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富田孝

 ドキドキする。僕は心臓の鼓動(こどう)を落ち着かせながら、いまか、いまかと。そのときを待っていた。今のところ計画は順調に進んでいる。

 後はタイミングだ。


 僕たち……。友達の田端利典(たばたとしのり)斎藤幸太(さいとうこうた)宮下雪(みやしたゆき)加納理沙(かのうりさ)。そして、僕がひそかに想いを寄せる南部愛理(みなべあいり)ちゃん。最後に僕。

 計六人は、下校するために昇降口へと向かっていた。


 さあ、そろそろ心の準備をしなければならない。下駄箱で靴を()きかえると、僕はそのときを待つ……。


「あれ?」

「どうしたの。愛理ちゃん?」

 愛理ちゃんが、疑問の声をあげ。その声に反応する宮下さん。


「それが……、私の傘が見当たらなくて」

 愛理ちゃんが僕らのクラス。五年四組の傘立てをあさっている。

「ほんとに?」

 加納さんも、一緒になって傘を探し始める。


 だが、いくら探そうとも傘は出てこないだろう。なぜって……、愛理ちゃんの傘は僕が隠したからだ。

 もっとも、意地悪をしたかったわけではない。ある目的のためだ。そう、愛理ちゃんと相合傘をするためである。


「ないね」

「誰かが、持っていっちゃったのかな?」

 加納さんが探すのをあきらめ、宮下さんが疑問を口にする。

「どうしよう。雨けっこう降ってるよ」

 途方にくれた様子の愛理ちゃん。


 よしよし、いい流れだ。そろそろだね。絶好のチャンス! さあ、「僕の傘に入れてあげるよ」と声をかけるのだ。いくぞ!


「僕の」

「俺、知ってるんだぜ!」

 声をかけようとしたのだが、それを(さえぎ)るかのように大きな声を出すやつが……。


 田端くんだ。いったいなぜ? 田端くんは僕の計画を知っているはずなのに。なぜ、邪魔(じゃま)をするようなことを?

 おかげでタイミングを逃してしまった。大きな声を出した田端くんに、みんな注目している。


 相合傘に誘える雰囲気(ふんいき)ではなくなった。というか田端くん、知っているって何を? いったい何を言っているの?

「田端くん、何か知っているの?」

 僕と同じ事を思ったのか。宮下さんが疑問を口にする。


 すると田端くんはにやりと不適に笑い。なぜか僕のほうをちらっと見た。うん? なんだろう、その顔は……。

 なんだか嫌な予感がする。


「なぜ、南部さんの傘がないのか。その理由を知ってるんだ!」

 え! 田端くん、何を言い出すんだ。そりゃ、田端くんは傘がない理由を、知っているのは当然だけど……。


 だって、そもそも南部さんと相合傘をするために、傘を隠すという作戦を考えてくれたのは、田端くんなのだから。

 だけど、なぜそれをばらすようなことを? こんらんしている僕をよそに、話は進む。


「どういうこと?」

 愛理ちゃんが、少し強めの口調で田端くんに尋ねる。

「実は、南部さんの傘は……」

 そこまで話すと一旦言葉を切り、また僕のほうを意味深に見る田端くん。待って。まさか田端くん!


「……富田(とみた)が盗んだんだ!」

 僕に指をつきつけ、声高に叫ぶ田端くん。ええ! ウソ! そんな! 田端くん、どうして……。どういうこと?


 まさかの事態に、僕は頭が真っ白になる。え! なんで? 田端くんが……、まるで僕をどろぼうみたいに……。

 僕も傘を持ち出して隠すなんて一度はどろぼうみたいだと思ったし、罪悪感を覚えたけど……。


 そんな僕に「後でこっそり傘立てに返せば大丈夫だよ」と言ったのは田端くんじゃないか! 待ってよ!

