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非幸福者同盟  作者: 相羽裕司
最終話「大楼閣と古の戦艦」
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262/277

262/広瀬川灯明邀撃戦線4~虚海の彼方より

 右拳のクリーンヒットにより、ヴァルケニオンの膝が揺れる。


 好機!


 巨躯(きょく)に向かって、ジョーはさらに加速する。


 ヴォーちゃんが生み出す気流で川を高速移動するジョーは、さながら水上ジェット、否、水上ロケットの如しである。


 大相撲の大一番もかくやという勢いで、そのまま大王の腰めがけて強力な両手刈り(タックル)をぶちかます。


 当たりを受けた大王からは、バランスを崩していてなお凝縮された肉体――存在の強度が伝わってくるが、怯まない。止まらない。ここが攻め時だと、王の腰を抱え込む。このまま一気に、ヴァルケニオンを作戦領域である浜辺まで運んでみせる!


「『加速(ラズゴ)』! × 『加速(ラズゴ)』!」


 ジョーはヴァルケニオンの下半身をロックしたまま、宙へと飛翔した。


「『気(ヴェズノヴァ)流(・ペトカ)』!」


 ヴォーちゃんの美声が響く中、流星が天へ向かって飛び立っていく。


 上昇の起爆力で水面は揺らぎ、川を流れていた七艘の船も役目を終えたというように分散。既に船上には誰の姿もない。


 ジョーだけではなく、この日、広瀬川から五条の流星が夜明けの街の空を飛んだのだ。ヴァルケニオンを抱えたジョー(とヴォーちゃん)、アスミ、志麻、陽毬、エッフェル塔である。


 流星たちは天空で弧を描き、やがて一箇所の座標へと収束していく。


 五つの流れ星が向かった場所は、「広瀬川灯明邀撃戦線」の作戦領域。約束の場所、「Y地区」であった。


 浜辺に慈愛に満ちた光が生じたのは、五つの流星の着地と同時であった。


 光が収まると、砂浜の情景が浮かび上がってくる。


 ここは、一九六四年に宮澤新和が「世界の真実」を直覚した松が浜の波打ち際と繋がっている。


 陸と海の狭間に冷たい風が吹き、数多の櫓(やぐら)が聳え立つ、この寂しい領域で存在感を放つのは、まずは真実大王ヴァルケニオンであった。


「『非幸福者同盟』と名乗ったか、悪め。正義を、成さねばならぬ。真実の壁すら破壊した、正しき世界に仇なす貴様らを滅せねばならぬ」


 ヴァルケニオンの脳裏で、自省と、



――不覚をとった。



 現状認識が展開される。



――スヴャトポルクの縁者――いやまるで、スヴャトポルクそのもののような――我が顎(あご)に打撃を撃ち込んだ召喚士の小僧の姿が、ない。



 加えて、場には志麻の姿もない。


 大王と距離を取って存在が確認できるのは、アスミ、陽毬、エッフェル塔の三人。『非幸福者同盟』は、明らかに何らかの意図をもってヴァルケニオンをこの砂浜に誘導し、抵抗の作戦を準備しているようだ。


「アウッ!」


 ヴァルケニオンから動物性の発声が漏れる。


 漏れ出た音は、狂気を秘めながら。


「アウアウアウアウァーッツ」


 彼の喜びを周囲に伝播させた。


「分かった! 分かったゾ! 否、辿り着いたのだ! 誤謬の者たちよ、礼を言うゾ!」


 この時が、真実大王ヴァルケニオンの「星の時間」である。一生に一度あるか、ないかという己への天啓を、彼は受け取ったのだ。


「この地球(ホシ)の絶対勝者となってなお、どこかに躊躇いがあったのだ。我が正大なる精神の奔流の中に、僅かにだけ存在した滲み。我はどこかで思っていたのだ。第三本質能力(エッセンテティア)までは使わずともよいのではないか? ――と」



――宮澤・スヴャトポルク・ジョーの拳は、大王の狂気を究極の純化へと至らせた。



「微かな、しかし確実に抹殺しなくてはならない汚辱に気づかせてくれてことに礼を述べよう。今、我の最後の誤ちは正され、真なる王へと至る。くだらない人間は皆殺しにすればイイ! ただ、それだけのことだったのだ!」


