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橘平と桜、新学期を迎える

 4月になり、新学期が始まった。


 橘平は高校二年生になったが、学校環境に特に変わりはない。生まれた頃から同級生の顔ぶれはずっと一緒。変わるのは学年と教室と勉強の内容と……それはそれで大きな変化ではあるけれど、人間が変わらないと移り変わる実感はなかった。


 時間のあると思っていた春休みはあっという間だった。夏休みはやっぱり短いけれど、春休みはもっとだ。この間の大きな収穫と言えば、鳥居を発見したことだろう。桜曰く「絶対、封印の秘密がある。神社の娘の直感」。橘平もこの鳥居には何かあると感じている。今まで「入ってはいけない」とされていた山の道を抜けると出現した鳥居だ。封印を解かれないように施された何かに違いない。


 桜まつりが終わってから、さらに進展はあるのだろうかと考えながら登校し、今日からお世話になる新教室へ足を踏み入れた。黒板には席順の書かれたプリントが貼ってあり、橘平はそこで指定された席に向かった。


 すると、後ろから「おはよう」と声がした。振り向くと、優真が焼き芋の断面から上がる湯気のようにほくほくした顔で手を軽くあげている。


「あー、優真。おはよう」


 と言いながら、橘平は机にカバンを置き、着席した。


「昨日はごめん」


「何が?」


「感動しすぎて感謝できなかったから」両目をぎゅうっとつむりながら「本当に」首を縮め「心から」目を開き1.5倍速の口調で「最高にこれ以上ないほど最上級に恐悦至極ありがとう」と喜びと感謝を親友に伝えた。


 彼は向日葵に抱きしめてもらったあと、感動と衝撃と幸福と人には言えないような気持ちのせいで、友人らに何の挨拶もなくふらふらと家に入っていったのだ。橘平とよっしーはそんな友人を不審と不思議な気持ちで見送り、ともにチャリンコに乗り家路へついた。


「そんなたいしたことは」


「誕生日と正月とクリスマスと夏休みが一気にやってきたみたいだったよ。誕生日プレゼント、クリスマスプレゼント、バレンタインチョコ、お歳暮、お中元、旅行のお土産、お年玉、えー、もう全部もらった感じ!」


「えええ、そこまで」


「橘平くんへの誕生日プレゼント、どうしよう」


「まだ先だし、別にそんな気にし――」


「今から考えないと。向日葵さん以上のもの、それか同等の価値の物なんて……ないんだもん」


 言いすぎでは。


 と思った橘平だけれど、「好き」とはそういうことなのだろうと考える。


 推し量れない無限の価値。


 好き。


 好きな作品の話をする優真も、向日葵とお近づきになれて興奮する優真も(だいぶ面倒くさいが)強いエネルギーに溢れている。優真と友達になったのは、橘平に決定的、圧倒的に足りないものを持っているからなのかもしれなかった。そう考えると、彼から学ぶべきことは多い。昔からの悩みを解消できる手掛かりが彼にあるように思える。面倒ではあるものの、根は優しく、橘平に学びを与えてくれている。自然と「俺も優真と友達で良かったよ。ありがとう」と友人に感謝していた。


 橘平の率直な気持ちに、優真は照れ臭くなった。が、それを隠しつつ「まあ、そうだね。僕もだよ」と返す。「君は僕と向日葵さんを出会わせてくれるために、友人になってくれたんだね」


「ん……うん、かな」


 橘平にとって優真が好きを学ばせてくれる親友ならば、優真にとって橘平は憧れの相手とめぐり合わせてくれた心の友。面倒な性格が強く表出してきた友人だが、期待や結果は違えど、心からお互い必要な相手であることは確か。橘平はなんとかそう理解して納得する。


「向日葵さんってさ、お付き合いしている人いるのかなあ」


「い、やあ、そういう話はしたことないから知らないなあ?」


 優真は橘平の前の席の椅子にまたがって座り、顔を突き出し友人にぐいっと迫る。


「じゃあ、いないかも?」


 向日葵と葵。二人が正式にはどういう関係なのか。橘平にはわからないので、「いる」とも「いない」ともいえない。どちらも不正解なような気がしていた。お互いを想いあっているのは確実なのに、もう一歩も二歩も三歩も、踏み越えられないものがあるように見えた。


