虚ろな友達
宴が通っている高校は、ある実験施設の跡地に建っていた。
固く冷たい鉄の壁を抜け校内に入ると、まるで廃病院のような陰鬱さを感じるが、学校ということである程度は改装されている。教室は普通の学校のように、木の机や黒板が置かれている。
宴がいつものように教室に入ると、親しい友人が、白く長い髪を床に垂らしながら教室の隅で震えていた。
「…宴、ちゃん」
「おはよう夢ちゃん。どうしたの?」
「あ、あのね、変なのが、いたの」
「?」
普段とは違う友人の様子に宴が困惑していると、いつの間にかやってきた夜霧が、夢の肩にそっと手を置こうとしていた。
「夢、大丈夫?」
「来ないでぇ! あっちに行けぇ!」
あざみ先生の手をはたき落とし、夢はヒステリックに声を荒げている。変わり果てた友人に戸惑いながらも、宴は夢を落ち着かせようとした。
「ゆ、夢ちゃん、あざみ先生だよ。しっかりして」
しかし、宴の声は届いていないようだ。彼女は頭を抱え、しきりに何かをぶつぶつと呟いている。
「宴さん」
「はい」
「一時間目の授業はプリントを作っておくから、落ち着くまで一緒にいてくれない?」
「わかりました」
宴を残し、夜霧は職員室の方へ行ってしまった。
友人と二人きりになった宴は、夢に柔らかく語りかけた。
「夢ちゃん。大丈夫」
「…」
絹糸のような白髪を指で撫でると、熱を帯びた細い身体が恐怖で打ち震えているのが、指先から伝わってきた。
「大丈夫。私がついてるから」
「…宴ちゃん…」
「夢ちゃんを襲う悪い奴は、私が退治してやるのだー!」
おどけた口調で宴が言うと、夢は僅かに、いつもの朗らかな笑顔を浮かべたので、宴は少し安心した。
「ねえ、宴ちゃん。私の話、聞いてくれる? 宴ちゃんになら、話してもいい」
「うん。聞かせて」
「…ありがとう」
涙を拭い、夢は自分の席に座ると、静かに話し始めた。
「私ね、二年前家の階段から落ちたの。その時強く頭を打ったらしくて、それから目がおかしいみたいなんだ」
「おかしいって…私、見えるよね?」
「…うん」
何がおかしいのかわからず、宴は首をかしげた。宴の見る限り、目が悪いという訳ではないようだ。
「あざみ先生って、綺麗な人なんでしょう」
「うん。綺麗な黒髪で、身のこなしがどこか洗練で、モテるんじゃないかなあ」
宴の話を、夢が悲しそうに聞いていた。
何故、そんな顔で聞いているのだろう。
あざみ先生の話をしながら、どうして夢がこんな話を聞くのか、宴には不思議で仕方なかったが、今まで一度も口を狭まずに聞いていた夢は、宴をまっすぐに見つめて予想もしていなかったことを口にした。
「私はね、あざみ先生が人間に見えないの。頭の裂けた、恐ろしい化け物に見える」
「え…?」
「私は、人間が人間に見えないし、地面も植物も、宴ちゃんとは違うように見えてるの」
色素の薄い灰色の目をすっと細めた友人の顔は、悲しみに満ちていた。