 ヴァルケニオンは両の拳を天に掲げた。


「『破滅(カタストロフ)』!」


 大王の意識が変革したのと、状況の急転は同時であった。


 王が第三本質能力(エッセンテティア)の名を告げると、S市の空が何か「大いなる存在」に握りこまれたように、天に黄緑色の巨大な光源が現れたのだ。


 形容するなら、さながらもう一つの太陽が突如として造られたような――。


 巨大な光源――オントロジカル・バーストの支配者であるヴァルケニオンは笑みを零す。


 間もなく訪れる大破壊と。


 邪悪が一掃された焦土。


 その光景を思い浮かべると、自然と嗤(わら)いが込み上げてくるのだ。


 地球上のオントロジカが、S市上空に急速に集まってくる。光源を膨張させていく。


 炸裂するまでの時間は、もうそう幾ばくもない。


 予測される大王の「第三本質能力(エッセンテティア):破滅(カタストロフ)」――凝縮されたオントロジカル・バーストは、S市のみならず東北と呼称される地域を焼き尽くす威力を持っている。


 この絶対的な危機に瀕して。


 しかし。


 嗤う真実の王を、アスミは微睡んだような瞳で見つめていた。


 「この世全ての犠牲(ネクロス)」に侵され始めた海を背にして少女は佇んでいる。


 微風にそよぐツインテール。揺れる魔導礼装のスカート。夏にしては冷たい風が、彼女の体表をなぞっていく。


 真実の光が破滅を導くまでのカウントダウンが始まる中、対照的に彼女の意識はいよいよ世界の「虚(ウツロ)」に溶け込んでゆく。


 その虚(ウツロ)はずっと私(アスミ)という存在の根幹と不可分のもので。


 これまでも、勝利という光に酩酊(めいてい)し続ける世界を糾弾し続けていた類のものだ。



――明確な世界に疑義を唱えるために。私(アスミ)は虚構と共鳴する。



 彼女は生者でなく。死者でもない。


 彼女は虚体――はなから焦土の側の人間だ。


 その体にも魂にも意味はなく。どちらかと言えば、これから起こる大破壊に伴う【数多(あまた)の死】の側に近しい存在のあり方で。


 折れた百合が揺れるように。アスミが零した言葉は、どこかで祝詞(のりと)のようだった。


「無意味でもイイんだ。知ってる。そこに『い』てくれたこと」


 アスミが世界を抱きしめるように両腕を交差(クロス)させると、微風はざわつき、周囲に「存在の不確かさ」を伝播させた。


「どれだけあなたが置き去りにしようとしても、私たちが忘れない」


 アスミを中心に波打ち際に朧(おぼろ)が広がっていく中で、大王は叫ぶ。


「弱者め!」


 動き始めたざわつきたちを、一瞬で消去する。大王の無謬への意志が達して、オントロジカル・バーストがはちきれんばかりに膨れ上がった時。


「そう。だから、私達は祈る」


 あるいは、自動人形のように。


 知ってた? 「ここ」が「今、ここ」であり、事事(じじ)無礙(むげ)法界(ほっかい)の「彼方」でもあるんだよ? なんて、場に浮遊する何かに訴えかけるように。


 アスミは呪文を唱えた。


「『境界の覚者(ブッダ)』!」


 言葉ありて、世界を認識せしむ。


 認識は世界と一体となり、うねりを呼び起こす。


 今回のうねりの主は、海であった。


 大海が、鳴動しているのだ。


 既に「この世全ての犠牲(ネクロス)」に侵食され始めていたはずの大いなる海は、アスミの「境界の覚者」によって、異なる世界と通じ始めていた。


 「確か」であった「世界」は、アスミの本当の本質能力(エッセンテティア)――「転回(ケーレ)」がもたらした「流れ」と共に、「定立」を剥がし始めていた。


 そう。薄いヴェール一枚で地表に繋ぎとめていた「世界」を、「杭(くい)」を外して「剥(む)」いてしまうように――。


 異なる海から、異なる何らかの「存在」たちが、ゆっくりと姿を現し始める。



 ゆあーん。よおーん。



 「犠牲(ネクロス)」の海をかき分けながら、その「存在」たちが「流れ」込んでくる様子は、字義通り「この世のものとは思えな」かった。


 無数の「存在」たちの正体は、震災瓦礫である。


 溌溂(はつらつ)とした勝者よりも、亡霊を慈しむ心性を乗せて、アスミは震災瓦礫に向かって祈りを捧げた。



――祈りに呼応するように、震災瓦礫は共鳴を始めて。



 気がつくと、無数の「船だった存在たち」から、光が立ち昇っていた。



――光は蛍火(ほたるび)のように、煌めき合っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] やった‼️ 続きだ‼️  前回、感想書いた時から随分と世情が変わってしまったので、今年中の更新はないかもしれないなと思ってました。でも更新されて嬉しい( ;∀;) ご無理をなさらず更新して頂…
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