 そう思うも、回りは待ってくれなかった。


「富田くん。どういうこと?」

 容赦(ようしゃ)なく、僕へと詰め寄ってくる愛理ちゃん。

「いっ、いや、違うよ。ぼっ、僕は盗んでない」

 慌てて弁解するが。旗色は悪い。だって傘を持っていったのは本当なのだから。


 しかも、田端くんも敵に回ろうとしているのだ。

「いいや、確かに俺は見たぞ。富田が南部さんの傘を持っていくところをな」

 力強い口調で宣言する田端くん。 くそっ……。どうして田端くんが。あ! もしかして……。頭に嫌な考えがよぎる。


 もしかして田端くんも、実は愛理ちゃんのことを好きだったのかもしれない。


 それなのに僕が愛理ちゃんと相合傘をしたいなんて、言いだしたから。邪魔(じゃま)な僕を(おとしい)れるようなことを、しているんじゃないだろうか?

 だったら最初から。田端くんは僕を裏切るつもりで。


 つまり、すべては田端くんの計画のうちなのだ。僕に愛理ちゃんの傘を隠させ。それをあばくことで、僕を蹴落(けお)とし。

 さらに、自分の好感度もあげようと考えた。ううっ……、そんなことって。


 真相がわかると、僕は足元がくずれるような感覚を味わう。田端くんのこと、親友だと思っていたのに。

 いや、悲しむのはあとだよ! 今はこの場をなんとかしないと。


「本当なの! 富田くん」

 確認するような言葉を口にしつつ、僕に詰め寄ってくる加納さん。その目は、もうすでに僕を犯人だと考えているようで……。


「違うよ。僕はとってなんかいない!」

 とっさに口では否定するが。このままでは不味い。だって、相手にはすべてを把握(はあく)している田端くんがいる。

 これ以上、田端くんの好き勝手にはさせられないけど。


 だけど、どうしたら……。頭をフル回転させて考える僕に。ここで、まさかの攻撃がとんでくる。

「実は私も見ていたの。富田くんが愛理ちゃんの傘を持っていくところ」

 なんと宮下さんまで、そんなことを言い出したのだ。


 そんな。見られていたなんて……。細心の注意をはらったのに。まさか、そんな!

「宮下さんも見たの?」

 これには田端くんもおどろいた様子。


「うん。……でも、遠くからだったから、確信はなかったんだけど……」

 田端くんの話を聞いて確信したと話す宮下さん。終わった……。

 さすがに二人も目撃者がいたのでは……。田端くんと宮下さんの言葉に、残りの三人のまなざしもきつくなる。


 だけど、あきらめられない僕は。

「そんなのウソだ! 僕はとってない、信じてくれ!」

 往生際が悪く、わめき散らす。まだ、何か手はあるはず。なんとか……。


「斎藤くんは知っているだろ。僕がそんなことしないって」

 ずっと黙って成り行きを見ていただけの、斎藤くんにすがりつく。一人でも味方がほしかった。


「いや……そう言われても」

 しかし、斎藤くんは困ったように(ほお)をかく。ダメだ。斎藤くんも僕がやったと思っているんだ。

 ううぅ……。やっぱり悪いことをしたからバチがあたったのかな?


「本当に違うんだ。信じてくれよ!」

 それでも、なんとか言葉を重ねた。


「とぼけてもムダだ! こっちには証拠だってあるんだからな」

 田端くんが勝ち誇った様子で告げる。証拠? もしかして傘の隠し場所をばらすつもりなのか?


「俺は南部さんの傘が、どこにあるかも知っているんだぜ」

 やっぱり。だけど、そこに傘があったって。僕が隠したという証拠にはならないはず。そうさ、たとえ隠し場所がばれたって……。

 シラを切り通す!


「そうなの?」

「いったいどこに?」

 田端くんの言葉に食いつく、加納さんと愛理ちゃん。

「それは……」


 なにがあろうと。僕は最後まであがいてやる! なんなら、田端くんも一緒に計画を立てていたことを話してでも……。

「富田のロッカーの中だ!」

 最悪でも道連れにはして……。えっ! 今なんて言った?


「俺は見たんだ。富田が自分のロッカーに、南部さんの傘を隠しているところを!」

 田端くんが叫ぶ。だが、言われた言葉が頭に入ってこない。


 え! 隠し場所は校舎裏にあるプレハブ小屋の下じゃないか。いったい何を言っているの?

