魔王討伐 ②
パレードが終わり、お祭り騒ぎの街から逃げるように城の討伐軍本部にある訓練所へやって来た。
「ふぅ・・・。」
休憩用の椅子に腰を下ろすと俺は大きく溜息をついた。
当然こんなおめでたい日に、訓練なんてやっている奴は居なく、今の俺には丁度良く静まり返っていた。
火にかけていた錆び付いた鍋の湯が、グツグツと沸き始めると、常備してあるマイカップに注いだ。麻で包んだ茶葉を浸し、ジワジワと染み出る紅茶をじっと見詰めている。
これをかき混ぜずに我慢しているのがなんとなく癖になる。
十分に紅茶の香りが広がると、今朝絞りたてのミルクを回し入れる。
そこで一気にスプーンでかき混ぜると、すかさず鼻を近づけて肺いっぱいに吸い込む。
「はぁ~・・・。」
この香り、落ち着く。イライラしていた気持ちがスーッと晴れていくのを感じる。
俺は、カップ片手に鼻歌交じりで、無造作に置かれていた片手剣を掴むと、練習用木人の前に立った。
一口しか付けていないカップの紅茶は、まだ湯気を上げている。目を瞑り、紅茶に浮かぶ波紋が消えるのを待った。
左手に持ったカップを胸より少し高めに上げ、右手に持った片手剣を左脇に構える。
目を静かに開け、ゆっくりと息を吐き出しながら木人を見詰める。
フッと息を小さく吐く瞬間に大きく踏み出すと、片手剣の刃の根元を木人へグッと押し当て、そのまま一気に右上へ引き抜いた。
その間1秒にも満たない。
紅茶を一口すすると、木人の上半身が斜めにずり落ち、床にガランと転がった。
俺は強くなった。この程度の太さの木人など紅茶をこぼす事無く切り落とせる。
「ふふ・・・。」
俺が転がった木人を見下ろし優越感に浸っていると、突然背後で物音がした。
誰も居ないとばかり思っていた俺は思わずビクリとして、手に持っていた熱々のミルクティーをぶちまけた。
「あっつぅぅ!」
俺はあまりの熱さに大声をあげた。その声に驚いた物音の主が、慌てて駆け寄ってくる。
「ご、ごめん!そんなに驚くと思わなかった!」
俺は、手についた熱々のミルクティーを振り払いながら顔を上げた。
「なんだ・・・グリムか・・・。」
目の前にいるこの女の名前は「グリミアリム・セムシュテルス」。なんともカミそうな名前だ。
当然毎回フルネームで呼ぶのは面倒なので仲間はグリムと呼んでいる。
種族はケット・シー。猫の獣人だ。獣人というと嫌がるので猫の妖精と言っておこう。
大きなグリーンの瞳に、ピンクにも近い淡い赤色の髪の毛から突き出た大きな耳。
それに背後では長い尻尾がグリングリンと動いている。
グリムは、射撃部隊に属していて、その中でも強襲弓撃隊隊長を務めている。
「あ・・・あー!まぁた壊した!」
グリムが大げさに転がった木人を指差し大声を上げる。
「うるっせぇなぁ。直すから別にいいだろ?」
俺は片手剣とカップをグリムに手渡し、木人を持ち上げると、立っている木人の半分にそっと乗せた。
「ほれ。直った。」
片手で押さえたまま俺はニヤリとして言った。
グリムの冷たい目に耐え切れなくなった俺は、木人を床にそっと下ろすと休憩用の椅子へ戻り「よっこらしょ」と座った。
「もぅ・・・おやじ臭い。」
そう言いながら対面の椅子に腰を下ろしたグリムの顔には嫌悪感が浮かんでいる。
「へぇーへぇー。おっさんですが何か?お前だっていい歳してその格好はなんだぁ?おっさんには理解出来ないね。」
俺を「おやじ」呼ばわりしているこいつも今年で30歳だと言うのに、太もも全開の短パン姿で堂々と兵舎を闊歩しているのだから、ちょっとくらい皮肉を言っても良いだろう。
「あたし達ケット・シーは人間とは違うんですぅ~。30歳なんてまだまだピッチピチだもん。」
口を尖らせ脚をグイと組む。まぁ確かに良い太もも・・・。
「ゴホンッ・・・あ~なんだ。歳とか関係なく、あんまそういう格好は・・・。」
妙な考えを吹き飛ばそうと咳払いしたが、その後の言葉が続かない。
「あ~そういう事ぉ~・・・訂正しまーす。おやじじゃなくてエロおやじでした。」
グリムは勝ち誇った顔でニヤリとしている。
「ダァー!もうなんだ?なんか用あって来たんじゃないのか?」
これ以上このむず痒いやり取りは簡便だ。俺は話題を変えた。
「あ、そだった。えっと~総司令が呼んでたよ。」
グリムがサラッと言う。
「はぁ!?そういう事早く言えよ!」
俺は悲痛な声を上げた。総司令の呼び出しは絶対的時間厳守。よほどの理由が無ければ5分以内に行かなくてはならない。それに、この総司令と言うのが、先代の息子で就任してからまだたった3ヶ月。年下で上司という事だけでもやり難いのに、かなりのクソボンボンなのだ。
慌てる俺をグリムがニヤニヤして見ている。こいつ、ワザとか。
「おまえ・・・覚えてろぉぉぉぉ・・・・。」
俺は棄て台詞を残して訓練所を飛び出した。




