台風と月森景都
「ごめんなさい。ボクが葉山くんを待たせたから」
「気にしなくていいですよ、月森先輩」
「で、でも……」
目の前の月森先輩は凹んでいて、今にも倒れてしまいそうだ。
なぜ、月森先輩がここまで凹んでいるのかを説明するのであれば…少し遡らなくてはならない。
遡る事、30分前。
今日は朝から上空には雲が多く、太陽の光が見えないような空だった。天気予報でも早ければ午後には台風が上陸する可能性があるとも伝えられていたものの、さすがに大丈夫だろうという気持ちで家を出た。
そして今日の受けるべき講義を終えて帰ろうとしたタイミングで、月森先輩が「教務課によって来てもいいですか?」と言い、それに対して僕は「全然いいですよ」と答えた。
双葉さんは「お急ぎであれば別に待つ必要はありませんよ」と伝えてくれた。それは僕のことを思ってくれて、伝えてくれたんだと思う。
月森先輩と花里さんは送り迎えに同行することはない。
帰りであれば、車に乗り、出て行くところまで見送ってくれる。それだけなのであれば双葉さんの言う通りで、帰ることに対して待つ必要はない。
でも、ここで先に帰ることはできない。
なぜなら…月森先輩がすごく落ち込むから。
前に同じようなことがあった。その時は、月森先輩に待たせているという気持ちを持って欲しくなくて帰る事にした。そしたら次の日に、月森先輩から「なんで僕を置いて行ったの?」と聞かれ、それに対して答えたら「絶対に置いて行かないで!」と力強く言われたのだ。
そんなことがあったのに帰るという選択肢を取ることはできない。
後から思えば、その決断が今の状況を招くことになったんだと思う。
何が起こったのかと言えば、それは台風が来てしまって結果的に帰れなくなってしまった。交通機関がほとんど使えないから大学内にも、かなりの学生が避難している状況だ。車であればとも考えたものの、理事長が「帰っている途中でもっと台風が強くなってしまう恐れもあるから帰宅するのは控えて」と言われてしまった。
そして今に戻り、月森先輩が僕に謝っている。
「大丈夫ですって。僕が自分の意思で月森先輩を待つって決めたわけですから」
「…ぼ、ぼくが…またせたから……」
前の時も思ったけど、月森先輩は落ち込むとそれなりに長い。立ち直るのにかなりの時間を要するので、今日のうちにメンタルを完全回復させるのは無理そう。
それでも…月森先輩が自分のことをなるべく責めないようにしないと。
「だったら…お互いに悪いことにしませんか?」
「おたがいに?」
「はい。僕は自分で待つって決めましたし。お互いに悪いってことで」
僕としては全然、僕が悪いで問題ない。でも、それだと月森先輩が納得してくれる感じが全くしないので、こういう手を使った。
「……葉山くんは悪くない……」
「いいえ、僕も悪いんです。そこは譲れません」
「で、でも……」
「僕も悪いんです。今回はそういうことにしてください。お願いします」
少し強引にでもそうしておかないと…月森先輩のためにも。
それからしばらく説得を続けてやっと月森先輩は受け入れてくれた。ここまで月森先輩が頑固だとは思ってもいなかった。でも、その頑固さもテニスを続けられている一つの要素なのかもしれない。
台風はまだ弱まることを知らない。




