精霊姫 ㉕
領主館内の静けさが、人が出払っていて緊迫した状況下であることをひしひしと感じさせる。
お母様に捕まって家猫化しているノーアは、領主執務室で缶詰状態のお父様とお母様を癒やす重要な任務が有るから再びお留守番だ。
状況が落ち着いたら、ノーアもゆっくり構ってあげないとなあ。
随伴するマーシュさんに見守られながら廊下を急ぐ。
「どうするの?」
「・・・手が無いわけじゃないんだけど、どうしよっか」
心配顔のルナリアに答える私も歯切れが悪くなっている。
答えは出ていないけど、迷っている時間的猶予も無い。
先ずは説得してみるしかないよね。
第1陣を対・第2陣の橋頭堡にすることになるけど、一定数の支持があれば反発されて不利な状況に陥っても踏み止まれるものでは有るし。
身も心も疲れ果てているところに労働を課して潜在的な反発の芽を生み出すのは怖いけど、やらざるを得ない。
「手って?」
「・・・宗教みたいな手口だから、あんまり使いたくない」
「宗教かあ・・・」
ルナリアが眉根を寄せる。
宗教と聞いてルナリアが連想したのは神教会だろうね。
口に出した私も同じ連想をするもの。
「・・・まあ、状況を説明して協力して貰う方向で行くよ」
「それしか無いわよね」
ルナリアも諦め顔で納得する。
使いたくないと自分で否定はしたけど、労働を課しても反発されない方法は有るには有るんだよなあ。
掌握した第1陣を第2陣の中に紛れ込ませて、勧誘させて順に教化していく手法だけど・・・。
教祖型の宗教組織や権力一点集中型の政治形態がよく使う手口だね。
第二次世界大戦の欧州で阿鼻叫喚を引き起こした、チョビ髭のオジサンが使った手法も同じじゃなかったかな。
あのオジサンの演説会は必ず夕方に行われたとか何かに書いてあったように思う。
仕事を終えた労働者が疲れているところに、壮大な演出と夕陽による視覚的効果と大きな身振り手振りと激しく感情的な煽動を組み合わせる。
心理学だったか何かでも、教化に効果的な手法だと分析結果が出たとか出なかったとか。
あんまり興味が無かったから真剣に読み込まなかったけど、何て書いてあったっけ?
宗教の手法だって似たようなものだったよね。
貧困や家庭内不和や子供の非行だとか、問題を抱えている心の弱った人を狙い撃ちにして甘言や救済を耳元で囁くのだったはず。
実際に、それらの手法に効果が有るから使用されるわけだ。
でもまあ、繰り返し刷り込む教化と同調圧力で狂信者を生み出すような、あの辺の遣り口は真似したくないなあ。
それって神教会や勇王国と同じになりそうだもの。
中庭を横断して厩舎側の出入口から屋外に出る。
「お疲れさまです!」
「ご苦労さま!」
私たちの姿に気付いた新人さんの敬礼にルナリアが軽く手を挙げて応える。
厩舎前を通り抜けて、監視任務に動員されている新人さんたちからの敬礼に私も小さく手を挙げて応えつつ、訓練場に足を踏み入れる。
およ? 訓練場の中では戻って来た私たちの接近に気付く人の数が少ないね。
監視任務中の兵員が何かに気を取られて人の接近に気付かないなんて、滅多なことでは起こらないものだ。
自分の命に関わる事態も有り得るのだから、注意散漫にはならないものだからね。
難民を取り囲んで監視している兵士さんたちや新人さんたちの横顔に困惑した表情が見えて、ルナリアも訓練場の様子がおかしいことに気付いたようだ。
「何かしら」
「・・・何だろうね」
傍を通り過ぎる私たちに気付いて慌てて敬礼を向けてくる兵士さんに頷いて返し、人垣を作っている新人さんたちの後ろを訓練場に置かれている訓示用の演壇の方へと進む。
難民たちが演壇の方を向いて地面に座り込んでいるのだから、最上位者のお婆様たちが陣取っているだろう上座は演壇だと判断できる。
難民たちは、みんな大人しくしていたようでホッと息を吐く。
それは良いんだよ。
良いんだけど、難民たちは何やら熱心に演壇の方を見つめていて、難民たちを監視している新人さんたちも呆気に取られたように演壇の方を見つめている。
私たちが戻って来たことに誰も気付かないぐらい演壇に意識を向けているのだから、私たちが妙な雰囲気だと疑念を覚えるのも不思議は無いだろう。
「・・・んん?」
誰かが演壇で難民たちに話しているようだけど、何を話しているのかまではハッキリと聞こえないな。
この声、ディディエさんかな?
演壇へ近付くほどに熱の入った声が明瞭に聞こえてくる。
精霊姫㉕です。
肉体言語以外の説得方法!?
次回、教祖型!?




