261/広瀬川灯明邀撃戦線3~私達は、非幸福者同盟!
スロヴェニアの地を訪れて以来、志麻は遠い世界について考えていた。
遠い、遠い、どこか。
街を超えて。国を超えて。世界を超えて。宇宙を超えて。
しかし不思議なことに。「果て」まで至ったというその時。
意識が逆流して、一番近い「ここ」、つまり日本国は「S市」に戻ってくる。
意味不明。
でも、一つだけ確かなこと。今の志麻には、「S市」の風景が、そこに生きている人々が、以前よりもとてもよく「観」える。
「S市」の「境界領域者」の皆さんによって広瀬河上空に投げ出された、古びた熊のぬいぐるみに、錆びついたヘッドフォンに、お祭りで使った釘バッドに、志麻の「機構的な再契約」の淡い青の光が伝わっていく。
工事で使われていたチェーンソーが、誰かの思い出のMDプレーヤーが、どこにあったの? というサーベルタイガーの牙が、「組変わり」続けながら、天に浮遊している。
一撃目は、特大。
複数の自動車から再構築された巨大なブルドーザが、ヴァルケニオンに向かって砲弾のように撃ち出される。
大きな質感。圧殺せんとする意志。一撃必殺の心得。
しかし、大規模なブルドーザ攻撃を前に、ヴァルケニオンは落ち着き払っている。
「コマツのD475Aブルドーザ……」
ヴァルケニオンの左掌の「網」に巨大自動車は捕縛され。
「その存在よりも、我は強い!!」
返しの右拳を撃ち込まれる。
空に爆散したブルドーザの火炎が、破片が、吹き荒れる。
志麻にも落ち込む素振りもない。今日、この戦いで、全てを使い切るつもりで望んでいるのだから。
一つ、可能性を消されたならば、すぐさま次の可能性を繰り出す。次々と可能性の雨を降らせる。
志麻が纏っている借り物の祝韻旋律のローブが風になびく。
続くのは、変幻し続ける「もの」たちの連続飛翔攻撃。
スプーンであったものが絶え間なくフォークに変わり、気がつけばナイフに変わっている。
「連続」していて「固定」されない存在があまたの弾丸となって真実大王に降り注ぐ。
アスミが見出した、大王の第一本質能力の攻略法の一つ。
「地球最強の存在」自体がいかに強力な能力でも、ヴァルケニオン自体の認識能力には限界がある。
一旦、大王が知悉した存在のみを破壊できるなら、「知悉する」というプロセスを揺さぶればイイ。
それゆえの、連続概念攻撃。降り注ぐ変幻し続ける「欠陥商品」たちは、なるほど、数自体が多く、かつ全てが変わり続けてるゆえに、人間の認識能力では「存在」を知悉するというプロセスが全うしづらい。「知悉する」というプロセスを揺さぶり続けている限りは、「地球最強の存在」の破壊の拳を撃ちこむプロセスに移れないはずだ。
上空の「連続変幻欠陥商品」たちの一部が志麻の眼前に落下してきて、組変わる。現れたのは、小さい機構竜――いわば小ガンディーラとでも呼称できそうな竜だった。
志麻は小ガンディーラに飛び乗った。
ここからは、自分も前線に出てさらにかく乱する。
今の志麻には、星の欠片に幼いジョーが手を伸ばした気持ちが、ちょっとだけ分かる。
大王が世界を覆う偉大な力を語るなら、私はこの欠片に世界を宿す。
志麻はキっと顔をあげて、強大な敵の眼前めがけて小竜を駆る。
広瀬河の天に浮遊するあまたの「連続変幻欠陥商品」たちの、一欠けら、一機構までが今は観える。
アスミの体を造るんだ。これくらい、できて当然でしょ。
「真実の王と言ったか? さばいてみせろよ!」
変幻し続ける「欠陥商品」たちが大王めがけて降り注ぎ続ける。
その光景は、夏夜の流星のごとし。
対する、ヴァルケニオンの切り替えも速い。
流星の一つ一つに、「地球最強の存在」で対応するのは効率的でないと判断するや否や、純粋な身体能力での対応に切り替える。
拳、蹴り、肘、船上で「闘舞」を演じるがごとく、舞い落ちる流星たちを片っ端から粉砕していく。
