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葵、大嫌いな先輩と仕事をする

「アオイくん、桜まつりのご奉仕までに髪の毛切ってくれないかな?」


 あさひは出勤したばかりの葵と役場の廊下で顔を合わせるなり、挨拶もなしにそう言い放った。


 いきなりヘアスタイルに文句をつけられた葵は、朝から不機嫌になる。


「はあ?」


「前髪、目にかかってるじゃない。後ろも首の下まで伸びちゃって。それって芸能人の真似? 違うよね、伸びただけだよね」


「そんな時間はない」


 桜まつりは月曜からすでに始まっている。葵が奉仕するのは土日で、今日はなんと金曜日だ。


 あさひは後輩の反論を無視し、叱るように続ける。


「バイトでも、お伝え様の品位を落とすようなことがあってはならない。先輩のいうことは聞きなさい」


 確かにあさひは実際お伝え様の神職で、急遽ここにいるだけ。神社業務においても、学校においても先輩だった。


 しかし葵は日本人形のすべてが気に食わない。あさひの命令なぞ、一つも聞いてやるかという気持ちだった。


「前髪を噴水にすれば解決だ」


「そんな馬鹿みたいな髪型しないでくれるかな。お伝え様と参拝者への侮辱だよ。床屋でも美容院でも頼み込めばいい。2倍払えばやってくれるでしょ」


 村唯一の理容室「バーバーよしお」も美容院「Beaty Salonりりあん」も平日は16時には閉店。それを知っての発言である。


 言い分は分かる葵だが、あさひから指示されるのだけは絶対ご免だった。


「善処します」


「善処じゃない、絶対さ。ああ、昼休みに私が切ってあげる」


 と、あさひが葵の前髪に触れようとするも、葵は触れられる直前にその場から早足で立ち去った。


 そのすぐ後に、「あさひ君、おはー」向日葵が出勤してきた。


「おはよう。あの件よろしくね」


「うふふ、もちろんよ~こちらこそしくよろ~」


 あさひは向日葵とは反対方向に去り、向日葵は葵と同じ方向へるんるんスキップ「明日楽しみだなあ」と呟く。少し先に葵の背を見つけ、追いかけた。「葵、おっは~」


 不機嫌で周りの音が遮断されていた葵は、突然の声かけにびくっとした。


「あ、ああ向日葵か。おはよう」


 向日葵はサッと横につき、小さな声で葵に言った。


「今日の夜、髪切るよん」


「え、なんで?」


「すっごい伸びてきて、ぼさぼさしてるじゃーん。明日、それで大勢の前に出るのって恥ずかしいよお?ご飯も作るからさっ。じゃ、夜、家行くね」


 そう言うと、また廊下をスキップしていった。


 あさひのせいで頭の重かった葵だが、向日葵と二人で夜を過ごせることになり、綿あめくらい軽く甘くなった。二人きりになれるだけでなく、おいしい夕飯も付くなんて最高の夜である。


 規制線破りが一歩進む。


 かもしれない期待もわく。が、実は八神の少年という付属品も付いてくる――そのことを知らない葵は急激に機嫌がよくなり、無意識に顔のワイヤーが外れる。そんな彼の肩を、誰かが後ろからポンと叩いた。 


「おはよう、葵君」


 伊吹だった。伊吹は振り返った葵の顔を見ると「……機嫌、いいね! 素晴らしい!」


「おはようございます。伊吹さんにも分けてあげますよ、良い機嫌」


「はは! 機嫌良しでボクに勝てるわけないだろ! 天気がいいってことは何もかもが良いね」


「確かに。伊吹さん、いつもより素敵に見えます」


「はずかしいな。褒めても何も……いや、今度君のことが大好きな蓮君と焼肉行くけど、葵君もくるかい? ボクのおごりだよ」


 昔から伊吹は、蓮の葵いじめをじゃれているとしか思っていない。ということもあるが、課のメンバーはみんな大事な仲間でみんな仲良しーーだと勝手に思い込んでいる。桔梗に関しても、仕事意識が高くて課長に意見を述べているように見えていた。