 隠し場所を考えたのだって、田端くんだし……。


 いやまさか! 田端くん、もしかして僕がプレハブ小屋の下に隠した愛理ちゃんの傘。

 それを持ちだして、僕のロッカーに移したのか? ありえる。僕をはめるためには、それぐらいはしそうだ。


「でたらめだ!」

 叫びながらも、もうダメだと思った。だって、いくら言い訳したところで。

「だったら、確かめてみようぜ」

 そう、こう言われてしまえば、おしまいである。


「そうね。確かめに行きましょう」

「わかった」

「うん」

「「そうだね」」

 愛理ちゃんをはじめ、五人は賛同の声をあげる。


 ああ、終わった……。田端くんは、あんなに自信満々だったのだ。愛理ちゃんの傘は間違いなく、僕のロッカーから発見されるだろう。

 みんなが歩き出すのに合わせて、僕も歩き出す。その足取りは重く。死刑台に向かう死刑囚のような気分だった。


 そうなれば僕はもう終わり……。傘どろぼうとして糾弾(きゅうだん)される。ああ、どうしてこんなことに……。


「さあ、ここに南部さんの傘が入っている!」

 重く沈む僕の心とはうらはらに、まるでドラマのように……。犯人を追い詰める探偵さながらに、声高らかに宣言する田端くん。 

 その姿はとても、きげんが良さそうだった。


 その様を見て、悔しさ。そして、ふつふつと怒りが込みあげてくる。友達だと思っていたのに……。

 どうしてこんなひどい仕打ちをするの!


 田端くんも、愛理ちゃんのことが好きだったとしても、やり方ってものがあるだろ!

 こんな人を(おとしい)れるような方法で……。最低だよ! 絶対許さない。こうなったら、おまえのことも。


 おまえが、僕とともに計画を考えたことをばらしてやる。信じてもらえないかもしれないけど。それでも!

 そう覚悟を決めたとき……。


「ねえ。傘なんて、どこにもないんだけど」

 聞こえてきた愛理ちゃんの声に、耳を疑う。え! 傘なかったの?

「いや、そんなはず……」

 田端くんの言葉が不自然に途切れる。


 まさか! 僕は慌ててみんなをかきわけると、自分のロッカーをのぞき込む。

 そこには、僕の絵の具セットや、リコーダー、習字セットなどが入っているだけで、愛理ちゃんの傘はどこにも、見当たらなかった。


 ない! ないぞ。傘がない! いったいどういうことだ? 絶対田端くんが、僕のロッカーに愛理ちゃんの傘を忍ばせたと思ったんだけど。

 僕は田端くんのほうを見る。


「どういうことなの。田端くん」

「えっ……。いや、それは」

 先ほどとは一転、愛理ちゃんに問い詰められた田端くんは、言葉に詰まっている。明らかな動揺。


 どうして傘がない、と言わんばかりの表情。やはり田端くんは僕のロッカーに、愛理ちゃんの傘を忍ばせたんだ。

 僕はそう確信する。でも、だとすると。愛理ちゃんの傘はいったいどこに?


「そうよ。田端! どういうこと? 傘なんてどこにもないじゃないの」

 返事に困っている田端くんに、今度は加納さんが怒った様子で詰め寄る。

「確かに、俺は見たんだ……。富田がロッカーに入れてて……」

 その剣幕(けんまく)に弱弱しく答える田端くん。いい気味だ。


「でも、ないぞ」

 ついには斎藤くんも責めるような視線を、田端くんに向ける。チャンス! もう誰も、僕が傘をとったとは思っていない。

 逆に、変なことを言った田端くんを責める空気になっている。今なら。


「だから、言ったでしょ。僕はとっていないって」

「いや、でも……」

 往生際悪く、何か言い返そうとする田端くんだったが、みんなが責めるような目で見ていることに気付く。


 おろおろと視線をさまよわす田端くん。僕たちの顔を順番に見ると、その視線が宮下さんで止まる。

 すると、活路を見つけたと言わんばかりに、表情が明るくなった。


「そうだ! 宮下さんも見たんだよね」

 宮下さんに尋ねる田端くん。くっ、そうだった。宮下さんにも見られていたのだった。不味い!

 でも宮下さんは、自信がなさそうだったし。押し切る!


