114. 中級調合師
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「お疲れさま、もう終了で良いのかしら?」
「はい、ありがとうございました」
3時間半ほど『工房』で生産に没頭したあと、シズは『錬金術師ギルド』1階のカウンターに立っていたナディアと話して、利用終了の手続きをする。
シズが「後でまた利用するかもしれませんが」と告げると、それが可笑しかったのか、ギルド職員のナディアは噴き出したように笑ってみせた。
「ふ、あははっ……! シズちゃんは本当に働き者ねえ」
「別に働き者というわけでは……。あ、そうだ、ナディアさん」
「うん? 何かしら、シズちゃん」
「普段は『工房』を利用する度に、ベリーポーションかメランポーションを15個ぐらい納品するようにしていますけれど。新しい霊薬が作れるようになったので、今日はそちらを納品しても良いですか?」
「あら―――興味があるわね、どんな霊薬なのかしら?」
そう告げてシズは『インベントリ』からプルーフェアを1本取り出し、ナディアへと手渡す。
「これなんですけど」
「ふむ……。メランポーションでは無いのよね」
普段よく作るベリーポーションは、ヒーリベリーと同じ『黄橙色』の霊薬だが。一方でプルーフェアはライフプルーンと同じ『赤色』の霊薬になっている。
これは見た目だけで言えばメランポーションとほぼ同じ色だ。あれはスライムが落とすグミとカムンハーブが材料なのに、不思議と『赤色』の霊薬になる。
同じ赤色の霊薬なのだから、ナディアが一瞬疑ったのも当然だろう。
とはいえ、シズは過去に何度も『錬金術師ギルド』へメランポーションを納品したことがあるから、当然それなら『新しい霊薬』だと言ったりはしない。
「………!」
5秒ほどの間があって、突然ナディアが驚きを露わにしてみせた。
多分、アイテムの詳細情報を確認して、それが何なのか理解したのだろう。
「あー……。シズちゃん、ちょーっとここで待ってて貰って良いかしら?」
「え? あ、はい。それは構いませんが」
普段とは違い、今日はユーリ達と一緒に何かをする予定も無い。
完全フリーの一日なので、時間の都合は幾らでも付けられる。
シズの同意を得た後、ナディアは階段を上がってどこかに行ってしまった。
別にカウンターの前で待っている必要はないだろう。そう思い、シズは販売店に陳列されている商品を眺めながら時間を潰す。
ナディアが戻って来たのは、それから5分ぐらい経ってのことだった。
「シズちゃん、ちょっとギルドカードを預からせて貰っても良いかしら?」
「いいですけど……」
要請されて、シズは『インベントリ』から取り出したギルドカードを手渡す。
ナディアはそれを受け取ってから、階段の方を指差してみせた。
「それと悪いんだけれど。一度ギルドマスターと会って貰えるかしら?」
「へ?」
「この建物の5階に上がってすぐの部屋にいるから、よろしくね!」
「えぇ……?」
そう告げて、ナディアは再びどこかへ行ってしまう。
ぽつんとひとり残されたシズは、そのまま1分ほど呆然としていたけれど。
やがて、はあ、と大きな溜息をひとつ吐いてから、階段を上ることにした。
『錬金術師ギルド』は1階と2階が錬金術関係の商品を取り扱う販売店で、3階と4階は職人用の工房になっている。
だからシズはこの建物の4階までしか入ったことがなく、階段で5階まで上がるのは初めての経験だった。
建物自体が5階までしか無いらしく、階段を上りきったシズをすぐに立派な扉が出迎える。
廊下が横に伸びており、一応他にも5階には幾つかの部屋があるようだけれど。とりあえず真っ正面にあるこの部屋が、ギルドマスターが居る部屋なのだろう。
(流石に、いきなり開けるわけにはいかないよね……)
そう思い、シズはコンコンと2度扉をノックしてみる。
中から「どうぞ」と返答があるのを期待していたわけだけれど。シズの期待とは裏腹に、扉は内側からすぐに開かれた。
「―――お待ちしていました。シズさんですね」
「あ、はい。そうです」
「どうぞ中へ入って下さい」
ノックをして5秒と置かず応対に出て来たのは、ユーリとよく似ている尖った耳を持つ、森林種の女性だった。
首元が露出したベアトップにスカートを身に付け、その上から医者―――というよりは『科学者』を思わせる白衣を身につけた、背の高い女性だ。
金色の髪が白衣の上で透けていて、それがとても綺麗だと思った。
「そちらに座って頂けますか?」
