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48 ウォール街の超能力者


 1月も正月を過ぎたころ。アルヴィンとセルヴィ、アメリカはニューヨーク、ウォールストリートに来ていた。ここ、雪の降り積もるウォールストリートは、世界経済の中枢である。ここで経済を学ぶという事は、世界経済に触れると言っても過言ではない。この街では毎日数億ドルの金が動くのだ。


「お待ちしておりました」


 そう言ってにこやかにアルヴィンを迎えてくれる青年がいた。金髪に琥珀色の瞳をした、2mはあろうかという長身の男性だった。

 アルヴィンもその青年ににこやかに挨拶し、握手を交わした。


「やぁ、アンジェロ。ネットではお世話になったね。君のお陰で助かったよ」

「あのくらいの事、お安いご用ですよ」


 彼はアンジェロ・ジェズアルド。人間でイタリア移民の70歳だ。初めて年齢を聞いた時はセルヴィも首を捻ったが、なんと彼は「最高傑作の新人類」「科学が生んだバグキャラ」と呼ばれる超能力者で、不老不死の肉体を持っているらしい。それで現在でも見た目は青年らしかった。


 彼に助けてもらったのは、EMF横領問題の時だ。元銀行員ディミトリス・コリアスを捜索しようにも、どうにも手がかりがつかめずに手詰まりだった。そこでマルクスに相談して、トワイライトに呼びかけてもらったところ、ヴァンパイア一族のヴィンセントの眷愛隷属、ミナ・ジェズアルドから返事が来た。


「ウチの旦那、ダウジングが出来るから、聞いてみましょっか? 死んでいなければ、すぐに見つかりますよ」


 と言ってくれたので、1も2もなくお願いしたところ、ものの数分で所在を示すマップが送られてきて、セルヴィは大層驚いた。それで行ってみたらその住所に本当にいて、アッサリ御用となったわけだ。

 これにはアルヴィンも大喜びして、是非アメリカに行った際には彼に会いたいと熱望していた。


「わざわざ来てもらって、悪かったね」

「構いませんよ、私は空間転移できますし」

「君、どんだけ万能なんだよ」


 アルヴィンはちょっと引いた様子でツッコんだが、アンジェロは相変わらずの爽やか営業スマイルで、ニッコリ笑ってスルーした。

 と、携帯電話の着信音が鳴って、アンジェロが「うげぇ」と言いながら渋々電話に出た。

 聞く気が合ったわけではないが、人狼だけあって狼以上に耳は良い。勝手に聞こえてくる会話。


「……はい」

「ジェズアルド君! 君は一体どこにいるのだね!」

「えぇっ……ウォール街ですが」

「何の用事だね?」

「知人に会っているだけですが」

「知人とは?」

「答える義務が?」

「……この国の情勢は知っているだろう?」

「国には関係ありません。私個人の知り合いです」

「ハッ! まさか君、浮気じゃなかろうね!? やめてくれ! 君たちが夫婦喧嘩でもしたら、アメリカが本格的に滅びるじゃないか!」

「違いますよ! そんなわけがないでしょう!」

「そ、そうか……ならいいんだが。教える気はないのかね」

「ありません」

「ふーんだ! いいもんねーだ! 衛星で見るもんねーだ!」

「忙しいので切りますよ! 全く……」


 アンジェロはブツクサ言いながら携帯電話を仕舞っている。国がどうの衛星がどうの言うくらいだから、そこそこ社会的地位のある人なのだろうが、謎の電話相手である。ちょっと遠慮気味にアルヴィンが尋ねる。


「……誰?」

 アンジェロは溜息交じりに答える。

「ペンタゴンの長官です。あの人は常に私達を監視しているヒマ人で、ウザいんです」

「う、ウザいんだ……」


 あの電話を聞く限り、確かにウザい。しかし、国防総省から常に監視されているとはどういう事だろうか。なかなかどうして気になる。 


「なんで監視なんてされてるの?」


 その質問に、やはりアンジェロは爽やかスマイルで答えた。


「長官の趣味です」


 そんなわけないだろーと思ったが、先程の言動と、この様子を見ると答える気はないらしい。

 仕方なしに諦めて、早速先導を始めたアンジェロの後を追った。


 アンジェロに案内されたのは証券取引所だった。アンジェロは孤児院経営と学校経営をしていて、彼の所の卒業生が、証券取引所で働いているらしい。それで、その人が色々と教えてくれるという事だった。

 証券取引所では引っ切り無しに電話が鳴っていて、職員たちが興奮した様子で何人も立ち上がりながら、電話口に向かって熱弁していた。


「君は神を信じるかい? そう、この電話が神の啓示さ! この電話を受けた君は最高にラッキーだ」

「この株は必ず高値がつく。かのHP社の技術者が、何人もヘッドハンティングされているんだ。魅力的だろ!」

「買いだ買いだ! 買い注文入ったぞ!」

「っっしゃぁぁ! 800万ドル!」

「やったなジョン! さすがだぜ!」


 なんともテンションの高い場所である。なんとなく圧倒されて見回っていると、このテンションにそぐわない、物静かな感じの男性がこちらに顔を向けた。


「いんちょーせんせー」

「ダンテ。いい加減その呼び方やめろって。院長もしくは理事長。OK?」

「すいません、中々抜けなくて」


 アンジェロをうっかり、いんちょーせんせーと呼んで怒られたのは、白髪交じりの黒髪をした、中年の男性だった。彼が卒業生のダンテ・ジェズアルドだ。アンジェロの孤児院の初期メンバーは、色々事情があって、全員アンジェロの養子になって、同じ苗字がついているらしい。

