田端利典
「いったいどういうことなんだ……」
斎藤、宮下、加納、南部、そして富田。五人がいなくなった教室で、俺は唖然とつぶやいた。なぜだ?
途中まではうまくいっていたのに。
富田を利用するかたちで、俺の株をあげるつもりだったのに……。
それなのに、なぜ富田のロッカーから南部さんの傘がなくなっている。いったいどうして?
俺は確かに、富田のロッカーに傘を忍ばせたというのに。そう、仕込みはバッチリだったのだ……。
富田がクラスの傘立てから持ち出し、校舎裏のプレハブ小屋の下へと隠した南部さんの傘。
それを俺は、密かに富田のロッカーへと忍ばせた。なのに、なぜ……。なぜ、富田のロッカーの中から消えているんだ!
考えろ、俺……。
俺は富田のロッカーへと、確かに傘を入れた。それは間違いないはず。まさか白昼夢を見ていたなんてことは、あるはずないからな。
俺は教室を飛び出す。ここに傘がないとしたら……。
「ここにもない」
俺がやってきたのは、富田が傘を隠した場所、校舎裏のプレハブ小屋の所だ。だが、やはりそこにも傘はなかった。
「だけど……」
ここには、一度傘を隠した痕跡が残っている。プレハブ小屋の下、富田が傘を隠した場所。その辺りの土はまだ少し、ぬれていた。
それはぬれた傘を置いたことでできた。細長い一筋の線の跡。
さて、そうなると……。富田がここに傘を隠したのは、一時間目と二時間目の間の休み時間だった。
俺に「誰にもばれずにうまくできたよ」と。のんきに報告してきたのを覚えている。
そして富田にばれないように、俺が傘をここから動かしたのが、三時間目と四時間目の間の休み時間のこと。
まさか! 急いで教室に戻る俺。
ロッカーを間違えたとかか? いや、そんなミスをするかよ!
俺は富田のロッカーに間違いなく入れた。きちんとロッカーの扉に書かれている名前だって確認したのだ。
だが、念のため確認する必要がある。
教室に戻ってきた俺は、富田のロッカー、その両隣のロッカーの中を確認していく。ないか。
やはり、ロッカーを間違えたわけではかったようだな。流れで、念のため富田のロッカーも調べなおす。
うーん、やっぱり富田のロッカーにも傘はない。けど……、新しい発見があった。富田のロッカーの中、その底の部分。
そこをさわると少しざらざらとした感触がする。これは土だ!
おそらく、プレハブ小屋の下に隠したときに、ぬれていた傘へ付着した土だろう。
つまり一度、富田のロッカーに傘を入れたのは、間違いないらしい。
ならば、俺が富田のロッカーに傘を入れた後。誰かが傘を持ち出したとしか考えられない。
しかし、いったい誰が……。考えろ。この事態を引き起こした黒幕を……。俺に恥をかかせた憎い相手を許すわけにはいかない!
この事件の真相を推理するのだ。俺は頭をフル回転させる。
そもそも、富田のロッカーから傘を持ち出した犯人。当然、そいつはそこに傘があると知っていたことになる。
しかし、俺は富田のロッカーに傘を忍ばせるとき、細心の注意をはらっていた。
四時間目は理科室での授業だったので、きちんとみんなが教室から出て行ったことを確認してから、ロッカーに入れたのだ。
あのとき、教室には誰もいなかったはずだが。
いや、実際に犯人は、富田のロッカーに傘があることを知っていたのだから。見られていたことになるな。
だとすると、どうなる?
富田のロッカーから傘が持ち出されていることから、少なくとも犯人は、その傘が誰のものかわかっていたのではないだろうか?
ならば、犯人は南部さんか。南部さんと親しい人間、斎藤、宮下、加納、富田の四人の誰かということに……。
やはり怪しいのは富田だよな。実は富田は俺の行動の一部始終を見ており、俺の魂胆にも気付いたのかもしれない。
そして逆に俺を陥れるため、傘を別の所に隠しなおしたとか? ありえない話ではないが。
この推理には穴がある。先ほど俺がぬれ衣を着せようとしたとき。富田は相当動揺していた。
あれは、明らかに演技ではない。あのとき、富田は自分のロッカーに傘があると、本気で思っていたのだ。
それに、富田に俺の行動がばれることも。あるいは、ロッカーに入れた傘に富田が気付くことも、想定していた。
だから俺は、常に富田の行動には注意をはらっていた。
傘を忍ばせてから、冨田がロッカーに近づいた姿は見ていない。昼休みも、放課後の掃除の間も、下校するまで、富田は俺と行動をともにしていた。
五時間目は国語だったし、ロッカーには近づいていない。つまり、ロッカーから傘を持ち出す時間なんてない!
