短編ー女傑の恋
「ちっ!今日のは、ちいとばかし面倒や!」
クラーミストの魔物は海中生物で、
言葉を喋ればちょっとでかいイカやでかい魚などで済むのだが、
魔物は全般的に言葉は通じず、問答無用に攻撃してくる。
今、シリルが戦っているのは大型のイカ型魔物の集団である。
2m近いイカで口からはスミではなく、熱光線を吐く厄介な魔物である。
普段であれば、タコ足で引っ叩けば大抵粉砕が可能だが、数が多いのだ。
しかも、湧いてから時間が経っているようで、群での連携ができていた。
「ただ叩くだけや、部が悪いってことやね!」
伸ばしていた足を元に戻し、
『追尾!』
ホーミング弾の魔法を撃ち、動けるイカの数を減らす。
動けなくなったイカは随時足で粉砕しながら、
泳いで、生き残ったイカを岩場に追い込む。
「お前がボスかい?!」
群のボスらしきイカを粉砕しようと足を振りかぶると、
後ろから別個体が、熱光線を撃つ。
「ちぃ!」
身をよじり避けるが、ボスを仕留め損ねてしまった。
「もう一丁!『追尾!』」
またホーミング弾を撃つが、当たる直前に身を躱して避ける個体が増えた。
「同じ手は食わんてやつやね。どうしたもんか…。」
運良く当たった個体を粉砕し、熱光線を避けながら思案する。
周辺の魔力量から考えて、もう魔法は1発くらいしか撃てない。
シリルは攻めあぐねた。
「避けてださいね!」
そう聞こえたと思ったら、細かい針が無数に飛んで来て、イカ達に刺さる。
全てのイカの動きが止まった。
あとは粉砕するだけだった。
「いやーすごいですね!さすが『霧海の女傑』!」
「そのあだ名、やめ。アンタ誰?」
「すいません、私、グニルって言います。」
シリルの家は武人の家系で、王家の警護や海域の警備に当たるものが多かった。
それゆえ、自然にシリルもその様な仕事に着くことになったのだが、
女性ながら、その豪快な戦闘スタイルから「霧海の女傑」というあだ名がつけられていた。
当人はあまり気に入っていなかった。
シリルはグニルと名乗った男を見る。茶髪の茶目、線の細い身体。
クラーケンなのに細い。下手をすれば自分の方が力は強いのではないかとシリルは思った。
「なんの用やの?」
「えぇ。魔法学校の校長から頼まれました、現地調査員です。」
「ふぅん。学校の人なん。」
「しばらく、お世話になります。王家からは許可を頂きました。
これは許可証ですね。」
「世話?どういうこと?」
「魔物の現地調査をするので。どういったタイプの魔物が湧きやすいのかとか。
自らの目で見ないとどういったものかわからないでしょう?
