初めての出征 ㊷
「だが、どうやって奴らを川に落とす? 対岸まで200メテル以上は有るぞ」
「・・・大きな音を立てない攻撃方法なら有りますよ」
こうやって現実的な具体性を求めるドネルクさんの思考回路は指揮官らしいよね。
でも、その点は問題ないよ。
たかが200メートルぐらい、私にとっては遠いと言うほどの距離じゃないもの。
視力ではピーシーズのみんなにも勝てないけど、魔力の把握や掌握なら負けない。
自信を滲ませて答えればドネルクさんが目を丸くする。
「あんなところまで届くのか?」
「・・・距離が遠くなれば魔力制御の精度は落ちますが、届かせるだけなら3キロメテルはイケます」
私の自信が何を根源としたものかに理解を示してくれたのは、アンリカさんを質問責めにしたのであろうバルトロイさんだ。
「なるほど。“魔力の手”というアレか」
「3キロメテルもの距離で届く攻撃手段が有るのか」
ドネルクさんは驚いているけど、確実性を取って私は自己申告を控え目にしている。
今回のラクネ襲撃で確信したけど、私の探知範囲はさらに広がって4~5キロメートルぐらいまで届いていると思う。
今になって魔力を届かせられる距離が伸びたのではなく、以前から届いては居たんじゃないかな。
恐らくは、慣れによって私が知覚できる距離が伸びたんじゃないだろうか。
アクティブソナーが届くと言うことは、魔力が届いているだけでなく双方向で認識できていると言うことだから、魔力の手の発動も出来るだろうと体感している。
「・・・目に見えませんし便利ですよ? テレサの切り札として教えるつもりですから広められては困るのですが、ドネルク叔父様も覚えられてはいかがですか?」
「俺もか。しかし、俺は長く王都を離れるわけには行かんからな」
言い触らすなよ? と釘は刺したけど、死なれちゃ困るのはドネルクさんもバルトロイさんも同じだからね。
伝わってくれれば良いんだけど、と思えば、しっかり者の新婦さんたちがキッチリとツボを押さえに掛かる。
「王都へ戻られてからでも私がお教えしますから、ご心配には及びませんよ」
「そうか。では、エゼリア嬢を通じて俺も教わるとしよう」
落ち着いた男性であるドネルクさんには、隣で支えるエゼリアさんが付いている。
「バルトロイ様には私がお教えしますからね?」
「う、うむ。楽しみにしている」
暴走気味の魔法オタクには、上手く手綱を握るアンリカさんが付いている。
それぞれの新たな夫婦の関係性が形を持って見えてきた中で、実験を兼ねた膠着状態打破の作戦が始まる。
ピーシーズに作戦を伝え、ピーシーズから新人さんたちに周知する。
ピーシーズが指揮する部隊に与えられた役目はラクネの北岸上陸阻止だ。
私の予想が正しいなら、戦闘の主役は私たち人間ではなく自然界の食物連鎖になるはず。
「戦闘体勢のまま警戒待機!」
「「「「「はっ!!」」」」」
ピーシーズが指揮する声に槍を手にした指揮下の小隊から勇ましい声が返る。
第一ラウンドを勝利で飾った新人さんたちの返事からは力強い自信が感じ取れるね。
その自信から天狗になるようなら、ジアンさんという鬼の大先輩が右手の魔力の手に剣を握って「悪い子はいねえが~! イキッた子はいねえが~!」と、高くなった鼻を物理的にへし折りに来るだけだ。
どうへし折られるのかは、想像するだけでも痛そうだから考えないでおこう。
それはそれは美しい笑顔で「任せておけ」とジアンさんが言った以上、本気で「ヤル」のだろう。
「殺る」じゃないだけ手心が加えられていると、幸せと幸運を実感して欲しいものだ。
「・・・始めるよ!」
「「「「「はっ!!」」」」」
ナーガ川の豊富な水量に削り取られて3メートルもの高さが有る河岸に新人さんたちが陣取る中、ガルダという不測の事態に備えて魔力の手を6本だけ延ばす。
ガルダの生態で広く知られているものに、「獲物と見定めた相手をしつこく追い回す」というものが有るからだ。
その情報が本当なら、その辺の森に潜んでいて、隙あらば再び襲って来るはず。
もしもガルダが襲って来たなら、本日2回目のスクランブル発進も辞さないよ。
何たって、私たちのほとんどは育ち盛りで、しかも脳筋比率がとんでもなく高いからね。
今夜の晩ご飯だけじゃなく明日の分の鳥肉も確保してやる。
200メートル以上の川幅を難なく越えた6本の魔力の手は、南岸の河岸に覆い被さって大蜘蛛を掴み取る。
傍目には団子状態になったラクネが宙に浮いて移動してくるように見えている。
私の目にも、そう見えている。
「手」の中でモゾモゾと蠢いている感触が伝わってくるけど意に介さない。
むしろ、握り潰してしまわないように気遣ってさえいる。
活きの良いエサを放り込まれた水棲昆虫の覇者はどんな反応をするのか。
目の前で発生した“死”にラクネはどう反応するのか。
作戦会議で意見を戦わせた大人たちだけでなく、会議中はラクネの死骸を切り刻んで解剖して回っていたらしい魔獣オタクも興味津々でナーガ川を見つめている。
「・・・ホイッと」
数匹単位でラクネを掴んでいた魔力の手を川の流れの上で開くと、自由になったラクネが脚を大きく開いて落ちていく。
重力に引かれて自由落下する先は、南岸寄りの水面だ。
バシャバシャと着水したラクネは、驚いたことに意外なほどの速さで器用に泳いでいる。
「・・・はー。そう来たか」
虫には表情がないからどんな心理かは想像が及ばないけど、水に入ったことで逡巡を振り切ったのか目の前の南岸側へ戻るのではなく遙か先にある北岸を目指してくる。
全ての個体がだよ。
まさか、そこまで捕食者の本能の方が強いとは。
体は大きくとも、所詮は虫なのだという認識を強くする。
アレらを支配するのは本能で、思考や感情ではないのだろう。
そう認識した瞬間、1匹の蜘蛛が水中に沈んだ。
水面を波立たせていた根源の一つが物理的に消えたんだよ。
初めての出征㊷です。
始まった新たな作戦!
次回、淘汰!?




