一
急ぎ足で現れたのは、まだ若そうな声の家臣。
「何事ですか、騒々しい」
染乃がスッと前に出て諌めた。
「申し訳ございません。急ぎの用にございますれば」
「急ぎ?申してみなさい」
「は。…将軍が今これより奥方様をお決めになります。つきましては椿様、急ぎお出ましを」
ゴトンッ!!!
「―――――今、なんと…」
「姫様!」
湯呑みを落とした椿は愕然と、声のする方へ顔を向けた。
「将軍が奥方様をお決めになります」
――――――――決める……今から…?
「姫様、お顔の色が…」
真っ青な椿の顔色を心配し、染乃は声をかける。
―――――――――嫌……でも…行かなければ……。
椿は唇を噛み、スッと立ち上がった。
「―――――参ります」
*
朱雀の間
義影を中心に、左右に縦二列に並ぶ羽間の家臣。
義影の右斜め前には息子である景政、二列の上座には家老の爺と側近の者。そして二列に挟まれるように、真ん中の、ちょうど義影と真向かいに座る椿と琴菊。
室内は静まり返っている。
周りを見渡し、義影が口を開いた。
「皆揃ったようじゃな」
義影は機嫌よくニッと笑い、開いていた扇子をパシッと閉じた。
「早速じゃが本題に入る。今日、博巳の椿と美和の琴菊、どちらを嫁にするか決めた。わし一人で決めたことじゃ。意見は聞かぬ」
その場にいた臣下たちは息を呑む。
―――『一人で』決めた……?
臣下たちの心配をよそに、義影は自慢げに言った。
「我が正妻は」
皆の視線が中央に集まる。
「琴菊、そなたじゃ」