小ガンディーラでヴァルケニオンにギリギリまで近づいた志麻の、眼前を大王の拳が霞める。
剛腕が空を割く。ひやり。「地球最強の存在」を使用されるまでもなく、大王の物理的な拳を一撃食らうだけで志麻の華奢な体など再起不能になってしまうのだから。
「滅せよッ!」
めくらましのための接近。そのまま距離を取るつもりだったが、大王は許さなかった。駆け抜ける小竜の翼にめがけて超速の手刀を振り下ろす。
小ガンディーラの翼が破損する。
飛行は不可能。志麻は、川をくだる七艘の船のうちの一艘に落ち伸びる。
受身は間に合ったものの、体を衝撃が駆け抜ける。
ただし、意志の力は衰えないように。
志麻は能力を発動させ続け、欠陥商品たちの雨を降らせ続ける。
「『地球最硬の城壁』」
ここで、大王は再び彼の第二本質能力を発動させる。
志麻が降らせた刃の雨は、壁を連打するが。
鉄壁の壁に、揺らぎ無し。
「エッフェル塔さん」
「承知だよ」
陽毬とエッフェル塔の二人も船から跳躍し、大王への攻撃を開始する。
「天魔活殺!」
菊の銀刀と藤の黄金刀による、陽毬の二連続の袈裟斬りと。
「偶像化された乙女の剣と花!」
瞬時に数百の突きを繰り出すエッフェル塔の剣撃が大王に向かうが。
しかし、そのいずれもが大王を覆う鉄壁の壁にはじかれる。
攻撃の雨の中で、堅牢なる壁に囲まれるヴァルケニオンは涼やかですらある。やがて彼は、この攻撃の喧騒の発生源が志麻だと突き止める。
百獣の王が、獲物をその目に捕えたような。
ヴァルケニオンは天に向って飛ぶと、志麻の船に着地した。
華奢な少女の前に、巨大な男が立ちふさがる。
「死ね。愚かな女よ」
「ゆら、めき……」
ヴァルケニオンは振り上げた拳をとめた。
歴戦の大王ゆえの、瞬間の察知。
まただ。言うなれば、「ゆらぎ」。
1963年に目撃した「夢守永遠の光」のごときもの。8日前にしかけられた「氷のカッシーラー」のごときもの。真実を求道する大王に警戒をうながす、誤謬の波紋。
だが、何故このような衆愚の少女から?
「真実の王よ。おまえが切り捨ててきた欠陥品にこそ、大天が宿っていたのだとしたら?」
「くだらぬ」
「おまえが焼いてきた誰かの郷里の街角が、真実の深奥と同義だったのだとしたら?」
「妄言だ」
「そう。私は可能性の話をしてる。誰かが無意味と断じた人に、ものに、自然に、世界の全てに、神様と同じ意味があるんじゃないか。極小と極大は、同じだったんじゃないか。みたいな話」
志麻の述懐を聞いた陽毬が零した。
「草木国土悉皆成仏。一切衆生悉有仏性。志麻さん、若くしてその深謀に達しましたか」
陽毬に続いてエッフェル塔が述懐する。
「私には、ちょっと分かりづらい考え方だけど。でも、うん。志麻ちゃんは、なんか綺麗になったねぇ」
今、確かにある志麻の内省を少し。
陸奥……いえ、陽毬さんか。仏教? のことはわかりません。そんなにたいそうなものでもなさそう。
ただ。
この世界を壊したいほど憎んだ日々があったから、この世界で一番大事な存在に出会えた。
切り捨ててしまいたい不幸と、胸が温かくなる幸せが、裏表で同じものであることもあるんだ。
今は、それを知ってる。
「零れ落ちる星を追いかけた、幼い宮澤君の気持ちが、ちょっと分かる」
ヴァルケニオンが気勢を発した。これ以上の「ゆらぎ」は許容できないというように、一度とめた拳を再び振り上げる。
「這いつくばれよ、女っ。貴様の脆弱な自我など、誰にも分かりはしないのだ!」
真実の王の剛腕が志麻へと振り下ろされる。
少女が想い描いた悟りにも似た何かは、強大な現実の前に押しつぶされる。
しかし、その時。
ヴァルケニオンと志麻を分断するように、流星が降ってきた。
ヴァルケニオンの拳が流星にはじかれる。
否、紫の流星は、志麻を守るように浮遊していたのだ。
