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桜と向日葵、号泣する

「今日はすっごい楽しかったね~さっちゃん」


 ひと気の無い夜のはじめ。田舎道を運転しながら、向日葵は桜に声をかけるも、一向に返事がなかった。疲れて寝たのかと助手席をちらと見ると、桜は無言でぼろぼろと涙を流していた。スカートには池ができている。


 向日葵は急ぎ、車を畑の脇に寄せて停めた。


「も、もうアニメは終わったよ~?思い出してかんどー?」


 桜はこらえきれなくなったのか、あーとか、わーとか、声をあげて泣き始めた。


 これはアニメを観た感動の涙ではない。楽しかったはずが、なぜ苦しい涙を流しているのか。向日葵は原因が全く分からず、手を握ったり開いたり、服のすそを掴んだりしている。同年代の子たち、しかもみんな優しい子、遊べて楽しかった、嬉しかったはずで、悲しくなる出来事はなかったはずなのだ。


「さ、さくら、ちゃん」


「ごめんね」


「え?」


「本当にごめんね。ひま姉さんと葵兄さんが、危険な仕事してるのは、私のせい。私が、二人を、巻き込んだから」


「なな、何言ってるの~?さっちゃんのせいなわけないでしょ、役場は親戚に言われて」


「封印、解いちゃったから、妖物、強くなっちゃったんだもん。わ、私が、解こう、なんて言わなければ、二人は危険な仕事をしなくて……ううん、私なんて人間が、私がいるからだあああ!!」


「さくら…」


「死なないでぇ!!」


 桜は両手で、向日葵の左腕をつかむ。


「え……」


「さっき、よっしーさんが、クララがひま姉さんに似てるって。ヨハネスも葵兄さんに似てるし、あの物語みたいに、二人が……」


 幼子をあやすように、でも力強く、向日葵は桜を抱き寄せた。


「大丈夫だよ。私も葵もさっちゃんを置いてどっか行ったりしないよ。さっちゃんを守るんだから。それにさ、始めちゃったら終われないでしょ?再封印するって言っても、やり方がわかってないんだし、早くやっつけちゃおう。そうすれば全部解決だよ」


「ううう、ううう、ごめんなさい、ふ、二人を私から解放したくて。解放してあげたいんだよぉ。二人が、私のせいで苦しむのは、もうイヤなの。わ、私は、二人が大好きだから!!」


 一つ大声をあげ、桜はしばらく呼吸だけになる。落ち着いたように見えたが、また静かに、ぽとん、ぽとんと落ちる涙とともに話始めた。


「いや…の……私何度も死のうと思ったけど、でも、私が死んでも二人は……村から解放されない。それに椿が犠牲になる、だけ……やっぱり、なんとか、なんとかしないと、私が」


 なぐさめる言葉なら、いくらでもある。しかし、それはただの言葉であって、桜を心の底からほっとさせることも、ましてや問題の解決にもならない。桜が最後に泣いたのはいつだったか。向日葵は腕の中の桜を見下ろしながら記憶を辿る。


 おそらく菊が死んだ時。


 あれ以来、桜は人前では泣いていない。それ以来ずっと、辛い気持ちに蓋をして、釘も打ち付けて、絶対に開かないようにしていた。今日をきっかけにそれは釘ごと吹き飛んでしまったようだった。


 向日葵はただ、泣き続ける桜を見守る事しかできなかった。




◇◇◇◇◇




 ばいばい、とメッセージを送りながらも、向日葵は桜を家に送った後、葵にケーキを届けにきた。手にケーキを入れたミニ紙袋を下げ、玄関をごんごんと叩く。間もなく、葵が玄関を開けた。


 向日葵はうつむき加減で足を踏み入れ、両足をそろえて立つ。さらに下を向き、そこで動かなくなった。


 止まったままの彼女に、葵が声をかける。


「どうした、向日葵」


 向日葵の後ろは夜、目の前は蛍光灯の灯りを背に受けた葵がいる。ケーキを渡してすぐ帰る。紙服を持った手を持ち上げて、彼に差し出すだけでいいはずなのに、その簡単な動作ができない。


 葵は裸足のまま三和土に降り、向日葵の肩に手を掛けた。その温度が伝わった瞬間、ぎゅっと丸めて腹の中に押し込めていた向日葵の感情が飛び出てしまった。もう、抑えきれなかった。三和土の上に座り込み、彼女は桜の倍の時間は泣き続けた。


 本当にひたすら泣いただけで、桜のように涙のワケは話さなかったし、葵も聞こうとしなかった。本音のところ、彼女はケーキを届けにきたというより、葵にすがりたかった。一人で泣いたらまた酒を飲んでしまうだろうし、泣いてもすっきりせず、嘔吐物を口に含んだままの気持ち悪さが残るだけだろう。弱い姿を見せられる相手は彼しかいない。


 葵は向日葵の隣に座り、時折彼女の背中をさするなどして、ずっと側にいた。


 向日葵は涙が止まると同時に、電源が切れたようにぱたり……と倒れそうなところを葵が受けとめた。すーっ、すーっと静かな寝息を立てる彼女を、そっと、横抱きで寝室に運んだ。




◇◇◇◇◇




 向日葵はぼんやりと目が覚めた。雪見障子を通して入る闇と光の交わりが、夜明け前だと彼女に知らせる。


「あれ、私いつの間に家に」


 そう言ってもぞもぞ起き上がると、右隣の布団が目に入った。自身が横になっていた布団とは別の物である。この現象には既視感があった。おそるおそる横を向くと、葵のよく整った寝顔があった。


「ぎゃーーーーーー!!!!!!」


 叫びながら、向日葵は布団をはぎ、座ったまま後退った。その声に、隣で寝ていた葵もびっくりして目を覚ましてしまった。


「うるっさ、なんだよ」だるそうに起き上がり、周りの暗さから「……え、まだ夜中?」


「私はなんでここにいるのー!?えー!?また酒飲んだ!?」


 まだ半分夢の中の葵は、スウェットの下から手を入れ腹をぼりぼりかきながら「……酒じゃないけど。覚えてないのか。昨日、何した?」


「ええええっと、こうこうせいとあにめみてたのしかった」


「子供の読書感想文か。その後は?」


 向日葵の脳裏に、号泣する桜の姿が浮かんできた。それとともに、また向日葵の目に涙が溜まり始めた。


 葵は近づいて背中に手を置こうとしたが、向日葵が突然立ち上がり、その手は空振りした。


「また迷惑かけてごめんね。もう帰るから」


 葵も立ち「い、いや落ち着くまでいても」


「帰らないと」


 部屋を出ようと障子に手をかけた向日葵の腕を、葵はつかんだ。


「まだ夜だし、明るくなるまで」


「今日は兄貴に助けてって言えないんだもん。知ってるでしょ、うちの親」


 葵の腕がゆるむ。


「本当に、迷惑かけてばかりでごめん。今日のお返しは必ずするから……」


 障子をあけ、向日葵は部屋を出ていった。がらりと、玄関の引き戸の音が聞こえた。


 葵はその音が聞こえてからしばらく立ち尽くしていたが、何か思い出したように台所へ向かった。電気もつけず暗いまま冷蔵庫を開け、冷蔵室の下段から、向日葵が持ってきた紙袋を取り出す。ラップに包まれたパウンドケーキが2切れ入っていた。その一つを手にしラップを外した。


 東雲の空を背景に一口でほおばった。

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