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四
夜の匂いが薄れた頃、景政は支度を始めた。
夜が明ける前に、闇に紛れてこの場を去らなければならない。
「…………」
「…………」
沈黙が二人を包む。
“今度は”
“いつまた逢える?”
その言葉が言えなかった。
「……椿」
抱き締められる暖かさが切ない。
―――…きっと…もう逢えない…。
わかっている。
けれど
心がついていかない。
「……わたくしは我が儘なのでしょうか」
「我が儘…?」
指先で景政の頬に触れる。
輪郭をなぞっても、顔はわからない。
「あなたに逢いたいと願い、あなたに愛されたいと願いました。……今は、この上さらに願うことがあるのです」
「…?」
「……目が…見えるようになりたい…。一度でいい。あなたの姿を見てみたいのです」
目が
鼻が
口がどこにあるのかわかっても、“表情”まではわからない。
この人の瞳に映る自分を見てみたい…そう思った。
――…片目だけでもいい。永遠じゃなくても構わない。
光の無い瞳から涙が零れた。
「…椿」




