1-15 人類の現実逃避と、ある二人のこと。
「はぁッ……はぁ」
俺は携帯端末を持って家から飛び出した。
「はぁはぁ……」
自分でも驚くぐらいに足を動かして、俺はアスファルトを駆けていった。
「待って……ろ」
俺は急がなくてはならない、時間を争うことだった。
岬が言った「現実に戻れない」という言葉の意味。それはあくまでも簡単なこと、
ゲームの不具合か、それとも岬の意識の戻る先に何かあったのか。
後者と俺はまず考えた、それも最近あるニュースを聞くようになったからでもある。
セカンドデイズプレイヤーの”失踪事件”と”餓死事件”の二つのこと。
意識が画面内へと行っているプレイヤーが、何らかの方法でプレイヤーが肉体の喪失に気付かなようにした上で、いつの間にか戻るべき体がなくなっている。
そうして画面内に意識だけが取り残された状態、それを――
「幽霊……っ」
と呼ばれた。意識が存在しているのに、生きていないのと同じ。残酷なことこの上なかった。
実際その後、体を失った人は「半失」ということで処理され、二次元世界での保護が施される。体の捜索が行われるが見つかった試しは一度もない。
餓死事件は、いくら生命維持装置の期限が切れたとしても、人はそうやすやす飢えることはない。
もしあるとするならば、病気による死。少なくとも聞く限りで岬は健康体そのもので、恐らく病気とは無縁だった。
「じゃあ……岬は……っ」
俺は走った、岬の家へ。
独り暮らしの岬の家へ。
* *
家の前に辿りついて、どう岬の家へ入るかを考える。
「そうだ……子供の頃の……」
大昔、だ。岬に巻き込まれて一緒に外で遊んだ記憶がある、岬の家へと邪魔したこともある。
その頃岬には両親がいて、その目を盗むように……何か、何かをしていた気がする。
外に出がちな彼女を外で待たない為に、家に入って待ってられるように。
そう、鍵が――
「あった……植木鉢……だよな」
今ではもうどうしようもない程にベタだった。
植木鉢の下に埋もれて土が随所にこびり付いた鍵で玄関の扉を開ける。
「岬っ」
部屋は知っている。真っすぐ玄関から続く廊下で最初から三番目、右側の部屋っ!
「岬ぃっ!」
その襖を息を切らして俺は開いた、そして理解してしまった。
俺の推測の通りで、それも一番残酷な、結末。
『翔也っ!』
畳張りに高さ一メートルもない長方形の古びたテーブル、そこには電子パネルをパソコンモードにしたものが置かれていて。
そこからは、セカンドデイズで使ったヘルメット状でゴーグルのようなものが付いた頭に設置するコネクションが主を失くして伸び床に落ちていた。
マスク構造で、呼吸や栄養に水分を供給する生命維持装置も畳の上に転がっている。そして、
「みさ……き……」
電子パネルに取り残された、着飾った容姿の岬が画面の中にはいた。
岬は自分の体を失った、失ったことで岬は”幽霊”になった。
そうして俺は彼女を失ってしまった。