25番地 侵食の波及、新たな門
俺が唯一、1コマ目を空けている水曜日の朝。いきなり牛込から電話がかかってきた。既にろくでもないことになる気しかしない。
「……もしもし」
『小鹿ぁ! マジで大変なことになった!! 今からそっち行く!!』
「ちょ、おい大変って何が…………切りやがった。何なんだ……」
それから10分も経たないうちに、インターホンが鳴る。ちょっとイラつきながら玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは混乱している様子の牛込と……長い耳を隠すように帽子を被ったシルヴィ。待て、なんでシルヴィが東京の方の玄関にいる?
「ハァ……とりあえず入れ」
「うぅ……朝から悪い……」
牛込からこんなセリフが出るとは……これは重症だ。ひとまず牛込を落ち着かせて事情を聞き出す。
馴染みのない香りでいつもより早く目が覚めた牛込がなんとなく辺りを見渡すと、部屋の壁が一つ消え、いかにもファンタジーな部屋に繋がっていたという——俺の寝室と同じように。
そして、その部屋の主こそシルヴィだった、ということらしい。
「……でもお前、それだけでそこまで憔悴するようなタマじゃないだろ」
「………………部屋に置いてた……えー……セクシーな漫画を見られた」
「牛込君も人間としては大人にあたる歳だろう? 個人の趣味を咎めるつもりはないさ。まぁ……表紙の女性が私そっくりだったのには驚いたけどね?」
「あー……その、なんだ……強く生きろ。んで、今回の事態も地下の古代装置絡みで?」
「そうなるねぇ。牛込君が我々の世界に関わりがあったことで、彼の部屋にあった電子レンジまで古代装置が捉えて接続を広げたようだねぇ」
「そういやオレ、昨夜冷食のチャーハンをレンチンして食ってた……! レンチンで世界が繋がるとかどんな技術だよ!? っていうか地下の装置って何なんだよ小鹿ぁ!!」
「パニックになる気持ちは分かるがねぇ、牛込君。今は叫んでいる場合じゃないよ。装置の学習スピードが想定より速すぎる。このままだと数日以内にアパート全体、果ては君達が通う"大学"まで異世界と繋がりかねないよ」
そこへ、騒ぎを聞きつけたらしいクロエが繋がった寝室の向こうからひょっこり現れた。シルヴィを見るなり、怪訝なオーラを漂わせる。
「大師匠、いつの間に忍び込んだ?」
「人聞きの悪いことを言わないでおくれ。これには訳があってね……」
改めて、シルヴィが事のあらましを説明する。
「小鹿君、例の『黒き龍のノート』を出したまえ。あの歪んだ魔法陣を核にして、これ以上の侵食を防ぐ緊急術式を打つよ」
「は? その、いかにも中二病感がすごいノートが世界を救う!? マジで言ってんスか大師匠様!?」
「俺だって望んで鍵になってるわけじゃないんだよ!!」
「あ、やっぱ小鹿が書いたんだ?」
「しまった……!! 墓穴を掘った……」
余計なダメージを食らった俺をよそに、シルヴィの指導のもと、クロエはノートの陣を触媒にして術式を展開。2箇所に広がりかけた空間の亀裂を力ずくで押さえ込もうとする……が、距離の離れた2箇所を対象としていたためか、クロエは明らかに消耗していた。
「……負荷過重。魔力消費が想定より速い。……頭がクラクラする。非合理的、限界」
「おいクロエ!? 踏ん張れ!」
「小鹿君、とにかくクロエの口に何か入れたまえ」
朝飯は食ったばかりだし、イチから作る暇もなさそうだ。何か……何かないか!? そこに、非常食として置いていた小さめの羊羹が目についた。2、3個ほど剥いてクロエの口に放り込む。
「……糖分、脳および魔力回路へダイレクト供給。……合理的復活」
目をカッと見開いたクロエは一気に魔力を放出。空間の繋ぎ目がカチリと音を立て、完全に固定される。
「ひとまず止まったようだが……どうやら私と牛込君の所は繋がったまま固定されてしまったようだ」
「助かった……のか? でもオレの部屋、これからずっと大師匠様と繋がったままってこと!?」
「ハハッ、災い転じて福となす、だねぇ。これでいつでも君の部屋のレンジを借りに行けるよ」
「セクシー本見られた上に部屋を溜まり場にされるのかよーーーっ!?」
頭を抱える牛込を横目に、シルヴィが俺とクロエに向き直り、表情を締める。
「これでひとまず応急手当は完了だ。……だが小鹿君、クロエ。根本的な原因である地下の古代装置を止めない限り、いつまた次の場所が繋がるか分からないよ」
ついに俺達は、空間暴走の元凶が眠るクロエの家の地下へ足を踏み入れる決意を固めるのだった。
「……そういや小鹿、そろそろ出ないと2コマ間に合わなくね?」
「あ、やっべ……」




