第二次ブートキャンプ ⑥ アンサンブルキャスト面
フレイアという型破りな娘のお陰で随分と丸くなったが、自分にも他人にも厳しいシェリアは元々こういう人だった、と、懐かしい思いでエルザが苦笑しているところへ、新たに扉がノックされる。
開いた扉から巨軀を屈めて潜るように入室してきたのはハインズだ。
すでに何らかの打ち合わせをしてきた後なのか、ハロルドとマルキオも一緒に入室してきた。
「おう、エルザ。引き留めて済まんな」
「いいえ。お気遣いなく」
武人らしいハインズの謝罪にエルザもニコリと笑みを添えて返す。
ただでさえ厳つい面立ちだったハインズが、左目を失う大怪我を顔に負って帰ってきたのは、エルザがシェリアの側近を辞することになった少し前のことだったか。
この傷のお陰でハインズは随分とあちこちで怖がられることになったと聞く。
ハインズほど厳つくないマルキオでさえ、顔を見ただけで子供に泣かれるとフレイアから逃げ回ったのに、フィオレはマルキオだけでなくハインズを相手にも平然と交渉するらしい。
それを思えばフィオレの度胸の据わり方には、尋常では無い器の大きさを感じさせられる。
人を惹き付けて引っ張る器の片鱗を見せたルナリアとは対照的で、フィオレは実務向きなのだろう。
楽しみなことだ。
あの二人の少女が手を取り合うならば、大抵の困難は軽々と乗り越えてくれるのだろうと信じられる。
全員が席に着き、女中たちが食器を運んできて朝食となった。
エルザが意識を逸らしている間にもハインズたちは互いに言葉を交わし、セリーナの一言で話題がエルザへと戻ってくる。
「教師の件、引き受けてくれるそうよ」
「そうか。人を導くには才能が要る。人柄も実力も、となると、そうそう適任者が居らぬでな。マルキオとシェリアが揃って推す人材ともなれば、尚のことだ」
「ご期待に添えるよう微力を尽くしますね」
当たり障りなく返したエルザに、頷き返したハインズの視線が据えられたままだ。
ここからが、エルザをハインズが引き留めた本題らしい。
「それで、だ」
「祝詞のときのことですね?」
分かりきった質問をエルザが先回りして口に出せば、ハインズだけでなく食卓に着いている全員が頷き返してきた。
それはそうだろう。
為政者として、また、領地と領民の守護者として、衆人環視の中で起こった得体の知れない現象を看過できるわけが無いのだ。
幸いなのは、騎士や兵士を含む領民たちが、あの現象を好意的に捉えていることだろう。
だが、現象の正体と発生原因は掴んでおく必要が有る。
掴むことが出来なかったとしても、推論を立て、対策できる備えはしておく必要があるのだから。
エルザは思考を巡らせる。
人間のいう生き物は、”未知”を怖れる。
その”未知”を利用するのは、神教会という”人を惑わす怪物”の最も得意とするものだ。
フィオレが神教会と対立する道を突き進むので有れば、情報戦を仕掛けられた際の対抗策は必須のものとなる。
”未知”を利用されたときに打つ手を誤れば、長年の信頼関係と統治そのものが崩壊する怖れさえある。
その状況を見据えて、今、エルザは有識者としての意見を求められている。
「うむ。アレをどう思う?」
「私も確たる答えを持っているわけでは有りませんが、ご想像の通りかと」
ハインズの言う「アレ」とは、祝詞の半ばから祭事の場に漂い始めた光の粒のことだ。
文献にも伝承にも前例にも無い現象の発生に、アレが何かと問われれば、推測されるものといえば一つしか無い。
「精霊か」
「恐らくは」
祈祷師を続けてきたことで一応は領内の“第一人者”とされるエルザでも、そう答えるしかない。
エルザの答えにフレイアを除く全員が唸り声を上げる。
残るフレイアは言葉を発さず成り行きを見守る姿勢のようだが、目が笑っている。
「精霊が姿を現すなど、エルフ族が滅んで以来だぞ」
「しかし、ここのところ、魔力が落ち着かぬとフィオレが言っておったのも事実だ」
深刻そうにハインズとマルキオが顔を見合わせ、ハロルドもまた深刻そうな表情で考え込んでいる。
ルナリアとフィオレが当代当主―――、事実上の次期当主だという事情を横に置いても、ウォーレス家とピーシス家の面々が、どれだけ子供たちの身を案じているかがよく分かる。
「フィオレの身に精霊が宿る理由に思い当たることは有るか?」
「特には。しかし、フィオレ様は森で半年間も過ごされていらっしゃったとか?」
マルキオの問いに答えはするものの、エルザにも理由付けできる材料は何も無い。
他者とフィオレに明確な違いがあるとすれば、森で暮らしていたことぐらいしか思い付かない。
エルザの指摘に、再びハインズとマルキオが顔を見合わせる。
第二次ブートキャンプ⑥です。
有識者会議!?
次回、才女!?