「え、蓮さん……」


「そうそう。樹ちゃんも誘おうかな」


「樹ちゃんがいるなら……」


「肉と魚どっちが好きだい?」


「肉なら牛、魚はまぐろ」


 二人はずれた会話を展開しながら、仲良く職場へ向かった。


 村一の爽やか、村一の美形。


 組み合わせは悪くないのだが、会話はマリアージュしないのであった。


 


 しかし、葵のゴキゲンは即刻破壊された。


 まさかの、葵とあさひペアの出動になってしまったのだ。課長に「攻む」同士ですよ、と反論したかったが、課に「支ふ」がいないという状況であった。樹は本物の動物に対処中、伊吹と蓮、桔梗と向日葵ペアが妖物駆除へ出てしまっている。


「初めての共同作業だね! ドキドキが止まらないよ」


 俺は地獄。という気持ちを葵は全身から発しながら、仕方なく出動した。


 一方、あさひは本当に楽しそうだった。役場内から鼻歌を歌い、玄関を出ると「キケンな遊びほど楽しいんだよね。久しぶりにアオイくんと火遊び!」葵の腕に抱きついた。


 葵は全力で振り払い「お前と遊んだことなんてない」


「いっぱい遊んでるじゃないか~マジメピュアだな君は。モテないよ、私以外に」


 まるで少女のような愛くるしい表情で、あさひは葵に投げかける。さらに言えば刀など持ったことのないような華奢さ。であるが、神社や役場に戦闘要員として配属されている。


 つまり、あさひは強い。


 ともに出動している職員たちから、葵はあさひの仕事ぶりは聞いている。それに剣術稽古を通して、腕の良さはいやというほど知っていた。幼少の頃は、葵はあさひに剣術稽古でよく負けていたのだ。


 「攻む」能力は、斬撃の際に発される閃光の色で能力の強弱がわかる。あさひは、桔梗、伊吹と同じ青緑色。上司たちと同等の能力を誇るということだ。葵はその上の青白色である。


 そして「支ふ」も同様なのが瞳の色。黒い瞳に近づくほど力を持つ。閃光の色と瞳の色を合わせ、「攻む」は有術の才がはかられる。瞳の色で言えばあさひは上司たちより多少劣るが、運動能力や技術の高さがそれを十分にカバーしている。


 いわゆる「仕事ができる」同僚ではある。


 しかし、大嫌い。


 こいつと上手く仕事なんてできるだろうかと、葵はイライラしながらも(これは仕事だ)と自分の脳に言い聞かせながら運転した。


 助手席のあさひは歌い続け、葵に話しかけ続け、これから遊園地デートでも行くかのようにウキウキしていた。




 舗装された山道を車で中腹まで登り、そこから乱雑に草木の生える道なき道に分け入る。出現ポイントと目される、そこだけ妙に開けた場所に到達すると、見えてきた妖物はキツネ型5匹。耳があったりなかったり、尻尾が9本だったり、首が異常に長かったりと、大きさも特徴もそれぞれ個性的であった。


 いずれもすばしこく、いきなり葵に飛びつこうとしたが、寸前にあさひがばっさりと3匹同時に首を切り落した。逃げたキツネの1匹は葵が、もう1匹はあさひが駆除し、手短に終了した。


 その手際の良さに、葵は素直に感心した。嫌いな人間ではあるけれど、仕事の能力は別だ。同じ理由で、課長の性格は好かないが仕事の面では尊敬している。あさひのことも、人格は否定し続けるが仕事は認めようと決めた。


「簡単に終わったね。じゃあ私が課長さんに電話を」


 と、あさひが業務終了の連絡をしようとしたところ、ざわり、とした感覚が二人を襲った。

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