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非幸福者同盟  作者: 相羽裕司
第十二話「この世界ともう一度」
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258/広瀬川灯明邀撃戦線0~最終戦の幕開け

 ここは「S市」と隣接する「N市」に位置する沿岸地域――「Y地区」。


 「S市」の一級河川――広瀬川がやがて名取川と合流して海へと流れつく穏やかな場所である。


 海と陸との境界領域に、櫓(やぐら)が建っていた。


 一つや二つではなく、数多(あまた)の櫓が大地から天(そら)を仰ぐように聳(そび)え立っている。


 一夜にして建造されたこれらの櫓は、木材、石、鉄、などで作られている。


 これらの「たましい」を持たぬ無機物たちは、バラバラになってしまう前――家、船、駅、学舎、もろもろ、かつて「日常」と呼ばれたものを構築していた。


 櫓は「震災瓦礫」でできている。


 アスミが先日、慰霊碑を訪れていたのはこのためだ。アスミは「たましい」の在り処について語る術を持たない。それでもこの「広瀬川灯明邀撃作戦」にあたって、彼・彼女たちが過ごした「日常」を使わせてもらう以上、「慰霊」の態度だけは踏まえなくてはならない。そう思ったのだ。


 櫓を組み上げた人々が名乗る共同体の名前は「祝韻(しゅくいん)旋律(せんりつ)」。以前アスミがジョーに告げた「収奪者側にも、守人(もりびと)側にも加勢はしないが、『まだオントロジカの存在を世間に公表すべきでない』という点で一致している集団」の一つこそがこの祝韻旋律であったが。


 彼・彼女たちは、「街」を守るという一点において、これまでとは違う形で動き始めていた。


 祝韻旋律の長(おさ)、聖女・中谷(なかたに)理華(りか)が夜明け前の海に向かって、遠く、目を凝らした。


 陸地よりおよそ百キロほどの地点に、巨大な暗黒が出現し、徐々にその勢いを強めている。


「アスミさんを再臨させたことで、また一つヴォストーク1号の鍵が外れた。そろそろこの『世界』に現れる頃だとは思っていたけれど、なるほどね。その場所を選んだのか、『この世全ての犠牲(ネクロス)』」


 中谷理華の個人的な話を少し。


 彼女が一番欲したものは、この世界で彼女に与えられなかった。


 彼女が大事だと信じたものが沢山、ある日理不尽に失われた。


 それでも手放せないものがあったらから、彼女は聖女としてふるまい続けてここまできた。


 聖女・中谷理華の「本当の本質能力(エッセンテティア)」こそが、ジョーの「代案」の要である。今度は、彼女も前線に出る者なのだ。


 波風に揺れる聖なる刺繍が施されたケープをはためかせながら。


 祈るように。誓うように。


「今度は、全員守ってみせるさ」


 理華は眼前の暗黒に犯され始めた海を、キっと睨みつけた。


 最後の戦いが始まる「夜明け」まで、あと一時間。


  ///


 真実大王ヴァルケニオンに、目覚めの時が近づいてきている。


 間もなく、空瀬アスミに仕掛けられた「氷(とき)のカッシーラー」による時間凍結が解かれる。


 認めよう。またしても自分は「不可思議な力」の前に遅れを取ったのだ。


 だからこそ――ヴァルケニオンは喜びに打ち震えていた。


 我こそが、地球上のオントロジカを最も多く獲得した、この星を真実に導く者である。


 不可思議な力、不可思議な存在――この地球にあってはならない、誤謬(ごびゅう)を正すことをこそ、使命とする者である。


 正しく設計された真実の星に「揺らぎ」をもたらす者――空瀬アスミこそが、絶対的な悪である。


 気がつくと、ヴァルケニオンは鈍色(にびいろ)の空間に佇んでいた。


 ここには一度、来たことがある。そう、一九六三年、アルティナードルグ城跡にて謎の光に遭遇した時だ。夢守(ゆめもり)永遠(とわ)の「炎(ザ・プリンセ)輝(ス・オブ・ザ)姫(・フレイム)」にて吹き飛ばされた後も、ヴァルケニオンはこの場所に流れ着いた。


「やあ、五十年ぶりだね」


 白髪の男が立っていた。身に纏った黒衣を、奇奇怪怪(ききかいかい)となびかせている。


 小柄な体躯(たいく)と飄々(ひょうひょう)とした態度。気さくな雰囲気に包まれながら、その存在の奥の方には優れた知性を隠しているような――この世界にいてはならない男。


