266/切り札の出陣
ジョーがヴォストーク1号の最終段階を解放して、戦艦陸奥・朧ごと「真合滅砕」の光玉に突っ込むと。
全てがバラバラになった。
ヴォストーク1号の最終段階を解放すると、ジョーの左腕の手首の昇龍のアザは暴龍となって荒れ狂い、ジョーを内側から破砕した。
同時に、大王の第三本質能力「真合滅砕」の極大エネルギーがジョーと相対し、全ての矛先をジョーに向けた。
封印されていた「この世全ての犠牲」の暴走と、「真合滅砕」との衝突という二大破壊が同時に生じるという状況で。
宮澤ジョーは、存在の水面へと消えた。
ジョーの体は、バラバラになった。
ジョーの魂は、バラバラになった。
ジョーの存在は、バラバラになった。
バラバラになった?
いや、少し違う。
バラバラになったと思ったが。
温かい何かが、残っている。
不思議だ。たとえ肉体も魂も消えてしまってなお。自分に向けられ続ける優しい何かがあるなんて。
ここは、どこなんだろう。
時間も空間も、もう分からない、白色の世界で。
ジョーに優しいまなざしを向けているのは、椅子(?)に座っている女性である。
ジョーが生まれた時から、ずっと知っている人。
ジョーが生きている時間、愛し続けてくれていた人。
そして、●●●●が愛した人。
あなたが?
俺を。
助けてくれた?
――こ ち ら は ま か せ な よ 。 イ マ い く か ら 。
直後、「バラバラになった」という認識は反転。
「繋がっている」という気持ちが内側から溢れてきて。
怒涛のように勇気が湧いてきて。
確信に至る。
ここは、抜けられる! と。
あちらは彼女に任せて。ジョーの最後の戦いは、ここを抜けた後だ。
最後の戦場が、待っている。
◇◇◇
理華がアスミに大事な何かを紡ぎかけた時だった。
場に轟いた轟音により、会話は中断した。
「墓地」から溢れ出す「この世全ての犠牲」が、一点に集中を始め、やがて大きな大きな塊を形成し出したのだ。
「ふむ。『犠牲』という呼称も生易しく感じるような、人類史の闇を、地獄を認識した『大犠牲』が、周囲の『犠牲』を吸収して大きく立ち現れる、か」
闇の塊は、やがて人型を形成した。
巨大にして莫大な、球体世界――「構築物の歴史図書館」の天井にまで届かんとするような、暗黒大巨神である。
大巨神は拳で鉄槌をつくり、「祝吉屋」めがけて撃ち放った。
「『風のイェスペルセン2』!」
アスミが瞬時に風力結界防御を展開し威力を減衰させたものの、完全には防げない。暗黒大巨神の鉄槌の一撃で、「祝吉屋」の屋根は半壊した。
「祝吉屋」のダメージと連動するように、中谷理華が喀血する。同時に、アスミは浴衣の下の理華の肉体が既に傷つき切っていることを悟る。理華という「存在」のリソースは、「S市」の海の「この世全ての犠牲」を浄化した時点で、尽きていたのだ。
暗黒大巨神は大きな腕を振り上げて、二回目の大鉄槌の準備体勢に入る。
もたない……っ!
次をくらえば、「祝吉屋」は完全に粉砕されてしまう。
暗黒大巨神のニ擊目を防ぐ手段が、アスミには思いつかない。
ジョーの「代案」、「祝吉屋」が崩壊すれば、「この世全ての犠牲」は全世界へ溢れてしまう。私のせいで。ジョーが自分に存在してほしいと願ったせいで、みんな死んでしまう。
今、宮澤・歴史建造物・アスミとなった自分なら、「転回」を最大化すれば、あるいは?
自身のうちに湧き起った、自棄をはらんだ衝動を、彼女は恐れた。
恐れられるようになった。
「転回」を極大に放てば、暗黒大巨神を倒したとしても、おそらくアスミ自身も死滅する。
この世界に夫がいる。私だけが、死んではいけない。
しかし、では誰が?
やはり、この世界に、全員分の居場所はないのだろうか。アスミが無念とばかりに瞳を閉じかけた時だった。
柔らかな指が、彼女の頬に触れた。
「この世界の理不尽を、丸ごと受け止めかねなかったアスミさん。違うんだよ」
どこかで「聖なるもの」を信じているかのような、玲瓏な理華の声が優しくアスミの魂に響いていく。
「全て、手札は使ってしまったわ」
我々が生きてるこの世界なんて、「この世全ての犠牲」の暗黒の中では、今にも消え入りそうな小さな灯に過ぎないのだということが意識される。
「それは、違う。」
――「祝吉屋」を成立させているリソースは、愛。つまり、私が死んだ後も、「世界」に愛があるならば、あとは任せることができるんだ。
「私も、志麻さんと同じだ。私を置いていった『家族』が、許せなかった。
でも、その憎しみもここで終わり。私が取り戻すことはできなかったけれど、代わりにジョー君に信じられるものを見せてもらったからね。
ここで、私の物語は終わりだ。
でも信じられるから、続きを託せる。
ジョー君、アスミさん、あなた達のような人間こそが、進むべきだ。『世界』を変えるべきだ」
――君の物語に初めからあった伏線に、君は気づいていたかい?
