精霊種 ㊵
「・・・い、良いことだよ。大切な人たちとは魔法を挟まずに話したいものね」
「そうだな」
同意を求めれば、表情を緩めたテツさんもうなずく。
ここで過剰反応を示したのはケイナちゃんだ。
「大切な人・・・」
ん? おー。乙女か。
まあ、乙女だよね。ケイナちゃんが赤くなってる。
テツさんが同意したのは、そういう意味じゃないと思うけど、そんな些細なものは恋する乙女には関係ないんだろう。
これだけ赤くなった今のケイナちゃんなら、たぶん、3倍速で動けるはずだ。
さーて、シカたちはどうしてるかな?
お母様たちもキャットウォークへ上がって来たし観測を始めよう。
「・・・む。見えないな」
囲いの底を覗き込んでみると、20メートル下の穴底は底無しの地獄を覗き込むかのような暗闇に塗り潰されていて何も見えない。
この穴の底に居るのは数十頭の魔獣で、比喩ではなく、この中へ落ちると地獄が待っている。
深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いているのだ。
実際に覗き返してくるのは雑食性のシカだけど。
しかしコレ、どうしよっかな?
「・・・お母様。暗くて見えないんだけど」
「どれ・・・? そうだな。月明かりも底までは届かんか」
ヒョイと囲いの内側を覗き込んだお母様も渋面を作る。
「“光”を底まで下ろしてみますか?」
「いや。下手に術式を近付けると攻撃され兼ねん」
一緒に穴底を覗いているエゼリアさんの提案にお母様は首を振る。
だよねぇ。
普段から“シカ”と呼んで、お肉としか思っていないけど、ウォーレス領においてバイコーンという魔獣は人的被害を出すことが有る危険な害獣なんだよ。
普通のシカみたいに冬場はエサが少ないんじゃないかと言われていて、事実、植物の活性が低い冬場の方が被害の出ることは多いらしい。
しかも、夜行性らしいから今は活性化している可能性が高い。
夜空を見上げれば、月は上ってきているけど冬場の月は軌道が低いからね。
今夜も満天の星空だけど、星明かりというものは月明かりよりも暗くて仄かなものだ。
「・・・月の光は角度的に厳しそうだし、星明かりも届かないかな?」
「いやぁ。逆に明かりを消した方が良いんじゃねえか?」
私の呟きに異論を返してきたのは穴底を覗き込んでいるテツさんだ。
ふむ・・・?
「・・・消す? あっ。逆光か」
「逆光? ああ。こちらが明るいから見えにくいのか」
テツさんの指摘にお母様も気付いたようだ。
明るい側から暗い側を見れば暗くて当然。
距離が近く照度の明るい側に瞳孔が順応していれば、暗い側はもっと見通せなくなる。
「・・・消してみよう」
私が“光”を消すと、私に倣ってみんなが“光”を消す。
森の木々に囲まれた周囲が濃密な闇に包まれて、切り拓かれて開けた上空だけが無数の星を抱いて瞬いている。
そんな暗闇の中、みんなで穴底を覗いている。
「どうだ?」
「・・・目が暗さに慣れれば、何とか?」
「暗いは暗いけど、何とかバイコーンの姿は見えるね」
お母様の確認に私が答えると、私と同じぐらいにしか見えていないらしいレイクスさんが同意する。
お母様も目を凝らしているところをみると、お母様も同じぐらいにしか見えていないっぽいね。
「何か昼間と変化は有るか?」
「・・・どうだろう?」
私たちは出荷作業の途中で地上へ下りちゃったし、出荷作業終了後の状態が分からないから何とも答えようがないな、などと考えていたら、横合いから答えがもたらされた。
「変わってないよ」
「・・・えっ? あ。お兄様」
魔獣に興奮して奇声を上げていれば、“ああ、居るんだな”と分かったのに、随分と静かだから居ることに気付いて居なかったよ。
「そうなのか? アスクレー」
「出荷で50頭まで減らして、今も50頭だから、変化ありません」
お母様の問いにアスクレーくんがスラスラと答える。
元々はあんまり自信が無さそうな態度が目立っていたアスクレーくんがシャキッと受け答えしていることにも驚くけど、それよりももっと驚くことがある。
「・・・お兄様、この暗さで見えてるんだ?」
「見えないの?」
不思議そうに返された!?
「・・・見えませんよ。ああいや、全く見えないわけじゃないですけど、数を数えられるほどではないです」
「そうなんだ?」
軽く流された!
アスクレーくんの目は覗き込んだ穴底へと向けられていて、瞬きも惜しむ感じに忙しく視線が動いている様子を見ると、些細な変化も見逃してなるものかという固い意志が窺い知れる。
「夜目が利くのは戦場で有利に働く。良いことだぞ」
「ありがとうございます。叔母上」
すごいぞアスクレーくん! お礼を述べつつもお母様さえサラッと躱している!
ちょっと苦手なところが有るらしいお母様を相手にしても、おどおどした感じがぜんぜんなくシャキシャキじゃん!
精霊種㊵です。
観測開始!
次回、仮眠!?
※ 遅刻です!




