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食らう  作者: 桂木イオ
3/9

手を握って

 ――場所 研究室01


「で『あれ』はどうしてる?」

「どうって、相変わらずよ。まだ朝だし」

「そうか」

「それより貴方、夢に見られたみたいよ? 気をつけなさい。あの子はいいけど『あれ』に見られたら疑われるわ」

「わかっている。今回の実験、もし失敗したなら――」


 以降、助手が退席したため会話なし。






 宴は、悲しみに暮れる友人に、どんな言葉をかければいいのかわからずにいた。

 友人は、夢ちゃんは、自分と見ている世界が違う。普通の景色が見える宴とは違い、彼女は化け物が蔓延る世界で生きている。夢の憂いを帯びた瞳は、その苦しみを心中で反芻しているようだった。


「だから、あざみ先生のこと、突き放しちゃった。いつもなら平気なのに。我慢できるのに」

「…」

「でも、宴ちゃんはこの世界で唯一まともに見えるんだ。だから今日隣にいてくれて、すごく安心した」


 穏やかな笑みをたたえながら夢が紡いだ言葉を聞いて、友人の為に自分が出来ることが僅かでもあったことに、宴は救われたような気がした。


 いつもの調子に戻ってきた友人は言う。


「あざみ先生のことを我慢できなかったのは、多分朝見た変な生き物のせい。あんなの今まで一度も見たことなかったもん」

「そいつ、どこに行ったの?」

「渡り廊下。別館に向かっていったみたい」

「よし! じゃあ退治しに行こう!」

「え?」


 突飛な宴の提案に、夢は大きな瞳をさらに見開いた。


「だ! 駄目だよ宴ちゃん! 危ないよ!」

「大丈夫! もしかしたら新任の先生かもしれないし!」

「…本当に行くの?」

「うん。あざみ先生には置き手紙をしておこう」


 宴はリュックから付箋を取り出し、やや癖のある丸文字で「さぼります」と書くと教卓に貼り付けた。


「夢ちゃん、どうする? 待っててもいいんだけど…」

「行く。あざみ先生と二人じゃ、またおかしくなっちゃう」


 夢は宴の手を握った。友人の手は思ったよりも冷たくて、思ったよりも震えていた。





 宴は夢の手を引きながら、渡り廊下までやってきた。渡り廊下に、人の気配はない。


「夢ちゃん、大丈夫?」

「うん。宴ちゃんがいるから、大丈夫」


 お互い何も言わず、別館への道を歩く。張り詰めた空気を和まそうと、宴は努めて明るい口調で口火を切った。


「今日ね、お兄ちゃんがお弁当を作ってくれたんだ」

「え、そうなの?」

「うん! 料理下手なお兄ちゃんが、一生懸命作ってくれたの!」


 宴は玄朔が失敗しながらも懸命に料理を作っている姿を想像し、一層兄が愛しくなった。宴は兄と結婚したいと心の底から思ったが、そこまでは口にしなかった。


「宴ちゃん、お兄ちゃん大好きだよねー」


 呆れたような顔のまま、夢が微笑む。


「私もお兄ちゃんいたけど、嫌いだったな…」

「そうなの?」

「うん。平気で私を殴ったりしたから」


 夢の言葉を聞き、宴は調理実習で夢が腕を捲った際、白く細い腕に大きな痣や傷跡があったことを思い出した。


「ごめん、辛いこと思い出させちゃったね」

「ううん。今は宴ちゃんもいるし、全然平気」

「ええっと、じゃあ夢ちゃんも私のお兄ちゃんの妹になろう!」


 宴の言葉を聞いて、夢は鈴を転がしたように笑った。


「なにそれ、面白いね。そしたら私は宴ちゃんのお姉ちゃんかな?」

「そしたら夢お姉ちゃんだね!」


 友人にはいつも笑っていて欲しい。はやく化け物の正体を暴かなければ。宴はそっと、繋いでいる手を握り直した。


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