第8話 会話をしよう!
馬車の中。俺はディアンとカーラ、そしてブランシュと一緒に座っていた。
俺の側は俺一人。対面が子供二人とブランシュである。
普通は二人ずつ座るのが鉄板だろうが、俺は会話が究極なまでに出来ない。子供達を恐がらせるからと一人でどっしり座ることにしたのだ。――ちょっと淋しい。
そして、案の定の沈黙である。
「……」
「……」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
――この沈黙。気まずすぎる!
前世の時の俺なら、「昨日は何をした?」「今日は何を見たいか決まっているか?」「好きな服があるといいな」「実は久しぶりのお出かけでちょっとわくわくしているんだ」など、何でも良いから取っ掛かりをつけて会話をするのだが、この体、本気でポンコツだ。
口を開こうとしたら、ぎぎぎ、ぎししししっ、とかなり強めの歯ぎしりが鳴った。子供達が一瞬びくっと飛び跳ねたので、泣く泣く口を開くのを止めた。
この体、殴りたい。
しかし、いきなり無言で自分で自分を殴り始めたら、本格的に子供達が怯える。
ブランシュあたりは理解してくれるかもしれないが、それでも思い切り引くだろう。故に止めた。子供達を恐がらせるのは本意ではない。
だが、この十分。本当にどこまでも本気で会話が無い。
ブランシュはさっきから無言で威圧的な視線を送ってきている。さっさと、あーなりうーなり言葉を発しろと殺す様な目で訴えてきている。このブランシュ、俺と一緒に育ったせいで、そこらの騎士よりも圧倒的に強い。副団長の俺とも良い勝負をする。本気で殺しにかかられたら殺される。
なので、解決法としてスケッチブックを出してみた。
ふおおおおおおおおおっ! と雄叫びを上げたせいで、一瞬馬車が揺れた。御者と馬には申し訳ない。
だが、仕方がない。雄叫びを上げないと動かないのだ、この体。
ディアンがスケッチブックを取り出したのを見て、またきらっと目が輝いた。――何かあるのだろうかと疑問だったが、今は会話。とにかく会話。一も二も三も四も五も会話である。
「はあ、はあ、……おおおおおおおおおっ!」
「……」
「俺の、手、はあああああ、……ううううううなああああるううううううううっ!」
「……」
「俺は、こんなところで、終われないっ! ……か、か、かああああああいいわあああああああああああっ!」
「……」
「ふんぬっ! これで、……ど、どどどどどどうだあああああっ!」
がしがしっと書き上げたスケッチブックを、どん、と俺の太ももの上に立てて子供達に見せる。――あまりに勢いが良すぎたせいで、地味に太ももが痛い。だが、このポンコツはこれくらいしないと動かない。
子供達が、少しだけわくわくした顔付きで覗き込んで来た。この俺の目も当てられない字の海に、もしや解読のパズルの様な楽しさを覚えているのだろうか。だとしたら、このミミズ未満な字も悪くない。
しかし、内容は。
『てんき、いい』
すっからかんである。
よりによって、天気。困った時の会話ネタ第一位(かどうかは知らない)。
さっき思い出した、前世の俺ならではの会話内容を書き出せば良いのに、このポンコツ、そんなに長い文章を書かせてくれないのだ。初日よりマシになったとはいえ、今も全力疾走したかの様な疲労感である。
ブランシュの白い視線からついっと目を逸らし、貝の様に口を閉ざしていると。
「……はい! 天気、いいです!」
「おとうさまとのおかいもの、天気がよくて、よかったです!」
――てえええええええええんんんんしいいいいいいいっ!
こんなありふれた会話から、にっこにこの笑顔での答えである。これが俺の子供達。
困った父親に対する二百点満点の回答。これは、奮起する時である。
ばさっと再びスケッチブックを開き、俺はぎりぎりと歯ぎしりを立てながら文字を強く書き連ねる。ぐうおおおおおおおおおおおおっ、と地鳴りの様な呻きが止まらなかったが、子供達は興味津々に覗き込んできていた。強い。強すぎる。メンタルが。
そうして書き上がった俺の文字とは。
『なにか、ないか』
物をたかる不良の様な一言である。
何かして欲しいことは無いか。そう書きたかった。
それなのに、よりによって「何か無いか」。
何だそれは! 俺! 俺の馬鹿! せっかくのチャンスを台無しにしおって! 許すまじ!
ぼっこんぼこぼこに自分を殴りたい。
実際殴りかけたその時。
「あ、あのね、おとうさま」
カーラが、少し躊躇いながら俺を見上げてくる。ぎゅうっと膝の上で拳を握り締めて訴える様な上目遣いが可愛らしい。角度もばっちりだ。そんな目で見上げられたら、何でも言うことを聞いてしまう。
何だ、と心の中では大いに両手を広げて待ち構えていると。
「……だ、だっこ」
「――」
「だっこ、して、ほしい。です」
無事に、俺の心臓で可愛さが爆発した。
何だ、この可愛らしい生き物は。
だっこ。
だっこ、だぞ。
この、無骨過ぎる父親に対して、だっこ。こんな可愛い言葉、久々に聞いたよ。
おうふ、と空を仰ぐ様に俺は尊さで意識を飛ばす。ブランシュが、さりげなく脛を蹴り上げまくってくるが、気持ちを落ち着かせたい。この可愛さ、ストップ高。
はあ、はあ、とまるで変質者の様に荒く息を吐くと――。
カーラが、何故か涙目になっていた。
――ブランシュ! もっと強く! 蹴ってくれよ!