ですので、あなたの仕事の補助という形で同行させて頂きます。」
「いやだと言うても、もう許可も降りとるし、やらな帰られへんのやろ?」
「ええ。」
グニルは困ったような笑顔を浮かべて返事をする。
「ちなみに宿は決まっとるん?」
「ないです。どうしましょう?」
グニルはまた困ったような笑顔をしたので、シリルはため息をついて言う。
「うちに来ればええ…って言わせたいんやろ…?」
「バレましたか…。」
グニルはイタズラが成功した子どものように笑って言った。
「しゃあないか。ついて来て。」
そう言って、シリルはグニルを自宅へ案内することにした。
「こっちが客室な。こっちには入らんといてね?」
「はい。わかりました。」
ニコニコと笑うグニルになんだか調子を狂わされっぱなしのシリル。
普段シリルが接する男達は厳しい顔をしていて、
笑ったりなどしないなと考えながらグニルを見ているとグニルが首を傾げてシリルに聞く。
「他の方はいないのですか?」
「私1人やで?」
「え?!すいません!女性の1人の家に上がりこむなんて!!失礼します!!」
シリルはグニルが慌てふためく様子が可笑しくなって、思いっきり笑った。
「そない気にすることあらへんのに!!」
「そんなことって!大事なことですよ?嫁入り前の女性なんですから!」
思わず笑いすぎて涙が出てしまったシリルは涙を拭きながら言う。
「気にせんでええって。」
そう、『霧海の女傑』としてその名を轟かせるシリルは、
男性から1人の嫁入り前の女性として扱われることなど、ほぼない。
むしろ男性の集団の中で生活していたって気にされないくらいだった。
「自分、ここ出て行ったところで泊まるアテないんやろ?」
「そうですけど…。私も男ですよ?間違いがないとは…。」
「じゃあ聞くけど、自分、私に腕力で勝てる思う?」
「………………。」
「じゃあ大丈夫やろ?」
そう言ってシリルはカラカラと笑いながら、グニルを変な事を言う男だと思った。
「…しばらくお世話になります。」
グニルはぺこりと頭を下げた。
ーーーーー
グニルがやって来て数日が経った。
シリルはグニルの見方を改めていた。
初日の魔法もそうだったが、グニルの魔法は威力も強く、精度が恐ろしく高い。
この男は強い。シリルはそう思っていた。
そのくせ、相変わらずニコニコと笑っていて、その強さとのギャップがあった。
そう考えながらぼんやりとグニルを見ていると、
「どうしました?なんかありました?」
そう言いながら、グニルが首を傾げていた。
「自分強いのにどっか抜けてるにいちゃんやなーって思っとたんよ。」
シリルが素直に白状しながらクスクスと笑うと、
「シリルさんは強くてたくましい感じなのにちょいちょい乙女ですよね。」
とニコニコしてグニルも言う。シリルは予想外の言葉に驚きの声を挙げる。
「え?!」
「そういう顔ですよ。かわいいです。」
「か…からかわんといて…。思ってもないこと…。」
「女傑っていうからどんな人かと思ってたんですけど、
本当はかわいい人なんだなって思っていますよ?」
グニルは目を細めながらいった。シリルは自身を女性扱いするグニルに戸惑いを覚えた。
急に目を合わすことすら恥ずかしくなり、どう接していいかわからなくなってしまった。
グニルはそんなシリルを不思議そうな目で覗きこんでいった。
「どうしたんです?」
「なんでもあらへんよ…。定時巡回の続きに行くで…。」
慣れない事を言われたせいだ。シリルはそう思うことにした。
ーーーーーーー
シリルは気がつくとグニルのことばかり考えていた。
あぁ、これが好きなんだとか、ああいう時はこんな顔をするんだなどグニルのことを見て、
色々なことを知りたいと思うようになっていた。一体自分はどうしてしまったのだろう。
そんなことを考えていたら、グニルが話掛けてきた。
「そろそろ、データも揃ったので、学校に帰って報告書を出して来ようと思います。」
「え…もう…帰るん?」
「シリルさんもご迷惑でしょうから。」
グニルは眉をハの字に下げて言った。シリルの頭の中はたくさんの思いが交錯した。
「荷物をまとめたら…と言ってもまとめるほどありませんけど。もう戻ることにします。」
そう言ってグニルはシリルに背を向ける。
「行かないで…。」
シリルはつい口にしてしまった言葉に思わず、口を抑える。
グニルは驚いてシリルの方を見た。
「てっきり私のことが嫌いなのかと…思ってました。」
まだ驚いた顔をしているグニルに、シリルは意を決したように言う。
「いいや。グニルのことが好きや。どうしようもなく。だから…。」
「私、一度帰ります。」
グニルはシリルの言葉を遮り、シリルに向きなおって続ける。
「しばらくこちらに居られるように学校にお願いして来ます。
戻って来たら、またここに置いてもらえますか?」
「もちろん。そん時は客室やないかもやけど。」
「私もそのつもりでしたよ?」
グニルはいつものニコニコ顔で答えた。
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