初めての出征 ㊶
「しかし、埒が明かんな」
そう言って苛立ちを滲ませたのは気の短いお母様だ。
対岸を睨み付けているお母様と並び立って泰然と腕組みをしているドネルクさんの目も、対岸へと向いている。
「そうは言っても、このまま放置するわけにも行くまい?」
「ならば攻撃してみるか? 無為に膠着状態を傍観してもロクな結果になるまい」
治癒魔法を用いた怪我の治療が終わって雑談を切り上げたバルトロイ様も、対岸へと目を向けている。
ドネルクさんもバルトロイさんも常識人枠の人たちだけど、意外なことに、攻撃案を真っ先に提示したのはお母様ではなくバルトロイさんだった。
強硬案に難しい表情でドネルクさんが首を振る。
「それは危険が大きかろう。お義父上たちと同じ轍を踏んでは面目が立たんぞ」
「さりとて、ここは“魔の森”だ。この場に留まり続けるのも危険が大きい」
師匠であり、奥さんになるエゼリアさんの養父であるハインズお爺様たちが得た教訓を、きちんと守ろうとするところにドネルクさんの真摯な性格が出ている。
でも、バルトロイさんの意見も尤もで、私もバルトロイさんの意見に賛成だよ。
半年間の生活で森に順応した私でも、この森の奥は情報が少なすぎて不安が拭えない。
バルトロイさんのド正論にドネルクさんも困り顔になる。
「確かにな。どうする? フレイア」
「作戦責任者はフィオレだ。訊く相手が違うぞ」
ドネルクさんから話を振られたお母様は、といえば、いつも通りで動じることもなく肩を竦めただけだ。
「む? そうだったな」
責任者が誰かを失念していたらしいドネルクさんと、ついでにバルトロイさんの目が、責任者が誰かを半ば失念していた私へと向けられる。
これ、言っちゃっていいのかな?
遠慮して誰かに責任を押し付ける結果は私もよろしくないと思うから、前へ突っ込んでみることにする。
「・・・あの。え~っと・・・。試してみたいことなら有ります」
「「ほう?」」
距離感を測りつつ首長を口に出してみれば、ドネルクさんとバルトロイさんの声が被る。
お母様はいつものように私の意見に耳を貸してくれる姿勢で平然と頷いた。
「構わん。話してみろ」
「・・・結論から言いますと、何匹かのラクネを川に落としてみれば、この膠着状態が動き出さないかなぁ、とは考えています」
私としても憶測が90%以上だから、声を大にして、とまでは行かないけど、希望的観測を提案する。
希望的観測で100人もの命を賭けることに、私だって躊躇いが無いわけじゃない。
でも、そうせざるを得ないぐらいに不確定要素が多すぎて、他に現状の膠着状態を打破する手は、“蒼焔”をラクネの上に落としてガルダとの第2ラウンドへ雪崩れ込むぐらいしか思い付かないんだよ。
ドネルクさんは意味を測りかねた様子で首を傾げる。
「何匹かだけを? あの大群の内のか?」
「・・・はい。南岸から戻ってくるときにラクネの生態を考察してみたんですが、ラクネには”生物が死ぬ瞬間が前もって分かる”のではないかと」
私がドネルクさんに頷き返せば、ドネルクさんは半口を開けて返す言葉が見つからなかったようで、ドネルクさんに代わってバルトロイさんが思案顔をする。
「ふむ・・・。予知というヤツか? 私は眉唾物だと考えていたが」
「・・・どういう手段で察知しているのかは分かりません。ただ、最初の襲撃のときも、叩き落としたガルダに集ってきたときも、ラクネが動き出したのは戦闘開始以降で、かつ、獲物が死ぬ前です」
私も眉唾物だとは思っているけど、否定しきれない部分が有ることも知ってるからね。
そこの整合性を取るロジックは観測された事実で埋める。
私の指摘を頭の中で検証したらしいバルトロイさんから、私の推論よりもさらに一歩踏み込んだ推論が返ってくる。
「生命の終わりを―――、いや。体内魔力の拡散を察知している可能性か」
「魔獣は魔力の動きに敏感なものだ。事実は実験か調査を続けてみないことには明らかにならんが、仮説としては有りだな」
なるほど。魔力か。
バルトロイさんの推論には、私だけでなくお母様も納得させられたみたいだね。
生物が体内に蓄えている魔力は、魔獣のように魔石として確たる形を持ったもの以外は死の訪れと同時に霧散するものと考えられている。
これは宗教的な思想ではなく、数百年、数千年と積み重ねられてきた結果の学術的な一般論だ。
霧散と言うことは、消滅ではなく拡散と捉えるのが普通だろう。
水だって蒸発して無くなるように見えるけど、消えて無くなるわけじゃない。
気化して空気中に拡散はするけれど飽和すれば凝結して水の姿に戻る。
魔力だって拡散してしまうだけだと捉える方が自然で説得力がある。
フリーズから復活したドネルクさんが対岸で蠢いているラクネの群れを目で示す。
「ラクネを川に落とすというのは?」
「・・・ああやって水際で立ち往生しているのは、誰に教わるでもなく川が危険だと知っているというか、生物としての本能だと思うんです。でも、獲物を諦められずにいる。それも生物としての本能ではないかと。我先に死体へ集ろうとする習性もまた生存競争を生き抜くための本能でしょう」
ドネルクさんの視線に釣られて対岸へ目を向けていたバルトロイさんが、推論を披瀝した私へと戻ってくる。
「相反する本能の狭間で揺らいでいると?」
「・・・はい。目の前で同胞が死ぬことで危険を避ける生存本能に傾くのか、それとも捕食者としての本能に傾くのか。どちらに転ぶのかは分かりませんが、膠着状態を崩すことが出来たら良いな? と考えています」
頷きつつ私の考えを聞いてくれたバルトロイさんに代わって、今度はドネルクさんが具体的な方法論へと焦点を移す。
初めての出征㊶です。
生態考察!
次回、事態収拾!?




