甘い香りと、空飛ぶ来客
ふと窓の外を見ると、木々の隙間からじっとこちらを覗き込む影があった。
「――っ!?」
思わず息を呑む。
そこにいたのは、黄金色のふかふかな毛並みと、背中に立派な翼を持つ巨大な猫のような魔獣――『グリフォン』だった。
魔獣としての威厳は凄まじいものの、今はその大きな瞳が、テーブルの上のハニーアップルパンケーキに釘付けになっている。
「……あれ、お客さんかな?」
僕が恐る恐る声をかけると、グリフォンはびくっと耳をピクつかせ、おずおずとテラスへと近づいてきた。
威嚇する様子はない。どうやら本当に、甘い匂いに釣られてやってきただけのようだ。
すると――。
「グルルル……ッ!」
それまで僕の足元でのんびりしていたベルが、突然スッと立ち上がり、低い唸り声をあげた。
普段の可愛らしい子犬の面影は消え、その体からはわずかに、周囲の空気を震わせるような圧倒的なプレッシャー(威圧感)が放たれている。
(な、なんだかベルの周りの空気が変わった……!?)
グリフォンも、ベルの姿を見た瞬間、ピクリと動きを止めた。
本能で悟ったのだろう。目の前の小さな生き物が、自分よりもはるかに格上の、頂点に立つ存在なのだと。グリフォンは少し後ずさり、身構えた。
(このままだと喧嘩になっちゃう……!)
「こら、ベル。だめでしょ、お客さんを怖がらせちゃ」
慌ててベルの頭をなでなでと優しく撫でる。
「ふぁ……ん……」
撫でられたベルは、さっきまでの険しい表情が嘘のようにほどけ、トロンとした顔で僕の手に頭をスリすりと擦り付けてきた。すっかり元の甘えん坊モードである。
僕はホッと息をつき、それから外のグリフォンに向き直った。
「驚かせてごめんね。お腹が空いているなら、君も食べていくかい?」
そう言って、僕は新しく焼き上げたハニーアップルパンケーキを大きな皿に載せ、テラスの端にそっと置いた。
グリフォンは恐る恐る近づき、くんくんと匂いを嗅ぐ。
そして――大きな口で、パンケーキを一口でパクり。
「――っ!?(きゅ、きゅるる……!?)」
グリフォンの瞳がカッと見開かれた。
強面な顔が、美味しさのあまりみるみるうちに蕩けていく。ふさふさの大きな尻尾が、バタバタと嬉しそうに地面を叩いた。
見た目は猛獣なのに、やっていることはすっかり甘党の猫ちゃんである。
それを見たベルも、「くんっ」と小さく鼻を鳴らし、もう敵ではないと判断したのか、ふっと興味を失って僕の足元にちょこんと座り直した。
グリフォンは夢中でパンケーキを平らげると、満足したように喉を鳴らし、お礼とばかりに頭をペコリと下げてきた。
そして、ふわりと翼を広げ、満足げに森の奥へと帰っていくのだった。
「ふう、なんだか賑やかな一日になりそうだね、ベル」
「ワンっ!」
温かいスープと美味しいパンケーキ、そして少しずつ増えていく不思議なもふもふの仲間たち。
ルーカスの静かで温かい森のカフェ生活は、こうして少しずつ、賑やかさを増していくのだった。




