第9話 オタク文化は銀河を越える②
「……どうして、俺が地球人だって分かったんですか?」
優太の問いに、エルドは一瞬だけ視線を逸らし、苦笑した。
「悪い。最初から決めつけるつもりはなかったんだが……」
「?」
「さっき、隣の部屋から聞こえた」
「聞こえた……?」
「『日本の家と似てて安心するでしょ〜?』って声」
優太は一瞬で理解し、肩を落とした。
「……リィンです」
「やっぱりな。
エルフは聴覚が鋭い。壁越しの会話くらいなら、普通に拾える」
「す、すごい……というか、恥ずかしい……」
「それに“日本の家”なんて表現、地球人以外はまず使わない。
だから確信した」
エルドは軽く頭を下げた。
「無断で聞いてしまったことは謝る。すまなかった」
「い、いえ……事情が分かれば……」
張りつめていた空気が、少しだけ緩んだ。
* * *
「というわけで」
エルドは急に姿勢を正した。
「最重要確認に入る」
「え、はい」
「ジャンルは?」
「……ジャンル?」
「少年?青年?日常?SF?
原作派?アニメ派?
単行本派?電子派?」
「質問多くない!?」
「人生に関わる」
「重すぎません!?」
エルドは腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「ここで噛み合わないと、
隣人関係に致命的な亀裂が入る」
「そんなわけ……」
「ある」
即答だった。
* * *
「ちなみに言っておくが」
エルドは人差し指を立てる。
「“途中からつまらなくなった”系の話題は、
夜中にやると危険だ」
「危険……?」
「止まらなくなる」
「オタクのやつだ……」
「634年分の経験だ。信じろ」
「年数で殴らないでください!」
* * *
「それと、そのイヤーカフ」
「はい?」
「それ付けてると、
感想を言語化した瞬間に翻訳されるだろ?」
「……たぶん」
「最高じゃないか」
「どこがですか!?」
「宇宙人相手に“この回の演出は神”って言える」
「需要あります!?」
「ある」
「即答!?」
* * *
「で、俺が地球文化にハマった理由な」
「聞いていいんですか」
「三行で済む」
「助かります」
「①ゴミの星で漫画拾った
②面白かった
③沼」
「軽ッ!!!」
「深掘りすると、
語彙がオタクになる」
「もうなってますよ!」
「今は抑えている」
「どこを!?」
* * *
「ちなみにその漫画」
エルドは得意げに続ける。
「売れてなかった」
「えっ」
「だがな」
一拍。
「設定は無駄に硬い
SF考証はやたら細かい
キャラは地味
でも世界観が良い」
「完全に好きなやつ……」
「そう」
エルドは深く頷いた。
「“分かる奴だけ分かれ”系」
「やめてください、刺さりすぎます……」
「俺もだ」
同意が重い。
* * *
「だからな、ユウタ」
エルドは急に真顔になる。
「ここでは過去も身分も関係ない」
「急にいい話っぽく……」
「関係あるのは一つだけだ」
「……なんですか」
「どこで心が爆発したか」
「オタクすぎる……」
「ETGはな」
胸を張る。
「宇宙の田舎の、
さらに隠れた場所で、
オタクが安全に語れる聖域だ」
「そんな街だったんだ……」
「今決めた」
* * *
504号室のドアを開けながら、エルドは振り返った。
「というわけで」
「はい」
「次会うときは、
“人生を歪めた一作”を持参しろ」
「重い宿題だ……!」
「安心しろ」
にっと笑う。
「俺は634年分、語れる」
「聞く側の寿命が足りないです!」
「翻訳機がある」
「そういう問題じゃない!」
ドアが静かに閉まった。
廊下に残された優太は、しばらく天井を見上げる。
(……変な人だ)
でも、不思議と不安はなかった。
宇宙の田舎の、そのまた隠れた場所で。
最初にできた知り合いが、
オタクバカのエルフだっただけだ。
* * *




