7番地 小鹿's Kitchen ~異世界産野菜を添えて~
異世界のナス(?)こと「オーベル」を調理します。
※深夜に読む方は空腹にご注意ください。
翌朝。
台所のテーブルには、昨日手に入れた異世界の野菜が並んでいる。
問題は、その中心に鎮座している黒い物体――"オーベル"だったか。
「……やっぱどう見ても色以外はナスだよな」
手に取ってみると、表面はやけに滑らかで、光を吸い込むように鈍く黒い。
普通のナスよりも密度があるというか、ずっしり重い。
「あ、オーベル」
「昨日交換して貰ったやつな。問題は味だ」
「毒じゃないのかそれ」
「村で普通に売ってたものを毒扱いするな」
クロエについてはもう慣れたが、今朝は何故か牛込もいる。
確かに「いつでも来ていい」とは言ったが。クロエが。
とりあえず、ナスと同じ要領で包丁を入れてみる。
――スッ。
妙に抵抗が少ない。
切断面も真っ黒で、水分がじわっと滲む。
「……水分多いな。これは油吸うタイプだ」
「料理人みたいなこと言ってんな」
「俺にも気分ってモンがあるんだよ」
フライパンを火にかける。
油をほんの少しだけ垂らす――あの八百屋の言葉を信じるなら、これでいいはずだ。
温度が上がるのを待つ間に、薄く切ったオーベルを軽く塩で下味をつける。
水分がさらに表面に浮き、薄く光る。
「いくぞ」
そうフライパンに投入した瞬間……
ジュワァァ……ッ
音が、明らかに良かった。
「おぉ!?」
「……これは当たりだな」
油は少量のはずなのに、表面全体が均一に焼けていく。
黒い皮がほんのり艶を帯び、やがて柔らかく沈み込む。
箸で押すと、とろっ、と明らかに内部が崩れる感触がした。
「え、何それ!?」
「火の通りが異様に早いな」
ひっくり返す。
裏面はうっすらと焼き色――真っ黒でよく分からないが、わずかに茶色が滲んでいる……気がする。
香りが立つ。ナスに近いが、もっと甘い。
油の匂いと混ざって、食欲を直撃してくるタイプのやつだ。
「ちょっと味見するか」
皿に取り、軽く息を吹きかけてから口に運ぶ。
――噛んだ瞬間、中身がとろりと溶けた。
「……美味いな」
「マジで!?」
皮は薄く、ほとんど抵抗がない。
中は完全にクリーム状で、ほんのり甘い。そこに油のコクが乗る。
「ナスの上位互換って感じだな。えぐみが一切ない」
「ずっる……オレも食う!」
牛込も口に入れて、数秒固まる。
「……何これ」
「美味いだろ」
「なんでこんな見た目でこんな美味いんだよ!?」
「合理的」
「お前の評価基準それだけかよ」
もう一度フライパンを見ると、油はあまり減っていない。
「やっぱこれ、あのおっちゃんが言ってた"少量の油で炒める"が正解だな。吸いすぎないギリギリのラインがある」
「じゃあさ!」
そんな牛込の言葉に、嫌な予感がした。
「揚げたらどうなるんだ!?」
「やめとけ」
「やろうぜ!」
「やめろって!!」
――油に入れた瞬間。ゴボッ、という嫌な音がした。
「え」
「待てこれ」
オーベルが油を吸う。文字通り、吸い込む。
みるみる油面が下がっていく。
「おい減り方おかしいだろ!」
「スポンジ通り越してブラックホールかよ!」
煙が立ち始める。
「クロエ!水!」
「了解」
次の瞬間、上から水が降ってきた。
「多い多い!!雨か!!」
ジュワァァァァァッ!!
台所が軽く地獄になる。
しばらくして。
「……結論。調子に乗るなってことだな、牛込?」
「全くもってその通りでゴザイマス」
「あと冷静に考えてみると、油火災で水かけるのダメじゃなかったか?」
「さっきの魔法で降らせた雨はどんな火でも消せる」
「何でもありかよ……今回はマジで助かったけど」
気を取り直して最初と同じ、少量の油で焼く。
最後に、ほんの少しだけ醤油を垂らす。
香ばしさが一気に跳ね上がる。
「これで完成だ」
三人で箸を伸ばす。
「……やっぱこれだな」
「シンプルが一番うまい……いつも以上に早起きした甲斐があったわ」
「……おかわり。……いや、別にがっついてるわけじゃない。この『ニッポン式調理法』のサンプル数が、まだ統計を取るには不十分だから。あと三つ食べれば、正確な結論が出せる」
「それにしては過去一番で饒舌になってるな」
あっという間に完食。
牛込は「もうこの家から帰りたくねー……」とフローリングで大の字になっている。そのまま牛になっても知らんぞ。
「小鹿、お前もうこれクロエちゃん嫁に貰うしかないだろ。異世界飯のクオリティが高すぎる」
「うるさい、そろそろ出ないと講義に遅れるから帰れ。クロエ、お前も向こうに戻れ」
「……もう一口、食べてから」
そう言って、フライパンに残ったタレをこっそりパンですくっているクロエを俺は見逃さなかった。
行儀が悪いと怒るべきかゴミが減ったことに喜ぶべきかちょっと悩んだ。
オーベルの油吸い込み、現実のナスも似たようなところがありますが、これは極端でしたね。




