49 学校教育視察
ダンテには資料を見せながら、ギリシャ経済の概要を教えていたのだが、ダンテはフラフラとソファの背に寄りかかって「なんという素人集団……」と嘆いていた。国民や政治家はあんまりわかっていないが、これが他国からの正当な評価である。
今日は孤児院に泊まっていいと言われたので、ワシントンへアンジェロに連れて行ってもらった。彼の空間転移で連れて行ってもらったのだが、セルヴィが瞬きしている間に景色が変わってしまったので、セルヴィはやっぱり驚いた。
滞在も許可してくれたそこは、ヴェネツィアゴシック調の立派なお屋敷だった。そこが孤児院「魔法使いの家」だった。アンジェロと共に転移で姿を現したのは、その屋敷のリビングだったようだ。小さい子どもたちが、保育士たちと一緒に絵を描いていた。
アンジェロが返って来た事に気付いた子どもたちが、「いんちょーせんせーおかえりなさーい」とわらわらお出迎えして、アンジェロに抱き着いてキスをしていく。アンジェロも律儀に全員にハグをしてキスを返していた。
子どもの何人かは挨拶がすんでもアンジェロにまとわりついて、保育士に「先生はお仕事中だから邪魔しちゃダメよ」と怒られて、名残惜しそうな顔をして渋々離れていた。
子どもたちのその様子を見ていたら、ついつい頬が緩んでしまった。
「うふふ、大人気ですね」
セルヴィの言葉に、何故かアンジェロは少し悲しそうに微笑んだ。それを不思議に思っていると、アンジェロが言った。
「あの子たちのあれは、愛着行動と呼ばれるものです。ネグレクトなどで親から愛情を貰えなかった子供が、愛情と信頼を獲得するために、必死に大人に縋ろうとする姿です。本当は、遊びの時間には遊びに熱中している子どもの方が、正常なんですよ」
「そうなんですね……」
ここは孤児院だ。色々な事情を持った子どもがいるだろう。親が入院しているから一時的に預けられている子どももいれば、天涯孤独になった子ども、捨て子や保護された子どももいる。
子どもたちの可愛い仕草も、そのすべてが幸せを表現しているわけではないのだと知って、セルヴィは少し悲しい気持ちになった。
とはいえ、ここには教育の視察に来たのだというのもある。荷物を犯せてもらった後、アンジェロの経営する学院へと案内してもらった。
学院は近代的な建築で、郊外にあるので広い敷地を有している。初等部、中等部、高等部の校舎が並んでいて、門から校舎を挟んだ向こう側には、広大な校庭と、グラウンドやテニスコート、プールなどの施設があった。それにセルヴィは非常に驚いた。
「が、学校に運動施設があるんですか!?」
「欧米やヨーロッパでは、こう言った施設がないのが普通です。ここは妻の助言で取り入れた、日本式の学院です」
「はぁ、日本の」
イマイチよくわかっていないセルヴィに、アンジェロが説明してくれた。結構前から言われていた事だが、外国人から見た日本人の印象と言うのは、規律正しく誠実である、と言われている。アンジェロ達も実際にそう思ったらしい。
では何故そのような国民性が育まれるのかというと、それは幼少期からの教育が功を奏していると考えられた。なので、日本人妻であるミナに助言を受けたり、日本に研修に行ったりして、日本の学校教育、家庭での情操教育、道徳教育などを取り込んでいるようだ。勿論、他国の良い点も盛り込んでいる。
「日本には給食と言う制度があります。給食があれば、家で食事を貰えないような環境の子どもでも、お腹いっぱいご飯を食べることが出来ます。また、掃除の時間と言うのもあります。全ての授業が終わった後、生徒全員で学校を掃除します。自分で掃除したところを汚されては嫌ですから、清潔を保とうという意識が芽生えます。また、人に迷惑を掛けてはいけない、自分がされて嫌な事は、人にしてはいけないと幼少期から教えます。刷り込みと言っては聞こえが悪いですが、幼少期の道徳教育は、その後の人格形成に強い影響を与えます」
「なるほど……よくできたシステムですね」
「技術力とシステム化について、日本の右に出る国はありませんね。私も色々と試してみましたが、ある程度規律を守らせた方が、結果的には合理的でした」
そう言ってアンジェロが視線を送る先では、子どもたちがトレーを持って、給食係の列に並んでいる。誰も押したり割り込んだりせず、お喋りもせずきちんと整列していた。
ふと、一人の生徒がアンジェロとセルヴィ達に気付いた。
「こんにちは」
その生徒の声で、他の生徒も気付く。
「あっ、理事長先生だ」
「こんにちは!」
「お客さんだ」
「こんにちはー!」
数十名の生徒から、一斉に挨拶を受けて圧倒される。普通なら客が来たところでスルーするのが当たり前なのだが、これが日本式教育の賜物だろうか。
セルヴィが圧倒されている間に、アルヴィンが教室に入り、子どもの列を覗き込んでいた。
「こんにちは。美味しそうだね」
「うん! 今日はオムレツ!」
「あとチキンカレー!」
「オレ絶対おかわりするんだ!」
「わたしも!」
子どもたちは給食を楽しみにしているようで、まだ食べてもいないのに、既におかわり戦争が勃発している。子どもたちがやいのやいの言うので、アンジェロが割って入った。
「こら、お客様の前でみっともない事でケンカするな。あと配膳台の前で喋るな。食缶に唾入ったら汚ねぇだろ」
子どもたちの顔には「ヤベ、理事長先生が怒った」と書いてある。すぐに子どもたちはしおらしくなって、列に戻った。これにはアルヴィンも苦笑してしまった。
「ごめんね、俺が話しかけたせいで怒られちゃったね。理事長先生、今日は俺に免じてこの子達は許してあげてください」
「ええ」
二人で笑って子どもたちを見て、子どもがアンジェロを見つめている。それにアンジェロも笑い返した。
「怒って悪かった。でも今度からは気をつけろよ。ちゃんとおかわりはあるから、ケンカするなよ。みんなで仲良く分けるんだぞ」
「はーい!」
子どもたちが元気よく返事をしたのを見届けて、セルヴィ達も教室から出ていった。
なんだか素直でいい子たちだ。自分も子どもの頃はあんなに素直だっただろうかと考えると、やや疑問だ。セルヴィは移民なので、両親の祖国にちなんだ教育を施されたが、そのせいかギリシャ人とソリが合わないこともあった。勿論最初から差別的な扱いをされたせいもあるが、ある程度仲良くなった相手ですら、「うーん……」と思う事は多々あった。
ギリシャ人の性格といえば、とにかく陽気で人懐っこくて、いつもしゃべりまくっている。親切で愛情深く、心が温かい。
あらゆる物事を大げさに話し、しゃべらない人は嫌われる。さらには、ギリシャ神話など歴史的な遺産が多いせいか、この世界の中心は自分だと考えている。
また、約束に対しては非常にルーズであり、時間は全く守らない。極めつけは、ギリシャでは嘘をつくことは、そんなに悪いこととは考えられていないので、
非常に気軽に嘘をつく。何か問題が起こったら口先で解決しようとするので、呼吸するように嘘をつきまくる。
そこまで考えて、セルヴィはちょっと気が遠くなる。
(これはダメだ。ギリシャ人、本当にクズだ……教育改革必須)
アルヴィンも(彼はローマ人だが)似たような事を考えていたようで、二人は教育改革について、その後アンジェロに熱心に指導してもらった。