そう告げながら、女性は部屋に入って右手側に置かれている、対面ソファ付きの応接テーブルを指し示す。
ちなみに部屋の左手側には、大きな執務机が置かれていた。
「熱いお茶と冷たいお茶、どちらが良いですか?」
「あ、では冷たいほうを頂けますか」
「判りました。少々お待ち下さいね」
シズの返答を受けて、女性はどこからともなくティーセットやティーポットを取り出し、2人分のお茶を入れてくれた。
それから、片方のカップをシズのほうへと差し出してくる。
「私は、この『錬金術師ギルド』を管理している、マレッドと言います。よろしくお願いしますね、シズさん」
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧な口調で挨拶をされ、シズも慌てて頭を下げる。
そのやり取りだけでも、何となく彼女―――マレッドが誠実な人柄の持ち主であることが窺えた。
管理している、と言うことは。つまり彼女が、この施設の『ギルドマスター』ということなのだろう
偉い人の筈なのに……どうしてこんなに、随分と丁寧な応対をされているのだろうと、若干訝しく思わないでは無いが。
「ああ―――それとも『天使の錬金術師』さんとお呼びした方が良いですか?」
「勘弁して下さい……」
以前にも王城で、その妙な名前で呼ばれたことがあるけれど。
恥ずかしい気持ちで一杯になるので、本当にやめて欲しい。
マレッドはシズの言葉を受けて、くすりと小さく笑ってみせた。
「ふふ。シズさんが調合した霊薬、ナディアから見せて頂きました」
そう言って、彼女は中に赤い薬液が入った、霊薬の小瓶を1つ取り出す。
どうやら先程ナディアに手渡した1本が、今はマレッドの手にあるらしい。
+----+
プルーフェア/品質[118]
【カテゴリ】:霊薬
【品質劣化】:-2/日
【霊薬効果】:HP+118
エイドプルーンやライフプルーンを主材料に調合した霊薬。
この霊薬が安定して作れれば中級調合師を名乗ることができる。
時間経過で品質がゆっくり劣化するので注意が必要。
服用後は『120秒』間、霊薬が服用できない状態になる。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。(+10%)
+----+
情報を確認したところ、やはりシズが調合したプルーフェアに相違なかった。
『錬金術師ギルド』に納品する霊薬は、錬金特性を注入していないもののほうが単価が安くて喜ばれるので、見ての通り特性は一切用いていない。
「素晴らしい出来です。大変に上質で、回復量も文句の付けようがありません」
「あ、ありがとうございます」
「シズさんのプルーフェアの調合成功率は、どの程度なのでしょうか?」
「えっと……今日初めて調合しましたが、成功率は100%でした」
「なんと。確実に成功できるとは……本当に良い腕をしていらっしゃいますね」
何度も手放しに賞賛され、少し恐縮しながらシズはその度に頭を下げる。
マレッドはただ、にこにこと柔和に微笑んでいた。
「既にご存じかもしれませんが『ハイポーション』または『プルーフェア』の内、いずれか片方でも調合に成功した経験がある者は『中級調合師』に認められます。無論、成功率100%のシズさんに、その資格があることは言うまでも―――」
マレッドがそこまで告げた時点で、コンコン、とドアが2度ノックされる。
会話を中断したマレッドは、扉の外に向けて「どうぞ」と呼びかけた。
「失礼します」
部屋の中に入ってきたのは、ギルド職員のナディアだった。
ギルドマスターの前だからなのか、普段と違って真面目な態度を維持している彼女を見て、内心でシズは少し笑ってしまう。
ナディアはシズ達が対話中のテーブル近くまで歩み寄ると、手に携えていた金色の何かをマレッドに手渡してみせた。
「うん。ちゃんと出来てるわね、ありがとう。業務に戻って頂戴」
「はい、失礼します」
マレッドにそう答えて、ナディアはそそくさと部屋を出て行ってしまう。
再びシズはマレットと2人きりになった。
「シズさんに、こちらを受け取って頂きたいのですが」
「これは?」
「ナディアに作り直して貰った、シズさんの新しいギルドカードになります」
マレッドから差し出された、金色のカード。
今まで使用していた銀色のギルドカードとは、明らかに違っているそのカードの表面には。明瞭な文字で―――『中級調合師シズ』と刻印されていた。
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