だとすると、犯人は別にいるのか……。残る犯人候補は四人、順番に考えていくか。まず、南部さん。
自分の傘なのだ。取り返したとしてもおかしくないが。それなら、傘がないとさわぎ立てたのはおかしい。
次に、加納さんや宮下さん。この二人が犯人である可能性も低い。なぜなら、俺が南部さんの傘を持っているところ見たら。
その場で追及するか。南部さんに告げ口するはずだからだ。二人は南部さんとすごく仲が良いからな。
ならば残るのは斉藤だが……。こいつもどうだろう。
俺が南部さんの傘を、富田のロッカーに入れているところを、斎藤が見ていたとしたら、正義感の強い斎藤のことだ。その場で声をかけてくるはず。
黙って傘だけ持っていくというのは考えにくい。斎藤には俺のことをはめる理由もないし。
……いや待て、実は斎藤も俺と富田と同じように、南部さんが好意を持っていたとしたら、どうだ。
俺が富田を陥れようとしたのと同じように。俺を陥れる目的で、傘を隠したとしたら。いや、斎藤にも犯行は無理だ。
だって、斎藤も昼休みから放課後まで俺と一緒に行動していたのだから。
斎藤もロッカーに近づく隙なんて、なかったはずだ。それこそ、トイレまで一緒だったのだ……。待て!
ここで重要な事実を思い出す。
そういえば昼休み、俺と斉藤がトイレに行っている間、富田は一人だったじゃないか!
そうだよ。そうじゃないか! その間にロッカーから傘を移動させたとしたら?
ならば、やはり富田が犯人ということに。……だがその割には、俺にぬれ衣を着せられそうになったとき、ずいぶん焦っていたが。
まさか、あれが全部演技だったというのだろうか。
くっ、ずいぶんと演技の才能があるじゃないか。おかげで、まんまと恥をかかされたってわけだ!
くそー。富田のやろう。陥れるつもりが逆に陥れられたってわけかよ。いや、まだ富田だと決まったわけでは……。
だが、仮に富田が犯人だとすると。俺がトイレに行っていたのは数分。富田も傘を教室から持ち出すことはできなかっただろう。
ならば南部さんの傘は、まだ教室のどこかにあるということになる。いったいどこに。
短時間で隠せて、そして簡単には見つからない所か。机の引き出し……。無理だ、傘が入るような大きさではない。
南部さんの傘は折りたたみでもないし、引き出しにはとても入らない。
掃除用具入れ……。サイズ的には問題ないが、放課後には掃除の時間がある。そのときに、傘が入っていたら気付かれていただろう。
ならば、やはりロッカー……。サイズ的にも問題ないし。
そして、あの状況で富田が考えそうなことは……。まさか! 俺は富田のロッカーから、左に三つほど数えた所にあるロッカーを見る。
この中に傘があるんじゃ……。そこは俺のロッカーだった。
あの短時間で、なおかつそこそこ人がいた昼休みの教室。その状況下で迅速かつ、もっとも効果的な隠し場所。
それが俺のロッカー。場所が近く、俺に罪を着せることもできる。最高の隠し場所。
まさか、ここに……。俺はごくりとつばを飲み込むと、ロッカーの取っ手の部分に手をかける。
もし、ここに傘があれば、富田に完全にしてやられたことになる。
あのお人好しで、どこか抜けたところがある。お世辞にも賢いとは言えないような奴に、まんまとやり込められたことになるのだ。
「くそ! 富田のくせに!」
案の定だった。俺のロッカーの中、そこにはやはり一本の傘が入っていた。南部さんの赤い傘だ。
なんてことだ。完全にしてやられた。こんなことって……。
呆然と立ち尽くす俺。しかし、ここで一つの疑問がわきあがる。なぜ富田は、この事実を利用しなかったのだろうか。
俺のロッカーへ傘を忍ばせたのは、俺に罪を着せるためだったはずだ。
なのに富田はそれを追及することなく、帰っていった。あの場でこの事実を突きつけられれば、俺は終わっていたというのに。
いや、お人好しの富田のことだ。みんなから責められる俺の姿を見て、もう十分だとでも思ったのだろう。
くそっ、まさか情けまでかけられるとは……。だが、その甘さが命とりだ。
「くくっ」
まさか富田のやつも俺が、傘を見つけ出すとは思わなかっただろう。これならば、まだ反撃のよちはある。
この南部さんの傘を再度、富田のロッカーに入れてやる。そして、明日の朝一番に、もう一度富田を追及すれば……。
それならば、傘を移動させる時間もない。今度こそ、富田は終わりだ。
俺にとどめを刺さなかったことを、後悔させてやる! そう考え、ロッカーから傘を取り出したところで。
「ガララ!」
教室の扉を開ける音が。誰だ!
