第11話 看破
どうぞ。
「それでは鞄をお願い致します」
「…………」
二人の間に妙な緊張感が流れていた。一歩もお互いが引かぬ中、先に動いたのは輝だった。
そう、輝は――結局何も思い浮かばず、うつ伏せのまま鞄を差し出したのだ!
(無理がある! どう考えても無理がある!!!)
考えうる限り最悪の選択肢を選んだ輝は、どんどん最悪な方に一直線な選択肢ばかりを選んでる確信を得ながらも、しかしもう止まることはできない。
「いや、あの……」
「……(グイッグイッ」
生徒会長の困惑の声を完全に無視し、さぁ見ろ! と言わんばかりに押し付けた。流石に、というか当たり前に怪しく思ったのか先ほどに比べて感情成分が減った平坦な声が輝の頭上から降ってきた。
「顔を、上げてもらえませんか」
「じ、持病なんです。顔を上げたら死ぬ病に掛かりまして」
「へぇ、凄いタイミングで凄い奇病に掛かりましたね。で、顔を上げてください」
「死んでも嫌です」
「……っ! その、容赦のないコメントは……!」
やばい。
尚更やばいことになった気がする。
輝は話の成り行きに不安なものを覚えながらそれでも顔は上げない。上げられない。
『…………』
きっと幻聴だろう。心なしか輝の耳には、周りのクラスメイト全員が息を呑んでこちらを見ているのかと思うほど臨場感のある雰囲気を感じ取っていた。無論勘違いだろうが。
さぁこい、生徒会長。俺は絶対に負けないぞ!
どんなことにも、俺は屈しない!(キメ顔)
「顔を上げなきゃ、生徒会権限を使用します」
「はい、どうぞ。失礼しました」
即落ち2コマってこんな気分なんだろうな、という悲しい気持ちを味わいながら輝は顔を上げる。というかそのふわっとした脅しが今は何よりも怖い。明確に言うんじゃなくて、とりあえず生徒会権限を使うってところが本当に怖い。
だくだくと、無駄な徒労となった頑張りに涙と冷や汗が止まらない。いろんな汁を垂れ流しながら、輝は事の成り行きを見守った。
鞄を満面の笑みで受け取った生徒会長はしばらく鞄を検め、問題がないと知るとそれを輝へと返した。
「問題はないですね」
「……はい」
「それで――やっぱり貴方だったんですね」
来た。来てしまった。
思いの外ストレートに、輝を処刑する為の鎌が首に掛けられる。
ここで取れる輝の対応はただ一つ。
「……ナンノコトデショウカ?」
――恍ける。それだけだ。
相手が諦めるまでそれをただひたすら繰り返そうと輝が今度こそしっかり覚悟を決めてそう言うと、なぜか目の前の生徒会長はその言葉こそを待っていたと言わんばかりに、口が三日月を描いた。
えっ。
「あれー? 忘れてしまったのですかー? 先日、貴方と事故で正面衝突して、(自転車に)抱き抱えて運んでもらった、あの私ですよー?」
『!?』
「ちょ、ちょっと記憶に無ぃ……です……ね」
なんて! なんてわざとらしい棒読みなんだ! 無駄に調子の外れた元気な声に、無性に腹が立つ! そしてわざと危ない言い方をするところが本当にいやらしいなこの人!
輝はこの生徒会長についての脳内メモの、才色兼備文武両道超ハイスペックお嬢様という肩書に、性悪の一文を追加した。
「ええー? 本当ですかー? 結局病院まで優しく付き添ってくれて、私の処方が終わるまで待っててくれたような関係なのにー?」
『!?!?』
「ぁ、ゃ、う……し、知りましぇん……」
声がだいぶ震えてきた。呂律が回らない。お陰様で101回告白しそうな喋り方になっている。
目の前からのニコニコオーラに隠れる獰猛な、こいつはここで仕留める的オーラと、クラスメイトたちからのなにこれ。どういうことなの!? という恐ろしい数の視線の圧に耐えかねて、段々とボロが出始めた。
「そうですか知りませんか……それは申し訳ありませんでした」
しかしここまで耐えたのが功を成したのか、そこで生徒会長はそのウザったい喋り方を辞めて、諦めたようだった。
少し心苦しさも覚えたが、それも何とか堪え、それでも口を突いて出そうな安堵の息が漏れそうなのを我慢し、席に戻ろうとしたその時だった。
生徒会長が俯き、それはもう悲壮感たっぷりに言ったのだ。
「そうですよね、知ってる訳……ありませんよね。だって……私があんなに熱心にあなたの名前を伺おうとしたのに、絶対に嫌ですって……断ったぐらいですもんね。興味のない、女のことなんて、覚えている訳、ありませんよね」
『!?!?!?』
「申し訳ございませんでしたぁあああああああああああああ!!」
そこで輝は迷わず教室の中であることを憚ることもせず土下座を実行した。
◆
「どーいうことだよ輝ぅ!」