「知らないから……いない可能性もありえるし、いる可能性もありえるし」


「ふむ、思考実験だね。開けてみなければ何が入っているか分からない、箱のようなものか。いない可能性があるなら、僕がアプローチして成功する可能性もあるわけだ」


「はあ? こんなガキ相手にしないっしょ」


「そんなに年、離れてないじゃん。向日葵さん、どんな人が好みなのかなあ。知ってる?」


 仮に葵のような人が好みだとすると、面倒くさそうな性格はクリアしている。失礼だがそれは短所だ。橘平は地面をスコップで掘るように二人の長所を探し、照合するも、重なるところが見当たらなかった。見た目なんて正反対どころじゃない。別の生き物だ。


 強いて、一つあげるなら。橘平は葵の普段の様子を思い浮かべた。


「本……本が似合う人かな」


「え、僕じゃん」と優真は期待のこもった熱い目を友人に向ける。


「あと、愛のために命を捨てられる人?」


 そう橘平が付け加えると、優真は首を傾げた。


 が、すぐに「あ、僕、向日葵さんのためなら死ねる。僕じゃん」


 自分が学ぶべき「好き」は、彼じゃないような気がしてきた橘平だった。




◇◇◇◇◇




 桜の学校も新学期を迎えた。進学希望ごとにクラスを割り振られたが、今年も朋子と同じクラスになれた。朋子と桜は朝の教室で両手を繋ぎ、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを分かち合った。


 そして彼女の学校環境には大きな変化があった。今まで一人教室でポツンと食べていたお昼ご飯だが、新学期から朋子の友人たち、あの日ファミレスに行った面々と食べることになったのだ。誰かと食べる学校のお昼ご飯が楽しくておいしいことを、高3になって経験した桜。もっと早くに知っていたら――そう思うと悔やまれるが、「知らずに卒業するよりはいい!」とポジティブ思考に変換する。


 朋子はさっぱりとしていて分け隔てない性格だが、彼女の友人たちも似た性質で、途中加入の桜を以前からの仲間のようにすんなり受け入れてくれた。桜も彼女たちを受け入れられたし、意外にも同年代女子たちとお喋りできる、話題に付いていける自分に小さく驚きもした。昔から向日葵が、流行のオシャレや番組、漫画などを教えてくれていた影響が大きいのではないか。そう思い至った桜は、姉代わりの彼女に心の中で感謝した。


「文系クラスってことは、桜も進学は文系希望なの?」


 3年生ということもあり、ランチの話題にも進学があがる。朋子は理系教科があまり得意ではなく、そういう理由で文系クラスを選択していた。


「そうだよ」


「まあそうだよね。もう行きたい学校とか学部って決まってる? 私はまだ考え中」


「私は神社の跡取りだから、強制的に神職の資格がとれる学校なの」


「へーそうなんだ。跡取りってそういうもんなんだ」


 周りの友人たちも、跡取りって進路決まってるんだね、お寺の人もそうかな、近所のお兄ちゃんは農家継ぐけど文学部行ったよ、などという反応。彼女たちは継ぐものがないので、留学したいな、看護師とか、メディア系どうかな、など自由な発言をしていた。


 クラスメイトとロクに話したことがなかった桜は、自分は特殊な環境なのだろうかと、思わされた。桜の周りには、自由に決められない人が多いのであった。




 新学期を迎えると同時に、お伝え様では桜まつりが始まった。この祭りは、広いお伝え様の境内やその周りに咲く美しい桜を楽しむ行事。毎年4月の第一週の月曜から日曜までの一週間続く。要は花見と宴会ができる村の一大イベントだ。


 この間、桜は「なゐ」に関することが何もできず、学校から帰ると神楽の稽古三昧。しかし稽古で疲れても、寝る前に橘平とメッセージのやりとりをすることは忘れない。


 それだけが、希望で救いで……癒しだった。




〈今日も稽古お疲れ様〉


 桜は布団に寝っ転がりながら、〈ありがとう。そういえばさ、今日ね、クラスの人と進路の話になったの〉と返信した。


〈3年だもんね。そういや桜さんって進学?〉


〈うん、神職の資格とれる大学〉


〈資格必要なんだ神社って。知らなかった〉


〈きーくんは就職だっけ?〉


〈そのつもりだったけど、今はよくわかんない〉


〈なんで?〉


〈うーん、わかんない〉

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