まさか、俺の意識が飛んでいる間に泣きそうになってるなんて! 俺の馬鹿!
しかし、何故! まさか、無言で無反応だったからか!
「ご……ごめ、……」
「お、お、……か、……ら」
「ご、ごめ、ごめんな、さい」
「ち、が……っ」
「も、もうわがまま、言いません。だから、……っ」
きらいにならないで。
「――――――――」
言葉にはなっていなかった。吐息さえ吐き出されていなかった。
けれど、俺は見てしまった。カーラの唇が、確かにそう動いたのを。
嫌われている。
それはそうだ。勘違いするに決まっている。
長い間、ギルバルトは子供達を放置していた。
挨拶もしない。目も合わせない。食事も一緒にしない。会話も一切ない。
嫌われていると思うのに充分だ。俺だってそう思う。
俺は、どれだけの時間を無駄にしてきたのか。
それは。
〝あんたが今までオレ達に興味を持ったことなんてあったか⁉ 無かっただろうが!〟
〝いつだってそう! 話をしようと思えば忙しいの一言! おはようって言ったってなんにも返してくれない! 私達が何かを訴えようとしても、ぜんっぜん! こっちを向こうとさえしてくれなかった!〟
――あんな風に言われて、当然だ。
一度目の人生は散々だった。俺が子供達と向き合わなかったせいで、あんなに深い溝を作ってしまった。
いや、溝だけではない。
きっと、ひどくひどく深く深く傷つけた。
七歳の時点でこうだったのだ。人は年齢を取るにつれて諦めを覚えてしまう。
二十歳を越えたあの子達は、どんな気持ちで、心を俺にぶつけてきたのだろう。
違う、なんて。
そんな一言だけじゃ足りない。
「……っ、ぐ、……おおおおおおおおおおおっ!」
動け! 俺の体!
開け! 俺の腕!
「ブランシュ! 手伝え!」
「え? あ、は、はい!」
ブランシュに素直に助けを求める。今はカッコ悪いところを見せたくない、などとは言ってられん!
今、カーラは俺を求めてきたのだ。
なのに、勘違いをして、また遠ざかろうとしている。
駄目だ。それでは駄目だ。
もう、二度と!
〝それが何だ⁉ 今更話をしようってっ! 親子だからって! ……今更父親面しようとして! ……都合の良い時だけ『父親』振りかざすなよ!〟
――もう二度と! あんな泣きそうな顔はさせない!
「ぬおおおおおおおおおお!」
ふんっ! と、ブランシュと二人がかりで両手を開く。めいっぱい。それこそ人を二人分抱き締められるくらいに。
カーラにしか求められていないが、俺は今、ディアンも一緒に抱き締めたい。
一度目の人生では出来なかったことを、今度こそ。俺はやる!
「――、お、おとう、さま?」
「父上……」
「――、こ、……いっ!」
どーん! と! 受け止める!
そんな意気込みで気合を入れて待ち構えた。子供達にもどうか、受け入れて欲しい。このポンコツを。
一分ほど経っただろうか。
微動だにしない俺。大きく目を見開いて見つめてくる子供達。
ブランシュは何も言わない。そっと、隅の方で見守ってくれている。
例え、ここで子供達が抱き着いてきてくれなくてもいい。俺は、ただ、いつだって子供達を受け入れる準備は出来ている。そう示せれば今は充分だ。
とはいえ、開きっぱなしの腕が少し寒い。やっぱりちょっとは来て欲しいなと思う。
そうして、更に一分経過した頃だろうか。
おず、と、カーラが手を伸ばしてきた。
かっ! と目を見開いてしまう。
カーラがびくりと飛び跳ねたが、俺は更に胸を張った。何とか胸を張るだけは張れた。こんな風に、いつも俺の意思通りに動いて欲しい。
更に恐がるかもと心配したが、カーラはそれで勇気づけられた様だ。恐る恐る、けれど意を決した様に。
ぽすん、と。飛び込んできた。
すかさずブランシュが俺の腕を動かして、カーラが落ちない様に固定してくれる。俺の体は本当にポンコツだ。
しかし、触れられた。――ようやく触れられた。何だかそれだけで感動してしまって、俺の目の奥が熱くなる。
ディアンが何だかびっくりした顔になっていたが、どうしたのだろうか。
しかも、ディアンも何かを覚悟したのか、ぎゅっと唇を結んでから俺の方に向かってくる。
そして、同じ様に、ぽすん、と。俺の腕の中に飛び込んできてくれた。
またもすかさずブランシュが腕を畳んで固定してくれる。
ああ、凄い。俺は子供達に触れている。
小さいと思っていたのに、思ったよりは大きかった。そうだな。七歳だもんな。五歳くらいに感じていたのかもしれない。
触れた箇所があったかい。俺以外の温もりが感じられる。とても久しぶりの感覚だ。
〝陽人、おいで!〟
〝よーし、肩車してやろうか!〟
遠い昔、幼い俺が父と母と出かけた時のことを思い出す。
あの時は兄が珍しくいなくて、一人でべったり両親に甘えられた。
両親もこんな気持ちだったのだろうか。
「……あ、った、かい」
心がぽかぽかしてくる。
子供をこうして抱き締められるというのは、とても幸せなことなんだな。
ぎゅうっと、二人がしがみ付く様に抱き着いてくる。その顔は、今まで見た中で一番緩んで幸せそうだった。
俺は相変わらず全く動けなかったけれど、二人の体温を感じるだけで幸せだった。
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