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87.「初めての ――獣人探索+⑦――」
「呼ばれたって誰にだ」
気になる一言を残して、ドナは入り口に横たわる樹を飛び越えて森の奥へと走り出す。
ふと脳裏をよぎる不安。
「おいおいおいおいまじで」
訳もわからぬまま、ミズハは彼女を追いかける。
しかし一歩踏み込んだ瞬間ぬかるみに足を取られて体勢を崩す。
手を付いて立ち上がろうとする彼の目に、この最悪な足場をものともせずに進んでいくドナの後姿が見えた。
このままでは見失ってしまう。
「くそっ!」
ミズハは腰に手を伸ばし、チェーンワイヤーのトリガーに薬指を掛ける。
地面が無理なら樹上を行く作戦だ。
しかしこの作戦も失敗に終わる。
なぜなら森の内部にはなぎ倒された木々がまるで空を飛ぶ生き物の進路を阻むかのように傾き、立ちはだかっていたのだ。
斜めに倒れた巨木にぶつかるミズハが見えない相手に声を掛ける。
「おい戻れ!」
彼の呼び声はむなしく森に反響するだけ。
ワイヤーを解く頃にはドナの姿は見えなくなっていた。
ふと地面に目をやると彼女の足跡がくっきりと残っている。
しかしその足跡すら、流れ込む泥水によってすぐに隠されてしまう。
心拍数が高まるのを感じる。
「戻れって言ってんだ! おいっ!」
声を張り上げるミズハ。
それでも反応はない。
おそらく彼女と出会って初めての事になるだろう。
ミズハはここで初めて彼女の名を叫んだ。
「ドナッ!」