紫の流星の正体は、藤色の立体魔法陣であった。
舞い降りた藤の球は、眩い光を放っている。
フルートを響かせたような、キュンと脳に突き抜ける声が響いた。
「私が、わかってる、よ」
ああ。予定とは違っちゃったけれど、来てくれたのか。
不思議な存在。志麻の光。志麻の友達。志麻の虚構。
立体魔法陣が解放されていく。
中から現れたるは。
舞う漆黒のツインテール。
大きな瞳と、ツンと柔らかな唇。
しなやかなる肢体を、優艶に舞わせて。
少女は、いつもと違う衣服を纏っている。
ほどこされた火炎が波紋のように広がっている紅の刺繍は、赤い葉脈のようでもある。
空瀬の魔導礼装「フレイヤ」――女神の名を持つ装束に身を包んで、新しくなったアスミは現れた。
「『八百万のロックンロール2』!」
アスミが掌を大王に向けると、眩い無数の流星が発射された。
これまでのマッチを用いた「火のハイデガー」とは違う。別の次元の不可思議な力。
大王の「地球最硬の城壁」への効果や如何に? 流星の着弾と共に、壁、揺れている!
大王は警戒のために、一つ後ろを流れる船へと飛びのき、距離をとった。
「そうか! アスミさん、歴史建造物と同じような存在になったから!」
二重存在、陸奥/陽毬が、「構築物の歴史図書館」を経由して立体魔法陣と共に現れたアスミについて説明する。
たとえ小さな物語でも、語り継がれてきたならば、それは歴史になる。
如何に母から譲り受けた魔導礼装を纏ったとしても、空瀬という家に、古の戦艦や世界に雷名をはせる搭に比肩する歴史はない。
しかし、彼女の母が過ごした時間が、彼女の夫の家族が重ねた時間が、今、ここにいる彼女まで繋がっているのだ。
紅のアスミは、スロヴェニアの街角やありし日の「S市」の波打ち際、はたまた空瀬弓姫から続く郷里の時間と同じ存在である。彼女は空瀬、否、宮澤・歴史建造物・アスミとなったのだ。
大王は、現れたアスミに即座に対応し、左の掌で知悉を試みるが。
――できない。
宮澤・歴史建造物・アスミは、現行世界に存在し得ない存在である。
これまでの世界の存在の公式とは別の系統の存在生成式で存在しているため、大王は知悉できない。いうなれば、根本のアルゴリズムが違うので既存の検索エンジンでは検出自体ができないのだ。
「スヴャトポルクが隠そうとしたのは貴様だったのか!」
大王の怒号がかける。
怒りが迸る。
宿敵、スヴャトポルクが幾星霜を超えて出現させた宮澤・歴史建造物・アスミこそが、大王の最大の障害にして、誤謬の化身であった。
「正しく設計されている世界を、根本から変えてしまう存在。あってはならない存在!」
存在革命の鍵。
大王にとって、最も存在してはならない少女であった。
吹き荒れる大王の意志の嵐を前に。
船上に、静寂が落ちる。
アスミに守られた志麻が、静かに真実大王ヴァルケニオンに向かって言葉を紡ぎはじめた。
「幸福な世界と、言ったな」
志麻の頬を雫がつたう。
彼女の言葉が零れ落ちはじめる。
「私達は、幸せじゃないから紐帯を求めた者たち」
山川志麻と。
「私達は、激流の中で幸福な世界から零れ落ちる存在に手を差し伸ばし続ける意志」
エッフェル塔と。
「私達は、死者から生者が連なる郷里と大宇宙を貫く歴史」
宮澤アスミと、戦艦陸奥/宮澤陽毬と……。
彼女たちに宿された、呼称は。
「私達は、『非幸福者同盟』!」
少女の言葉が、号砲となった。
「同盟」には、もちろん。
もう一人。否、もう一人と一存在。いるのだから。
やってくる。
やってくる。
光が、近づいてくる。
広瀬河の下流より、駆け上がってくる者が一人。
アスミと同様、沿岸部で待機してる手筈だったのだけど、来ちゃったね。
紺のズボンに立ち襟の黒シャツ。そして黄色いマフラー。宮澤ジョーである。
「S市」から北東の地、「I市」にはシ―ジェッタ―なるヒーローが存在するが。
