デビュー
修正して、ふたたび提出した折衷案が会社側に受け入れられたらしく、玲奈はとうとうユーツベにデビューすることになってしまった。
最初なので芳孝の言う「ゆるい雰囲気」で始めることになり、なんと二人で中間テストの勉強会をするという。
「ねえ、これって本当にアウトドア用品の紹介サイトって言っていいのかな?」
さすがの玲奈も、こんな日常の一コマを撮影して会社からOKがでるのだろうかと心配になってしまう。
玲奈の家の蔵書室に机や椅子を用意し、撮影機材をセッティングしたあとで、窓からの採光などを考えている芳孝を見ながら、つい声をかけてしまった。
「大丈夫だって。どうせ初回登録なんて誰も観てないんだし、まず始めること、それに撮影慣れすることが今回の目的かな。俺もこの後、編集の仕事があるしね。そうなると試験勉強もできないし、こういうのが一石二鳥というものです」
いやに自信満々だ。
今回は、真島の祖父母に頼んで母屋の屋敷にある蔵書室を借りている。
芳孝は自分たちの部屋のどちらかを撮影場所にしようと思っていたらしいが、それは玲奈が断った。
だって、なんか嫌じゃない? あんまりプライベートな場所は、公にしたくない。
なら、真島の家はどうなんだ、と言われそうだが、ここの蔵書室なんて家庭の内に入らない。だって小学校の図書室みたいな広さなんだよ。まぁ会社関係の書類もあるし、そういう倉庫的な意味でも使ってるんだろうけど。
そして玲奈は、自分の外見もカスタマイズしている。なんせ、顔バレは極力したくないので、母親のカツラを借りてカーリーヘアにしてみたり、お手伝いの後藤さんからも伊達メガネを借りている。極めつけは、花柄のダサいマスクだ。こんなマスクをつけている人なんて見たことがない。
フフフ、変身! 完璧~。
そこまでする玲奈に呆れているのは芳孝だ。
「……そのマスク、やっぱりするんだ」
「当たり前でしょ。真紀と二人で探し回ったんだけどいいのがなくて、仕方なく芳賀さんに頼んで縫ってもらったんだもん。うちのお手伝いさんは優秀でしょー」
「ま、いいか。じゃあ、撮影するから、適当に勉強、始めて」
「え、挨拶とかはいいの?」
「そのへんの進め方は、俺が編集の時にモノローグを挟んどく」
「ふーん」
そうか、それはめんどくさくなくて非常によろしい。じゃ、やりますか。
……………………。
無言。
二人の間に、沈黙の時が流れる。
時折、外から鳥のさえずりが聞こえてくるが、二人とも一旦、勉強にのめり込むとどこまでも集中力が続いていく。数学の問題を考えている時だけ、芳孝が走らせる鉛筆の音がわずかに耳に入る。
ふむ、こういう空気感って嫌いじゃない。
「はい、オッケー。なんとか一教科は復習できたから、そろそろ休憩をはさみますか」
しばらくすると、そんな芳孝の声が聞こえてきたので、集中していた玲奈も教科書から顔を上げた。
うん、だいぶ進んだね。こんなんが撮影だっていうのなら、楽でいいかも。
「じゃ、お茶を入れてくるね。もらったお菓子をあけてもいい?」
「いいよ。でもコップとお皿はこれを使って」
芳孝が紙袋から取り出したのは、アウトドアで使うチタンのコップとウッディなお皿だった。
「なる~、こういうところにグッズを使うのね」
「そういうこと。下手に喋って宣伝っぽくするのはスマートじゃないだろ? 押し付けがましくなく、映像のアップだけで押していく感じにしようと思う」
ふーん、頭がいい人は宣伝のやり方も違うわ。
この時の休憩の風景も撮影していたのは知っていた。
知っていた、が、ああいう風に切り取られて編集されているとは思ってもみなかった。
翌週、ユーツベにアップされていた動画の視聴数、並びにサイトの登録者数は、玲奈が想像してた数より多かった。いや多過ぎた。下手をするとバズっている状況といえるかもしれない。
だって、煽り文句が「女友達と試験勉強!」だよ。
それに、芳孝のナレーションが半端ない。プロ並み、いやあの声はもうプロでしょ。芳孝は志望をアナウンサーに替えた方がいいと思うな。
また、芳孝の編集能力がすごい。
あの時は撮っていなかったが、季節感がある花や草木、広々とした野外の情景が映っている。勉強の面では教科ごとに予想問題がピックアップしてあって、丁寧な芳孝の解説も付いていた。このあたりは、学生の需要を満たしているからまだよい。
問題は、「勉強の合間にアウトドアを感じられる休憩~!」ってなんだよ。こじつけか!と思ったのは玲奈だけだったようだ。
コメント欄には、「シャイ子の口元、可愛いー!」だの「笑い声にズキューンときた」だの「ヨッシー、爆発しろ」だの、おかしな言動が溢れていて、ちょっと何がなんだかわからない。
あの苦労した変身の意味っていったい……………………。
芳孝に「女友達」ってどういうこと?、と問いただしたら、「妹でも姉でも彼女でもないじゃん、女友達いがいにどう言えと?」と、軽く切り返されてしまった。
ええっと、遠い親戚の子とかなんとか、他に言いようはあると思わない?
「とにかく、視聴者は表画面の煽りを見て、観るかどうかを決めるんだから、あのくらいは普通でしょ」
と、ケロッとした顔をして流された。
動画の最後にバーンとアップになった、キャンプ場に置かれていた「コップと木の皿」、ご丁寧に「概要欄に購入できるサイト付き」、こちらは、注文が増えているらしい。
その上、「あのBGMって、ユーツベの登録曲になかったぞ!」と視聴者さんに指摘され、急遽、コマーシャルソングとして曲紹介サイトも立ち上げたらしい。
ご商売、順調ですね。大貴おじさま。
芳孝の並外れた才能だけではなく、背後に存在している商売のプロたちの凄みまで感じ、どこか遠い目になってしまった玲奈なのだった。




