第二次ブートキャンプ ⑤ アンサンブルキャスト面
シェリアの側近に就いている以上、なかなか戦場に出して貰える機会が無くて二人は不平タラタラだったが、結婚以前の騎士としての力量は、それぞれの夫よりも上だった。
若い騎士の卵たちを相手に、思う存分、暴れられるとなれば、喜び勇んで飛んでくるのは間違いない。
自身の衰えに懸念を抱くエルザをあの二人が補佐してくれるので有れば、何の憂いも無い。
「その辺りも含めて、しばらくフィオレに付き合ってやってくれ」
「承知いたしました」
事実上の領主夫人からの指名に、エルザは今度こそ迷い無く承諾を返した。
色々とフレイアの話を聞けば、利き腕を失って身を退いていたジアンの復帰で、フィオレが生み出した魔法術式の習得と自身の任務復帰を望む退役騎士たちが多く居るらしい。
確かにエルザの耳にも、それっぽい噂は入っていた。
エルザに驚きは無かった。
いや。「事実だったのか」という驚きよりも、「然もありなん」という気持ちの方が遙かに強い。
負傷で退役した騎士たちにも優れた戦闘技術を持っていた者は多いのだ。
戦が起こる度に、「この負傷さえ無ければ」と歯噛みする声も聞き続けてきた。
コーニッツ・ムーア戦でハインズとマルキオが現役に復帰したときには、我が身の負傷を呪う声も数多く聞いた。
再び剣を振り、戦場を駆ける術を得れば、そんな者たちが続々と現役に復帰してくることになるのは明白だ。
なれば、人材は有る。
教師陣に据える人員に不足が出ることはないだろう。
人材育成事業は、多忙を極めるハロルドたちの手で着々と根回しが水面下で進んでいて、「器」となる施設が用意できれば、直ぐにでも事業を始められるらしい。
エルザが看破した通り、この事業は国内を一丸とするための政治的な意図で、王家が後見してウォーレス家が運営することになるそうだ。
“融和派”の生命線を握るために王国東部地域の領地替えまで行われているともなれば、王家の本気度が窺える。
この、第三王女殿下の手柄として王家を巻き込む案を提示し、実際に国王陛下やカレリーヌ様や騎士団長閣下まで説得して見せたのがフィオレだと聞いて、エルザは戦慄する。
さらには宰相閣下も協力的で、国内各地の“融和派”も怪しい動きが見られなくなっているらしい。
フィオレという奇貨を得て、ウォーレス領は―――、いや。リテルダニア王国は、揺るぎない強国へと返り咲こうとしている。
フィオレの眼中には隣国カリーク公王国など入っておらず、6歳になったばかりの幼い身でありながら、野望を隠さない勇王国との激突を見据えている。
そのための神教会弱体化策。
本当に、何という子だろうか。
年甲斐も無く、エルザは血が沸き立つような興奮を抱いていた。
しばらくピーシス領内の近況などを話題に雑談していると、食堂の扉がノックされる。
見知った女中が開いた扉から入室してきたのはセリーナとシェリアだ。
エルザの姿を見つけたセリーナとシェリアが目を細めて微笑む。
「あら。エルザ、早いわね」
「おはようございます。久しぶりの領主館で緊張してしまいまして」
腰を上げて苦笑で返したエルザに、セリーナが申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「急なことで、ごめんなさいね」
「お気になさらず。直ぐに馴染むでしょうから」
「あら?」
サッパリとしたエルザの答えにセリーナは変化を感じ取った。
控え目に柔らかく微笑むのが常となっていたエルザとは、所作が違ったのだ。
ずっと昔にシェリアの後ろで控えて居た頃の雰囲気を身に纏っている。
エルザがシェリアの側近を辞して以来、疎遠になっていたが、セリーナからすると、エルザという元女性騎士は今の雰囲気の方が馴染み深い。
この変化の答えはフレイアからもたらされた。
「教師の件でな。治癒魔法術師になれたら引き受けてくれるそうだ」
「そう。ジアンの師が貴女だと聞いて驚いたのよ」
「昔のことです。あの子は才能も有りましたし」
のちにハロルドの長男ハーヴェイの側近に任じられたジアンは、セリーナとエルザに接点があった頃にはまだ生まれてもおらず、ジアンとエルザの関係をセリーナが知らなくても不思議は無い。
本心からのエルザの謙遜を軽く流したセリーナがニコリと微笑む。
「オーリアを育てたのも貴女なのでしょう? 期待しているわ」
「はっ。勿体ないお言葉です」
セリーナの笑みに圧力が有るのはセリーナの意図するところではなく、高貴な血を色濃く持っているセリーナに微笑みかけられれば、大抵の者は恐縮する。
生まれも育ちも騎士爵家のエルザとて、その例外ではなかった。
久しぶりの緊張の場にエルザがどうしたものかと心の中で脂汗をかいているのに、旧主のシェリアはセリーナの後ろでうんうんと微笑んでいる。
エルザの緊張にシェリアは気付いて居ないのではなく、「早く慣れろ」と無言で言っているのだ。
第二次ブートキャンプ⑤です。
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