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50 世界の真理とは何か


 ワシントンで楽しく過ごして、次にやって来たのは日本皇国だ。こちらでは誘夜の紹介で、財務省まで案内してもらえた。こちらも成果は上々で、大変有意義な視察が出来ている。

 日本にいる間に、工業や教育、金融や経済、雇用や福祉などの問題、そのシステムと、それに対する取り組みなどについても勉強させてもらった。


 一通り視察を済ませた後は、誘夜との個人的なお話だった。


 茶室の中に通されたアルヴィンは、誘夜に促されて座布団に正座した。彼女が玉露を立てて、白魚のような手で、藍色の器を差し出してくれた。それを手に取って、ゆっくり味わう。


「結構なお手前で」

「よく勉強して来ておるの」


 誘夜は愉快そうに笑っていたが、茶筅をそっと置くと、アルヴィンに向いた。


「真理の話を聞かせてたもう」


 一瞬瞑目した後、アルヴィンは口を開いた。


「まず、聞かせていただきたいのです。なぜあなたは真理を追究するのですか?」

「おぬしも知っておると思うが、この世界の歴史はいびつじゃ」


 日本は歴史の古い国で、現存する国家の中では、最も古い歴史を持つ国だ。そして、天皇制の日本国家が誕生する以前の歴史も、しっかりと保存されている文化強国でもある。

 遺跡からの出土品は考古学者によって研究され、ほとんどがその用途や文字、生活背景などが解明されている。


 それでも、日本だけでなく、世界にも謎とされている出土品がある。世界中の遺跡から発掘されるオーパーツ、火星や月にある文明の痕跡。これらは未だに謎が解明されていない。


「この世界の過去には、一体何が起きていたのじゃ? わが国のオモヒカネという神が言うておった。この世界には、世界の均衡を司るシステム、「創造神」がおると。創造神とは、一体なんじゃ?」

「神に直接聞いたとは、驚きましたね」

「偶然じゃ」


 妖怪に神と交流する手段があったことには驚いたが、アルヴィンは少し笑って口を開いた。


「いいでしょう。この世界に何が起きていたのか、ですね。この世界で過去に起きた事、それは「刷新」です」


 誘夜は訝しそうに眉を寄せる。


「刷新?」

「ええ。前の歴史が気に入らなかったので、滅ぼして新しく作り変えているのですよ」


 誘夜は目を見開いて、ばん、と畳に手を着いた。


「世界を滅ぼしたじゃと!? それは創造神によってか!」

「そうです。この世界の滅亡と再生は、全て創造神によって司られています。今までも、これからも」


世界中の神話や聖書で語られる、大洪水やラグナロクなどの世界の終末。あれは物語ではなく、生き残ったものが密かに後世に伝えた、真の歴史を記したもの。発掘されたノアの方舟、突然歴史から消えたシュメール人の、高度に発達した天文学、ギリシャで発掘された巨人の骨。文学のように思っていたものを、史実と裏付ける事実。

 誘夜は畳についた手を拳に握り替えて、ぐっと締め付け、絞り出すような震える声で言った。


「今までも……? では、この世界は、何度目の世界なのじゃ!」

「学説的には12回と言われていますが、詳しくは私も存じ上げません。私が知ったのはこれだけ。世界中の博物館や図書館、遺跡などを見て回って、自分で考察した結果です。神に伝手があるのなら、その神に聞くのが最も確かですよ」


 彼女は鼻で笑った。


「教えてはくれぬ。きゃつらは神であって、生物ではないからのう」

「そうですか。それを知って、貴方はどうしたいのですか?」


 誘夜は自分の座っていたところから、優雅な所作でアルヴィンの前までやってきた。


「そなたは世界の真理を知った時、どう思った」

「あぁそうなのか、と思っただけです」

「なぜじゃ?」

「神にしてみれば、われわれのような反抗勢力はいない方がいいはずなのに、それでも生まれた。ということは、過去に創造神に反抗しようとした者がいて、その者が我々を作るプログラムを、この世界のどこかに隠したのだろうと仮定していました。その裏付けが出来た、そう思ったまでです」

「ならばなぜ、おぬしは創造神を打倒しようとしないのじゃ?」


 誘夜は、アルヴィンの話を聞いて、彼女の中では創造神は許し難い存在だと思ったのだろう。だからここまで食って掛かるのだという事はわかった。


「反抗しようにも、創造神がなんなのかすら、私にもわからないのですよ。実体のある者なのか、ない者なのか、それすらも。そんな相手に、どう対処しろと?」

「……そう、じゃな。失礼した」

「いいえ。とにかく、私は自分の仮説が肯定された時点で、一定の興味を失いました。これ以上深入りする気はありません」

「そうか」


 誘夜は残念そうにして、元の座敷に座りなおした。

 本当はアルヴィンだって、世界の歴史を操る創造神なんて、心からけしからんと思っている。だが、何もわからないのに、対処のしようがあるはずもない。

 生物の大量絶滅は約2600万年周期と言われているが、今回は 人間が環境を破壊しまくったために、緩やかに絶滅しているので、今回の歴史のリミットがどの時点にあるのかもわからない。


「歴史の終焉がいつかはわかりません。ですが、歴史が終焉を迎えるその時」


 誘夜が俯いていた顔を上げた。


「創造神が世界を破壊しようとする、まさにその時。その時にこそ、創造神は我々の前に姿を現すでしょう。倒すなら、その時しかないと考えています」

「おぉ、そうじゃのう!」


 誘夜は興奮した様に目を輝かせて頷く。その様子にアルヴィンは少し苦笑した。


「ですが、世界破滅よりも、目下は国政ですね。第3次世界大戦も起きそうですし」


 アルヴィンの言葉で一気に興奮が冷めたようで、誘夜は姿勢を崩して溜息を吐いた。


「それよ……。まったくギリシャはとんだお笑い国家じゃ」

「お恥ずかしい限りです」

「どうする気じゃ?」

「創造神と同じ手段をとりますよ。破壊と創造です」

「おぬしも性格が悪いのう」

「長生きの弊害ですね」


 二人はお茶を楽しみながら、年寄り話に花を咲かせるのだった。



 その頃、別室に案内されていたセルヴィ。


「この栗羊羹っていうお菓子、すっごくお茶に合います! 美味しいです!」

「老舗の逸品なんですよ」

「まだありますから、どうぞお召し上がりください」

「ありがとうございますぅ。美味しい~幸せ~。日本サイコー!」


 誘夜の秘書、虎杖いたどり苧環おだまきにお茶に誘われ、秘書あるあるで盛り上がりながら、幸福絶頂で羊羹を頬張っていた。 

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