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非幸福者同盟  作者: 相羽裕司
第十一話「君の名前は」(前編)
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230/277

230/聖女からの伝達事項(2)

「次に、甲剣の『破認』についてだ。これは、この世界から認識されることを拒絶する能力だ。一部は、先の真実大王との戦いで、君も経験したね」


 これからジョーが向かう、「紫の館」の最上階で何が待っているのか。理華は、ジョーにできるだけの下準備を施さんとしているようだった。伝えられることと、伝えられないことを丁寧に分けながら、ジョーの味方として、装備を調整してくれているような。


「アレか」


 大王を前に、理華が本質能力(エッセンテティア)を使った時の感覚を思い出す。世界の誰からも認識されない。それは、悲しい感覚だった。


「『視る』弓村の『映認』に対して、『視えなくなる』甲剣の『破認』だ。そして、こちらも一九九九年に覚醒が生じ、『奇跡』が観測されている。その『奇跡』を二〇〇七年に再現しようとしたのが、君のお祖父さんだ」

「祖父ちゃんは、何を?」

「この世界の誰からも、忘れ去られようとしたのさ。それが、『破認』を超えた『奇跡』、『滅認』だ。『永認』の逆の現象。現在、過去、未来。そして全ての可能世界から、『自分』という存在を消してしまう『奇跡』」

「それは、『奇跡』なのか?」

「人間の『個』の領分の終わり、『死』よりも大きなことだからね。パソコンのデスクトップのアイコンが消えてしまう、ここまでを『破認』や『死』でカバーできる領域だとすると、『滅認』というのは、ハードディスクの元データから、『自分』を完全に抹消してしまうということだ。外の世界の誰が願っても、もうその人にアクセスすることはできない」

「でも、俺や、俺の家族は、祖父ちゃんの存在を完全に忘れてしまったわけではなかった。いないことにはなっていたけれど、でも、いたような気もするみたいな。上手く言えないけれど」

「そうだね。だから厳密には、お祖父さんは『滅認』を試みたけれど、完全には実行できなかったんだ。世界に、彼の記憶の残滓が漂っていた。彼の生きた証に関して、バックアップを取っていた人がいたんだ」


 理華はジョーが無彩限のストラップを巻きつけていた右手首を両の掌で優しく握りしめると、祈るように目を細めた。


 ジョーには自然と、祖父という存在のバックアップを取っていた人物というのが、アンナお祖母ちゃんであることが理解された。


 ジョーの手首を握りしめたまま、理華の周囲に緑色の存在変動律が伝播し始めた。光は、やがて渦となって、周囲に波及していく。そろそろ聖女の話は終わりで、ジョーは一人で行かなくてはならない。


 ジョーと理華が立っている半径一メートルほどの円を除いて、二人を包む「世界」があやふやなものになっていく。色。形。匂い。それまでそこにあったと思っていた道路、コンビニエンスストア、電柱、目の前のコンテナ、そんな存在達は全て嘘っぱちだったとでもいうように。


 そんな、虚構の世界が剥がれ落ちて、一つの真実を携えているような「紫の館」が二人の前に悠然と現れた頃に、聖女からの伝達事項の二つ目。


「私が付き添えるのは、ここまでだ。ジョー君。この先で、君が全てを知った時。君は一つ選ばなくてはならないだろう。それは、『永認』の縁者と『滅認』の縁者が君に託したことだから、君一人の問題ではなく、これからこの世界をどうするのか、といった類の選択だ。でも」


 最後に理華は彼女の無償の優しさのようなものをありったけジョーの手首に込めると、その手を離した。



――選ぶ時に不安が襲ってきたら、思い出すんだ。どんな未来を選んだとしても。君は決して一人ではないことを。



 気が付けば、理華の存在も消えていた。


 目の前には、ただ「紫の館」が聳(そび)え立っている。


 三階建ての煉瓦造りで、二階と三階には大きな窓がある。頂きには時計が設置されているが、針が指している時刻が何時なのかはボヤけていて分からない。


 館は無音を纏っていて。


 紫、ただ一色で彩られているために、そもそも色という概念すら消失してしまっているような佇まいで。


 薫るものなく。誰かに気にかけてもらえるでもない。



――あらゆる意味で、取りこぼされている。



 この館の住人達は、その人間たちがいなくなっても、世界は進み続けてゆく。そんな存在ばかりだったんだ。


 静謐(せいひつ)の中、「紫の館」はずっとずっと帰還者を待っていた。


 これまでに、「紫の館」に入ったことがある、「存在」は三人。

 


 スヴャト―宮澤新和、と。


 宮澤ジョー、と。


 空瀬アスミ、だ。



 ジョーは大きな扉を前にして、一度天を見上げた。三階よりさらに上の最上階は、ドーム状の「観測所」になっている。おそらく、理華が言っていた望遠鏡がある場所だ。そう、「館」というよりは。



――天文台。



 無彩限のストラップの先の鍵を、扉の鍵穴に差し込み、ゆっくりと回した。


「帰ってきたよ」


 ギギギと、錆びついた鉄が擦れる音をたてながら、扉が開き始めた。


 祖父が残した二つの可能性が、この先でジョーを待っている。


 選択の時が、近づいていた。

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