その後、恙無く終了しなかった生徒会による不要物点検が、なんとか終わりを迎えると共に慧が輝の肩を掴んだ。
「え? なにが?」
「なにが? じゃねーよ!? 何さっきのやり取り!? 生徒会長と知り合いだったの!?」
「いや? ただ通学中に曲がり角からごっつんこ(オブラート表現)して足を挫いた生徒会長を病院にドナドナしただけだけど」
「なんだその今時使われもしねぇ運命的な出会いの始まりぃいいいいい!!」
叫ぶ慧を気にも止めず、輝は一心不乱に何かを書いていたが、不意にその手がピタリと止まると、それを慧に見せるようにして言った。
「あ、ねぇ慧。遺書ってこんな感じで間違いないか?」
「なにやってんのお前!?」
「え? 遺書だけど」
「そんなきょとん顔で言うもんじゃねぇから! ねぇよ! このタイミングでその単語聞く機会なんて後にも先にもここだけだろうよ!」
あまりに理解のできない輝の行動に、慧は声を荒げて反応するが、相手は鼻で笑うように笑みを浮かべた。相当腹立つ顔である。
「はぁ、分かってないなぁ慧は」
「うん。何言いたいか分からないけど多分お前が今一番理解してないぞ」
「俺はな――あの生徒会に呼ばれたんだぞ?」
そう。輝は不要物点検の終わり際、生徒会長百合ヶ丘百華直々に月曜日の放課後生徒会室にきてくださいと言われていた。そこでまた一波乱起きたわけだが割愛。
「まぁ、そうだな。羨ましくてぶっ殺したい限りだが、続けろ」
「そう思うだろ? じゃあ慧。俺が生徒会室に向かったら、どうなると思う?」
「えっ? そりゃあ――感謝されるんじゃねーの? お前は生徒会長を助けたんだし」
普通に考えてそれが妥当だろうと、慧はいうが、その言葉にはぁー……と輝が大きくため息を付いた。
とてもムカつく。
「これだから慧は慧なんだよ。この慧」
「いやー、お前にここまで腹立ったのもあんまり無いな。とりあえずお前のその顔整形してやるから殴らせろ」
「まぁちゃんと聞けって。感謝だったら、その場で別にすればいいだろ? ここで出来なかったというのなら、それには相応の理由があるはずだ。じゃあその理由は? 人目があるところは避けたかった。つまり、人目を気にしながらする必要がある事になる」
「お、おぉ」
想像以上に考え込まれていた事に、慧は気圧されながらもその言い分に納得していた。そう言わしめるまでのロジックが、しっかりと輝にはあったのだ。
「そして俺はすぐに何をするか解った。これしかない。かなりR-18だが、生徒会長がしたいことって言うとこれくらいしかないだろうな」
『R-18!?』
いつの間にか周りのクラスメイト達も輝の言葉を聞いていたのか、盛大に反応していた。幸いだったのは話し込むことに集中してるせいか、輝がその事に気付かなかった事だろう。
「ぇ、やお前それって……その、大人な、あれって事か?」
「大人? うーん、まぁ歳は関係ないと思うけど。子供でもする時はするだろ?」
「生々しいなお前! いつの間にそんなリアリストな視点を持つようになったんだよ! このエロリストが!」
「エロリ……? 人が生きている以上起こり得る事だろ? 老若男女なんて関係ない」
「いや、でも俺は信じられねぇって。あの生徒会長がそういう……アレな感情をお前に持ってるってのは」
その弱々しい慧の言葉に、輝は諭すように告げた。
「人ってのはどうしてもあるんだよ。抑え切れない感情が。俺はきっと、明日それをぶつけられる。だから俺も全力で答えようと思っただけだ」
「輝……」
慧はそこで理解した。さっき遺書を書いていた理由はつまり――こいつなりの覚悟なのだと。
当然、生徒会長は高嶺の花であり、未だ誰も手折ったことのない無垢なるものである。その花が別の色に染まるというのは確実にそれに納得しないものが出てくる。それを分かっていても、彼は辞めない。
「お前、そこまで……」
「もう、生徒会長の想いからは逃げられそうにないからな。だからまぁ、俺の姿がなくなった時は、そういうことだと思ってくれ」
周りのクラスメイト達も、そのあまりに壮絶たる輝の覚悟に気圧されていた。自分にこのような覚悟があるのかと。なぁなぁな気持ちで彼女の事を好きにはなれど、ここまで強く思えることがあったのかと。
「じゃあ俺はトイレ行ってくるよ」
そう言って輝は気負うことなく席を立つ。
後ろは振り返らずに、しっかりとした足取りで前へ進むのだ。
呆然と見送るクラスメイト達の姿を知ることも無く、廊下に出た輝は一言呟いた。
「絶対呼び出される理由なんてアレ――殺されるくらいしかないよなぁ……あぁもう、人生終わったなぁ、はは」
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