「いや、宮下さんが見たのは僕じゃないよ。遠かったから見間違えたんじゃないかな」

「えっと、そう言われると自信ないかも……」


 よし! 宮下さんはおとなしい性格で、周りに流されるタイプだから、この状況ならそう言ってくれると思っていた。


 さあ、田端くん。これで僕に罪を着せることは、もうできない。たたみかける!

「ほら、宮下さんもこう言ってるよ」

「いや、そんなはずは……」

 田端くんは反撃の糸口を必死に探している様子。


 そんな田端くんに再度、問いかける加納さん。

「田端、ほんとに見たの?」

「いや、それは……」

「富田くんがとったとこ。本当に見たの?」

 愛理ちゃんも問いかける。


 さすがに、田端くんも旗色が悪いことに気付いた様子。俺をきっとにらむ。にらまないでよ、因果応報(いんがおうほう)さ。

「ロッカーに入れるところもよ。本当に見たの?」

 加納さんが詰め寄る。


「もしかして、富田を(おとしい)れようと? それはひどいじゃないか」

 斉藤くんもこちら側に参戦。これには田端くんも観念したようで。


「うっ、悪かった。冗談だったんだよ。ちょっと富田をからかっただけさ」

 本当は何も見ていない、軽いジョークのつもりだったと、苦しい言い訳をする田端くん。そんなことをすれば当然。


「最低」

「冗談だと笑えないよ」

「田端くん、それはちょっとひどいよー」

「ふざけすぎだね」

 加納さん、愛理ちゃん、宮下さん、斉藤くんから、さんざんな声をかけられる。


「そこまで怒らなくても……」

 それでも田端くんは、なんとか、言い訳をしようとするが。

「行きましょう」

 愛理ちゃんは、聞く耳を持たないとばかりに教室を出て行く。


「そうね。田端、少し反省しなさい」

 捨てセリフを残し。その後に続く加納さん。その二人に続いて、宮下さんと斉藤くんも教室を出て行く。

 残された僕と田端くん。


「……」

 僕はうらみごとの一つでも言ってやろうと思ったが、ひどく打ちひしがれている田端くんを見て、なんだかかわいそうになり。

 そのまま教室を後にする。


 教室を出るとみんなが待っていた。

「それにしても、結局傘はどこにいったんだろ」

 疑問を口にする愛理ちゃん。

「やっぱり誰かが持っていったんじゃない? 雪、見たんでしょ」

「うん。私が見た人が持っていたのは、絶対愛理ちゃんの傘だったよ」


 その会話を聞いて、僕はひやっとする。再び蒸し返されてはたまらない。

「そっ、それより、傘ないけどどうするの?」

 慌てて、そう返し、さらに。

「良かったら、僕の傘に入れてあげようか?」

 流れで相合傘にも誘う。


 すると。

「ふーん」

 なんだか、若干声のトーンが低くなる愛理ちゃん。うん? 寒気が。

「じゃあ、雪。あと頼むね」

 僕の問いには答えず。愛理ちゃんはいきなり宮下さんに頼みごとをする。


 えっ、頼むって何を?

「わかった」

 宮下さんは一人教室のほうへ戻っていく。それを見届けると。

「さて」

 そう言って、僕の左肩に手をおく加納さん。


 ええっと、何? なんだかみんな目が恐い。それになんで僕を囲んでいるの? 左には加納さん、右には斎藤くん。

 そして正面には愛理ちゃん。


「富田くん。ちょっといいかな?」

 有無を言わせぬ口調で、愛理ちゃんが尋ねる。その言葉とともに、左右の二人が僕の腕をがっちりとつかむ。


「悪いな。富田」

 なぜか、申し訳なさそうに謝る斎藤くん。そのまま僕を近くの空き教室へと連行していく三人。

 えっ! なに? ちょっと! 怖いんだけど……。


 思えば、よく考えるべきだった。僕のロッカーの中から、愛理ちゃんの傘が発見されなかった理由。

 行方不明になった愛理ちゃんの傘の、その行方を……。


 まあ、気付けたところで、この後の悲劇を回避できるわけでは、なかったのだろうけど。

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