「また、貴様か」

「つれないな。あの時、この『境界域』から出してやったのは僕じゃないか」

「いずれ自力で、出ていた。忘れるな、我が強者であり、貴様は弱者であるということを」

「フッフ。相変わらず激しい自我だね。

 そうそう、牛人――君の息子の一人を宮澤ジョーにけしかけてみたけれど、見事に撃退されたよ。あの牛は、とんだ欠陥品だね」

「インヘルベリア。我が子の中でも、自己顕示欲だけが肥大した、至らぬ者だ」

「真実大王ヴァルケニオン。やはり君だ。君がこの地球上で最も優れた存在だ。忌まわしき宮澤の血を確実に葬り去るために、最後の戦いには僕も参加させて貰おう」

「不要なことだ。我は、個にして最強。誰の手助けも必要ない」

「そう? では、僕は僕で勝手にやらせて貰おうかな。君は、スヴャトポルクにまつわる『不可思議な力』をこの地球から消したい。一方、僕はスヴャトポルク――宮澤新和(しんわ)がのうのうと子を成し、その子孫が『日常』を貪(むさぼ)っていたことが許せない。利害は一致している。お互い邪魔ということもないだろう。スヴャトポルクから生まれた可能性――宮澤ジョーをなんとしても殺すとしようよ」


 一陣の風が吹くと、黒衣の男の姿は消えていた。


 いよいよ、真実大王ヴァルケニオンに、目覚めの時がやってきた。


 時空は『境界域』から、現実の二〇一三年。日本国は「S市」の四号公園へ。


  ///


 空瀬アスミが「氷のカッシーラー」を使用した、八月十二日の夕方から数えて、八度目の太陽が昇る。


 束縛をしていた「何か」が解かれ、「四号公園」の敷地からオーロラが天に向かって立ち昇った。


 夜明けの光と共に、時間凍結が解除されたのだ。


 場の中心に、強靭なる肉体――真実大王ヴァルケニオンが両腕を左右に大きく広げ、威風堂々と立っていた。


 王は喜びに打ち震えていた。彼は、彼の最上の力と正しさで、劣り、間違った存在を淘汰する時にこそ、最高の快楽が得られるのを知っているからだ。


 ヴァルケニオンは一度深く腰を落とし、丹田(たんでん)に力を込めた。


 これから、進軍を開始する。地球上から収奪した全てのオントロジカと、己自身の全ての能力を使用して、空瀬アスミと「S市」の蹂躙を開始する。


 人。歴史。オントロジカ。この地の全ての価値あるものは収奪し尽くし、無益なものは焼却し尽くすのだ。


 大王が気勢を放つという時、不意に涼やかな風が吹いた。


 リンと、夏風に鈴が揺れた音が響いた。


 どこかが全て、幻(まぼろし)めいているような。


 公園の入口に現れた人影は、和装の少女である。


 紺の胴衣に梅重(うめがさね)の上衣を纏って。ひらひらと舞う腰衣からは健康的な素足が伸びている。淑(しゅく)と、この国の受け継がれた女性像を体現したような黒髪を風になびかせながら、彼女は一歩、一歩、歩いてくる。


 彼女の外見は、アスミが最初に呼称したところの「ムッちゃん」に見える。けれど、今の彼女の正体は――。


「戦艦陸奥。我の『地球(ザ・ストロ)最強の(ンゲスト)存在(・マン)』で既に存在が破壊された敗北者よ。亡霊が湧き出てきたところで、この地球に何一つ意味を成せない。我に傷一つつけることはできない」

「そういうあなたは、『わたし』の愛しき息子(ヒト)の、仇(かたき)でありますが」


 「ムッちゃん」が懐から取り出した菊の徽章(きしょう)を親指で宙に跳ね上げると、徽章は赤い稲妻を発し十字に交差した刀と鞘に変容した。


「今はもう、私怨では戦いますまい」


 右手で銀色に白熱する菊一文字を、左手で鞘を、それぞれ受け取ると、一旦納刀する。鞘を握ったままやや前屈するこの構えは、これまでの戦いでの陸奥の戦闘スタイルとは異なる。この古流剣術式の一般的な名称は――。



――抜刀(ばっとう)術(じゅつ)。



 轟然(ごうぜん)と前進を開始した地球最強の男に向かって、彼女は言い放った。


「世界から零れ落ちた少女(アスミさん)一人助けるために奇跡を願える人達が暮らしている。この愛しき郷里をこそ守るために、『わたし』は戦いましょう」


 ここは、日本国は東北に位置する「S市」の四号公園。


 二〇一三年。八月二十日。四時二十分。


 最後の戦いの幕が上がった。



  /第十二話「この世界ともう一度」・了


  最終話「大楼閣(だいろうかく)と古(いにしえ)の戦艦」・始

 最終話へ続く

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