「田端、なにしてるの!」
うげ! 加納さん! それに南部さんも後ろにいる。なぜ二人が、いや決まっている。富田の仕業に違いない。
やろう、俺の様子をうかがっていやがったのか!
この状況は不味い、なんとか言い訳を……。
「みんな。まだ帰ってなかったんだ。良かった。見てくれ、南部さんの傘を見つけたんだ!」
とっさにそんな言葉を返す。
「そうね。田端のロッカーから出てきたね」
加藤さんが責めるような口調で言った。やっぱり、傘を取り出すところから見られていたのか。
となると当然、俺が傘を盗んだ犯人だと疑っているよな。
あれ? 富田と斎藤のやつがいない。どういうことだ? 教室に入ってきたのは、加藤さんと南部さん、宮下さんだけだった。
てっきり、富田がぬれ衣を着せるために、みんなと戻ってきたのだと思ったのだが。いや、そんなことはいい!
「ああ、俺もおどろいたよ。なぜか俺のロッカーに、南部さんの傘が入ってたんだよ」
なんとか、富田の仕業だと納得させる! 富田本人がいないのは好都合だ。これなら、まだなんとかなる!
「あら、田端くんが盗んだのではなくて?」
懐疑的な視線を向けてくる南部さん。
「まさか。俺がそんなこと、するはずないだろ。言っただろ、富田が盗んでるのを見たと。俺の推理を聞いてくれ!」
「はあ! この期に及んで、まだ富田に罪を着せるつもりなの?」
加納さんは聞く耳を持たないと言わんばかり。だけど、押し通す!
「一度、富田は盗んだ傘を自分のロッカーに隠したんだよ。だけど、俺に見られていたことに気付いて、俺のロッカーに移したんじゃないか」
「へえー、そうなんだー」
なぜかニヤニヤし始める加納さん。すると宮下さんが。
「田端くんは、こう言ってるけど。富田くん、実際どうなのかな?」
え! 富田? 教室の扉から富田と斉藤が入ってくる。
やはり富田もいたか。うん? なぜ、涙目なのだ。
「富田くん。どうなの?」
再度、宮下さんが尋ねる。すごく弾んだ、楽しげな声だった。
「ははは……」
力なく笑う富田。
「田端くん、もうあきらめなよ。全部ばれているんだ……」
富田は泣きそうな声でそう続ける。
「ばれてる? いったい何のことだ」
ふん、たとえ、富田本人が出てこようが、認めるもんかよ。
「はぁー」
とぼける俺に、呆れたと言わんばかりに、ため息をつく南部さん。その目は、かわいそうなものを見るようで……。
なぜ、そんな目をする?