今、川を駆けあがる彼をあえて呼称するなら、リバージェッタ―・ジョーとなろうか。
ジョーは、ハシリと、手を鳴らした。
「ヴォーちゃん、いくぜ」
ヴォストーク1号本体の姿は、まだ現実世界に現れていない。
既に、アスミの「再臨」を行った時に彼女の第二段階を開放している。
第二段階には、世界への「部分出現」が含まれる。
よく見るとジョーの両肩に、彼女の手の甲だけが乗っている。さながら、夏の怪奇現象のように。
川を走る能力は、この「部分出現」の恩恵であったのだが。
さらに。
「予定よりも早まりましたが、たった今、私の第三段階を解放します」
ヴォストーク1号の声がジョーの心象世界に木霊する。
「『加速』ッ!」
第三段階は「加速」。1963年のアルティナードルグ城で祖父が使った能力。音速の力である。
瞬間、少年は疾風となる。
宮澤・加速・ジョーは瞬速で川を駆けあがると、そのままヴァルケニオンめがけて右の加速拳を撃ちこんだ。
しかし、ここまでは1963年の戦いにもあった出来事。加速だけでは、ヴァルケニオンには通じなかったのだ。加速拳は大王を覆う壁にはじかれる。
続いて、ジョーの左のリバーブロー。
これも壁にはじかれる。
だが、ボディはしつこく! リバーブローの第二弾、装填。
瞬時の攻防であった。
ヴァルケニオンが左拳の第二射をためるジョーに右の撃ち下しを撃ち下すまでの、刹那の時間。
宮澤アスミが、彼女の夫、宮澤ジョーをみていた。
彼女の右手には、赤い光が輝いている。
愛してくれていた母は、アスミが自棄の決断に至った時のために、アスミに二つの切り札――「氷」と「マグマ」を授けていた。
「氷」が作ってくれた時間のおかげで、ここまでこられたのだから、まずは母にありがとう。
今、十三体目の義体の心臓に、もはや「氷」も「マグマ」も存在しない。
だからこの赤い光は、傷つききった十二体目の義体に宿っていたものだ。
この力で自分を殺して世界を救うつもりだったのだけど、そんな自分を大事にしない考え方とは、ちょっと前、結婚した時にお別れしたのだ。
アスミは、夫が想い描いた「代案」を信じるのだ。
だから。
氷のカッシラーと並ぶ、アスミの切り札、「マグマ」――「限定的な超新星爆発に類する力」を、自爆するためではなく、ヴォストーク1号の燃料としてここで使う。
進め。
「進展」のみを願うでなく、次の万象世界の扉を開いていくために。
「『万象世界のクマグス』!」
ジョーの拳が紅に輝き始める。
その時、大天と欠片は同じで。宇宙は、まだ知らない事事無礙法界へと開けた。
「ブッ壊す!」
大王のチョッピングライトがジョーの顔面に当たったのと、ジョーの左の二撃目が壁に撃ちこまれたのは同時。
雷が弾けたような音が轟く。
――「地球上の全ての攻撃を遮断する」能力だとしても。
硝子が割れたような。
――この地球にまだ存在しない拳は防げない。
城壁が、崩れたような。
――大王が知悉している「地球」という世界の「外」から訪れた、可能性の拳が炸裂したのだ。
真実大王の第二本質能力「地球最硬の城壁」の壁が、木端微塵に砕け散っていた。
大王の右撃ち下しを顔に受けながらの。
「加速超新星爆発拳!」
ジョーの更なる返しの右拳。
――2013年8月12日の先の戦いはおろか、歴史を遡って1963年、2007年の二度の決戦をして、祖父はこの男に一度も触れることができなかった。
炸裂音が、場に響く。
――この強者を物理的にとらえるまでに、50年を超えて。幾星霜を超えて。浄土・法界をも超えて。
稲妻が、空間に迸る。
――この感触。骨の軋み。痛み。おまえも、人間だったんだな。
2013年8月20日。
広瀬河の水面に陽光が反射する明朝のことである。
歴史上で初めて。
宮澤の拳が、ヴァルケニオンの顎をとらえた。




