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桜、アイドルとして拝まれる

「向日葵さんが優真のアイドルでしょ。浮気?」


「違うよ!向日葵さんは憧れの女性、桜さんはアイドル、そう、偶像なんだ!やっぱり神社の娘さんだ!」


 どう違うのか橘平にはさっぱりで、優真からは「辞書引けよ!」と訳もなく怒られた。


 桜は「アイドル」などという優真の言葉に、恥ずかしくなってきてしまった。


「そんな大した人間では」と、胸の前で両手を左右にふる。


「無敵の笑顔のアイドルです!」優真は強調し、さらに「ああ、アイドルですからスキャンダルには気をつけてくださいね。スキャンダルはノーサンキュー、清いイメージで、正しく美しく、ですよ」そう付け加えた。


 桜の気持ちは恥ずかしさから困惑に変わる。優真に抱いていた印象が「本と映画が好きな、明るくほのぼのしている人」から「ちょっと面倒な人」にだんだんと塗り替えられていく。


「え…ええ、気をつけますね」


「橘平くん、マネージャーとして守ってあげるんだよ? 変な虫がつかないように」


「ま、まねーじゃー?」


「そ、そーだわ優真さん! クラシカ・ハルモニの第1期鑑賞会をなさったって橘平さんから伺ったんです。お詳しい方の解説付きとか。私も好きなので、ぜひ解説付き第2期鑑賞会にお招きいただきたくて」


「もちろんです!! ぜひ!!」


「日にちはいつなんでしょう。実はその、土日だったらと…」


「じゃあさ、今度の土日はどうですか? 春休み最後の土日」


 ちょっと、お待ちを、と桜はスマホを取りだした。隣に座る橘平がちらとのぞくと、向日葵にメッセージを送っていた。


「スペシャルゲスト…」


「わ、のぞかないで!」


「ゲスト?」


「もう一人、鑑賞会に興味ある人がね。あ、よっしーにも聞かなきゃ」


 橘平がよっしーにメッセージを送ると、時を置かずに<承知>と返って来た。


 向日葵も<OK!楽しみ!>ということで、鑑賞会の開催が決まった。


 それからはテーブルの上のランタンの灯りを囲んで、学校の事、日常のこと、趣味の事、好きな食べ物…「どうでもいい」雑談をした。特に記憶に残るようなトピックなんかない、ただのおしゃべりだ。


「でさ、小学校の修学旅行の時、橘平くんたら」


「ちょちょちょその話は」


「いいなあ。楽しそう」


 桜の羨ましがり方に、橘平は違和感を持った。寂しげで、物欲しそうなのだ。


「そういや、桜さんって修学旅行どこ行った? 私立だから海外とか?」


「私、修学旅行いったことないの」


「なんで!? 当日具合悪くなっちゃったんですか!?」


「ううん。親がダメって。危ないから」


 さらに桜は林間学校も、遠足など校外学習すらも、参加したことがないらしい。


「いやあ、お嬢様なんですね。大四家と大違いだ」


 もちろん橘平も衝撃ではあったが、もう何をやってないか聞いても「そうかもな」の域である。スーパーに行ったことがなかったほどだ。


「お嬢様というのか分かりませんが…少しおかしい家なんですよ」だから、と桜は続ける。「同年代とこうやって夜にお喋りできるのが、とても楽しみだったんです。優真さん、企画してくださってありがとうございます」


 う、ううう、と優真は涙を流して感動し始めた。


「こ、こんなことで喜んでもらえるなんて…桜さんはやっぱり神ですか」


「人間ですよ…」


「じゃあやっぱりアイドルだ! 天才アイドルだ! Genius Idol!」


 桜は苦笑いで返し、橘平のほうに向きなおる。


「橘平さんも、参加させてくれてありがとう!」


 そのほほえみが、橘平にも神に見え、拝みそうだった。


「これが、桜さんにとっての初めての修学旅行かな?」橘平の膝上の手は拝んでいた。


「どっちかというと林間学校だね。ランタンがキャンプファイア代わり」


「わあ、初めての林間学校! 楽しいね!」


 向日葵と葵が長年、桜の隣に居たのは家の事だけじゃない、この素直な心と接していたからではないか。そう感じた橘平だった。


 それじゃあ、と優真が提案する。


「初めての遠足も今度、どうですか?」


「いいですね、遠足!」とはしゃぐ桜だった。


 


 たわいもない話で、夜は更けていった。


 今しかない話題でおしゃべりできることが、桜にとってはとても楽しく尊い時間だった。友人を持たずに育ち、神社の跡を継げばさらに村人たちとの関係作りに追われて友人どころではない。一生、友人という存在とは無縁。諦める前に持てる期待もしていなかったのに。同年代と遊ぶ日が来るとは、思ってもみなかった。


 本当に「なゐ」を消滅させられるのか。桜はずっと不安だった。先生の話以上の手掛かりはみつからない、タイムリミットだけ近づき、とうとう17歳になってしまった。


 それが、橘平に出会って光が見え始めた。


 彼なら、友達の橘平となら、きっと大丈夫だ。


 すべての不安がはれたわけではないけど、そう感じることが増えている。


 それだけでなく、桜は橘平と出会ってから、少しずつ、心が変化している。家族、親戚、学校の人、全ての人に感情を隠してきた。唯一、素のままでいられるのは向日葵たちの前だけ。とは言え、彼らに自分の全てを曝け出すことはできていない。でも、橘平には蓋をしているどろりとした感情まで吐き出せそうである。


 葵と向日葵も、橘平と出会ってから変わり始めている。


 彼らは生まれてからずっと、しなくていい苦労を、たくさんの我慢を積み重ねてきている。特に菊が亡くなってから、それらは上乗せされている。


 向日葵は元から明るく親しみやすい性格ではある。しかし苦労や我慢、悩んでいる姿を人に気取らせないように、そして隠すために、もともとの性分に加えて自己を過剰に「演出」している。先生と出会って目覚めて、好きなファッションやメイクに身を包んではいるが、これもその一つで、元々の趣味より過剰に装っているのだ。それが橘平に出会ってから「演出」が薄まってきた。リラックスした表情が増え、声にも優しさがあふれている。


 葵は顕著に人間らしくなってきている。以前は整いすぎている容姿もあって、冷たい機械のようだった。最近は薄い笑顔ではなく、心からの笑顔をみせるし、橘平と話している時なぞはいい意味で隙があって少年のようだ。子供の頃のような彼に戻りつつあると、桜は感じている。


 


 楽しい会話は続いたが、次第に優真が船を漕ぎ始めた。


 そろそろ寝ようと、三人はテントに入っていった。

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