「田端くん、勘違いしているね。私、本当は全部知っているの……」
南部さんはとんでもない爆弾を落とす。
なんと、俺と富田の行動。富田が傘を隠したことも。そのあと、俺が傘を持ち出し、富田のロッカーに忍ばせたことも。
そのすべてを南部さんは知っていたというのだ。
「え!」
おどろきの声がもれる。そんなことって……。富田に目で問いかける。マジ? こくんとうなずく富田。
ええ! どういうことだ? つまりそれは。えっと……。
あまりのことに、頭が真っ白になる俺。そんな中、南部さんはたんたんと話し続ける。
「混乱しているね。説明してあげるよ。まず、二人のくだらない作戦だけど……」
俺たちの作戦会議は、南部さんに筒抜けだったらしい。宮下さんが盗み聞きしていたからだ。
だから、富田が傘を隠す事も知っていて、そのうえで、わざと富田を泳がせて、最後に懲らしめるつもりだったとのこと。
しかし、ここで予想外の事態が起こる。
俺の登場だ。富田が隠した傘をこっそり、持ち出した俺。それもばっちり、宮下さんに見られていたらしい。
だから、俺が傘を富田のロッカーに忍ばせたことも、南部さんは知っていた。
そして、その目的もある程度、予測されていたそうだ。
ゆえに、そうとは知らない俺が、自信満々で富田に罪を着せようとしていたときも。富田以外のみんなは、承知のうえで話を合わせていたらしい。
「じゃあ、富田のロッカーに傘がなかったのも」
「私が移動させたからだね」
加納さんが楽しそうに告げる。富田のロッカーから、加納さんが傘を持ち出し、俺のロッカーに忍ばせたそうだ。
「なぜ、そんなことを……」
「そのほうが、おもしろいって雪が」
宮下さんを指さす加納さん。
「ごめんねー。でも、おもしろかったよ。自信満々な田端君も。右往左往する田端くんも。どっちも!」
ふんわりと良い笑顔を浮かべる宮下さん。
いつもなら、癒されるその笑顔も、今は悪魔の笑みにしか見えない。
「ずっと、見ていたのか……」
皆、俺一人を残して帰ったと思ったが、ずっと俺の様子を見ていたということか?
「うん」
満面の笑顔を浮かべる宮下さん。
「さて、わかったら。お仕置きしないとね」
ずいっと、前に出る南部さん。ええ! お仕置き。もうすでに、心はぼろぼろなんだけど。
後ろに下がる俺。しかし……。すかさず富田と斉藤が俺を捕まえ、両腕を押さえ拘束する。
ええ、なにを……。
「僕もやられたよ。痛かったけど。仕方ないよ、あきらめないと」
右側から富田のささやきが、良く見るとその頬が赤く染まっている。
「じゃあ、いくわよ」
右手をふりかぶる南部さん。
「え、ビンタ?」
「そっ、これでチャラにしてあげるわ」
「許してくれるの?」
けっこうひどいことをしたと思ったけど。
「ま、付き合い長いし。二人が馬鹿なのは知ってるからね」
どうやら、こんな俺でも許してくれるらしい。てっ!
「いったぁぁ!」
なにこれ? めちゃくちゃ痛いのですけど。膝をつき頬を押さえる俺。目から涙がこぼれる。
本気の一撃じゃないか。うらめしげに見上げる俺に。南部さんは良い笑顔で。
「まあ、けじめだし。これくらいわね」
いやまあ、これぐらいでチャラにしてもらえるなら、いいけどさ。そのまま、南部さんは教室を出て行こうとして。
最後にもうひとつ爆弾を落としていく。
「あっ、それと私。二人のことなんとも思ってないから」
ぐふっ……。い、一番効いたかもしれない。そうだよ。全部知っているってことは、俺と富田の想いにも気付いているってことで。
ショックだ……。がっくりとうなだれる俺。富田もショックを受けている様子。そんな俺たちをほうって、教室を出て行く四人。
「女って怖いな」
四人が去った教室に、富田のつぶやきがむなしくひびく。
「ああ」
力なく返す俺。
ああ、そうだ。富田には謝らないと……。失敗したとはいえ、ぬれ衣を着せようとしていたわけだし。
結局、富田が俺を陥れようとしているというのは、俺の勘違いだったし。そうなると、悪いのは俺だけだ。だから。
「富田、悪かったな」
「いや、もうそんなこと、どうでもいいよ」
俺が謝ると、本当にどうでも良さそうに返す富田。いいのか……。まあ、確かにどうでもよくなる気持ちはわかるけどさ。
因果応報というが、ここまでぼろくそにやられるなんて……。許してくれるらしいけど……。
明日からどんな顔して会えばいいんだよ!
「悪いことってできないなぁー」
「そうだなぁ……」
たそがれる富田に同意を返す俺。本当に悪いことをすると自分に返ってくるんだなと、しみじみと感じた。
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著作者:上科リク
掲載サイト:『小説家になろう』
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