 ダンテ自身の事や孤児院の事、そして証券取引所や経済の事を教えてもらいながら、取引所の中を見て回った。

 やっぱりどこもかしこも電話が鳴り響いて五月蠅い。勧誘や歓声、中には「ファッキュー!」と資料をばら撒く社員もいて、中々刺激的である。


「賑やかですねぇ」


 思わず一人ごちたセルヴィに、カストが苦笑した。


「ここでは相当バイタリティの高い人間でないと、やっていけませんから」


 ならばダンテもかなりバイタリティ溢れる人間なのだろう。雰囲気は物静かだが、スーツの上からも鍛えられた筋肉が浮いているのが分かった。


 応接室に通されて、コーヒーを差し出されて一口頂くと、ダンテが気の毒そうな顔をしながら、尋ねてきた。


「ギリシャの元老院議員の方とお伺いしましたが……」

「あぁ、遠慮はいりませんよ。プロの目から見て、ギリシャをどう思われますか?」


 少し言い難そうにしたが、ダンテは口を開いた。


「正直申し上げますと、ギリシャはもう国としてはやっていけないでしょう。他国の介入を必要としている状況です」

「ええ、現に、アメリカやドイツなど、多くの国が政治参入を考えているようです」

「ディシアスさんがいらしたのは、それを阻止したいとお考えだからですね?」


 その質問に、アルヴィンはスーツの裾を払って、威風堂々と答えた。


「当然です。あの国を足掛かりに、私がヨーロッパを手に入れるのですから。他国の参入など許しません」


 アルヴィンの発言にはアンジェロもダンテも驚いた様子で、一瞬言葉を失ったが、なんとかダンテが続けた。


「なにか、お考えが?」

「多少はございますよ。ただ、私は金融には明るくありませんので、プロの方のご意見を頂きたく」


 なにしろアルヴィンは借金王の二つ名もある。経済に無知なわけではないが、熟知してはいない。だからプロの知恵が欲しい。


「できれば考えだけでなく、有望な人材も欲しいですね」


 アルヴィンがここに来た目的が分かったのだろう。ダンテは一つ息を吐いて、少しテーブルを眺めた後、両手を開いてアルヴィンに向き直った。


「破綻した経済を立て直すなんて、金融家にとっては腕が鳴るシチュエーションですね。是非協力しましょう」

「ありがとう」


 二人はガッチリと固い握手を交わす。これで、世界経済の中枢、ウォールストリートから、世界最高レベルの金融の専門家を一人ヘッドハンティング出来た。この調子で日本やフランスでも声をかけていくつもりだ。


 今後のギリシャ金融の展望について花を咲かせる二人の話を聞きながら、セルヴィがメモを取っていると、アンジェロが話しかけてきた。


「ギリシャの化け物ランドは、完成しましたか?」

「ええ」

「そうですか。実は私も書類上70歳で、これ以上孤児院経営を続けていくことに、社会的な限界を感じていましてね。いずれ引退し、私もお世話になるかもしれません」


 長官も鬱陶しいですし、と愚痴るのも忘れない。セルヴィはクスクス笑った。


「どうぞ、お待ちしております。トワイライト全員でお迎えしますよ」

「様々な種族の人外がいると聞いています。楽しみですね」


 金融のプロであるダンテと、最高傑作と呼ばれた超能力者アンジェロがギリシャに来る。これは中々素晴らしいカードを手に入れられそうだと、セルヴィはムフフと口元を押さえて笑った。

登場人物紹介


アンジェロ・ジェズアルド


 現在アメリカのワシントン在住。アンジェロは孤児院「魔法使いの家」院長、「私立ワシントンプレパラトリーアカデミー」理事長。

 人間で元イタリア軍軍人、当時のコードネームは「コピーキャット」。他人の能力を自動で模倣する感応型超能力者。人工的に作り出された新人類の一人で、最高傑作と呼ばれた超能力者であり、能力者の中でもバグキャラ。

 嫁ラヴ子どもラヴで、時には厳しい一面もあるが、周囲からの信望は篤いマイホームパパ。仕事中は鉄壁の爽やか営業スマイルだが、中々いい性格をしている。


ミナ・ジェズアルド


 ヴァンパイア族ヴィンセント・ドラクレスティの眷愛隷属。日本人でアンジェロと同い年。ミナはヴィンセントの強力な能力を受け継ぐ唯一の眷愛隷属であるため、不死王の愛弟子と呼ばれているが、アホなので能力を使いこなせていない。

 基本的にいつもニコニコ笑顔を絶やさず、毎日楽しそうにしているが、怒るとえげつない攻撃を絶好調で仕掛けてくる。何でもかんでも拾ってくるバカ犬と師匠に言われるほどのトラブルメーカー。


 時々子どもたちの為に、犯罪組織や政府にまでケンカを吹っ掛けたりするチート夫婦。二人とも短気で好戦的で、尚且つ簡単に都市を破壊できるくらいの能力を有している為、政府から監視対象に指定されているが、当の2人は気にしていない。

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