「ジョー君、君の切り札は、生まれた時からとても近くにあったんだ」
◇◇◇
同刻。「S市」。宮澤家。
「時が、きました」
「アンナ、お祖母ちゃん?」
マンションの十階のベランダから天に登る戦艦陸奥・朧を観ていたカレンとアンナお祖母ちゃんだったが。
「新和君と別れてから、戦うことを放棄することを対価に貯めに貯めたオントロジカの全てを、使う時です。『日常』を守ること。『日常』に最後の崩壊の危機が訪れた時、最大の援軍になること。それが、新和君との『約束』でしたからね」
アンナお祖母ちゃんがいつになく明朗な言葉を発し始めたので、カレンは戸惑った。
ええと。私は半身が不自由で言葉もちょっと出にくくなってるアンナお祖母ちゃんを介護してるはずで?
ネット動画の再生数は伸び悩みがちで、たまに伸びるのは大体巨乳案件で、「天下おっぱいの計」なんてタグが動画についたりな、そんな私で?
「カレン。『日常』の光。よくぞ、体が不自由になった私が生きることを、当たり前のように手伝い続けてくれましたね」
そんなにたいそうなことをしていたつもりはない。金髪で巨乳でメイドな、ジョーの姉の素朴な心象。家族を愛するということを。当たり前だと思っていたのだ。年齢は二十歳を超えたが、ただの優しい少女像。
お祖母ちゃんと孫。二人の金糸の髪が風になびいて微かに触れ合った。
「私の『たましい』は私だけのものじゃなくてね。相補い合い、連絡し合いながら続いている。
過去と未来の女の子の『たましい』を裏切ることになっても。
どこかで、しょうがないのかなって思っていた。
それくらい、この『世界』を吹き荒れた合理の暴風は強かった。
それでも、大事なことを忘れないでいられたのは、カレン、あなたのおかげ。
この『日常』の中で弱い私に寄り添い続けてくれた、あなたのおかげ。
おかげで、私は信念を譲らないで済んだ。『たましい』を裏切らないで済んだ。
弱い立場の人間を、零れ落さない世界。
新和くんが目指したもの。孫が守ろうとしているもの」
――その翼。理想という虚構なら、覚まさないで。
「ありがとう。カレン。私は切り札だから、行ってくるね」
立てないはずのアンナお祖母ちゃんは自然と車椅子から立ちあがり。
老齢とは思えぬ「しなやか」な動きで、左腕を腰にあてて、右腕の手刀を斜め上、天に向かって掲げ、一声を響かせた。
「変身ッ!」
周囲に無彩限の存在変動律が波打ち一際まばゆい光が拡散すると、やがて光は一人の存在――「少女」へと収束していく。
流れる黄金色の髪はセミロングで。
額に乗せたゴーグルは、冒険が始まった頃の好奇心の光が煌めいたままで。
パッチリとした瞳は、惹きこまれそうな蒼穹を携えて。
足元には、幾千の旅をこなした丈夫な枯葉色のブーツを履いて。
生き生きとした脚線に左右非対称のニ―ソックスを纏い、紺色のショートパンツに付随する二重のベルトに納めた鞘から、銀色のナイフをすらりと抜く。
首の真紅のヒーローめいたマフラーをなびかせながら。
凛と、名乗りの声色を高鳴らせる。
「宮澤アンナ、またの名を――夢守永遠。いくよ、全盛期の私、理子、橋姫様。この世界に、愛はまだあった。私たちが『い』た理由は、それで十分なんだ」
――ツバサが。
アンナお祖母ちゃんの背から、優美な白い翼――双翼が天に向かって広がっている。
それはまるで、純白のウェディングドレスのようで。
アンナは、左の薬指にあの時代渡されなかった指輪をはめていて。
指輪がキラリと光ると、やがて光は黄金の律動となって世界を照らしはじめた。
永遠と名乗ったアンナお祖母ちゃんは、ベランダの柵を踏み台にして跳躍。そのまま天空へと飛翔していった。
光の速さを超えて翼はためかせる、一条の虹星を見上げて。
カレンが零す。
「うん。だいたい分かった」
宮澤家にあった謎だけど。
結局、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも優しい人で。
お互いが、お互いを。最後の時まで慈しみ合っていたということでしょう。
若返った(?)アンナお祖母ちゃんは、弟を助けに向かったのだと分かったので。
宮澤家のもう一人のヒーローが吸い込まれていった透き通ったソラを見上げて、カレンは静かに祈りを捧げた。




