは何故ですか?」


槍山がなぜ路地裏へいるのか…

それはこの人物が槍山の腕を突然引っ張り、人気が少ない路地裏へと引き込んだのが原因だった。


「観光がてら、色んなところを見て回っていたら帰り道が分からなくなったんだ。ちょうどそこで君を見つけたから、帰り道を聞こうと思ってさ。」


ようやく喋ったと思ったら、まさかの迷子。

またその派手なアクセサリー達は、観光しながら買ったのかと納得する。

ただ道を聞くなら、わざわざこんな所へ連れ込まなくてもいいのではないか…。


「だからと言って、こんな所へ連れて来ることはなかったんじゃないですか?声を掛けていただければ、それでよかったと思いますけど。」


少しトゲのある口調で相手に語りかける。

だが、目の前の男は意に介さずこちらを見て笑っている。


「突然ここに連れてこられたのに、よく普通でいられるね。まぁ、僕が言えたことじゃないんだけどね。」


「…まぁ、仕事柄こういったことには慣れていますので。」


槍山とて、何も警戒していない訳ではない。

いつでも動けるように、相手から目を離さずにいるだけだ。現に、手は腰元に挿してある愛刀へかけられている。


「ふふっ。ねぇ…君の名前聞いてもいい?」


「…」


突然名前を聞かれ、嫌そうな顔で相手を見る。


「んー。そっか、知らない人には教えたくないよね。

僕は波須潟(ハスカタ)って言うんだ。次は君の名前教えて?」


「…はぁ…。」


槍山は小さくため息を吐いた。


「…槍山です。」


嫌そうな顔をしながら、自分の名を口にする。


「ぶふっ…。」


目の前の男は槍山の嫌そうな態度がツボに入ったのか、ゲラゲラと笑い出した。

槍山はまた嫌そうな顔をしながら、それを見つめる。


「あー…笑った笑った…。こんなに笑ったの、2日前くらいかな!」


( 最近かよっ!)

ツッコミたいのをぐっと我慢し、軽く息を吸う。


「所で…、あなたはどこからいらしたんですか?」


「えー…?知りたい?」


波須潟はニコニコしながら、槍山へ聞く。

槍山がどんな面白い反応をするのかと、待っているのが見て分かる。


「いえ、そこまで知りたいとは思っていません。とりあえず、我々の隊舎へご同行願います。」


槍山はニコッと笑うと、どこからか縄を取り出し素早く波須潟の腕を縛り上げた。

これには波須潟も流石に驚いたのか、目を見開く。


「あれ?これってもしかして、連行される?」


「もしかしなくても、連行ですね。浮き輪は私が持ってあげますから、さっさと歩いて下さい。」


右手に縄・左手に浮き輪を待ち、縄を引っ張りながら歩き始める。


「わぁ。本当に行くんだぁ…って、いたたたたっ!槍山ちゃん、もう少し優しく引っ張ってくれないかな?」


「つべこべ言わず、早く歩いて下さい。ここから隊舎まで距離がありますから、ゆっくり歩いていたら日が暮れちゃいます。」


槍山の冷たい対応を受けるも、歩く速度や縄を引く力が先程よりも少し緩んでいる事に気付く。


「そう言いながらも、歩幅を合わせてくれるんだね。槍山ちゃんって優しいんだね。」


「…。」


「あれ?もしかして照れちゃった?可愛い…いたたたたたっ!」


無言で縄を引っ張る手を強める。


「バカなこと言っていないで、早く行きますよ。」


「手厳しいなぁ。」


波須潟はふふっと笑うと、これ以上機嫌を損ねないようにと槍山に着いていった。


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