精霊魔法というもの ⑲
「そうだな。神教会関係者だと知られれば、命の保証は出来ん」
「しかし、間諜を送り込んでくる可能性が高いんじゃないか?」
お母様が私の見解に同意して、ドネルクさんが思案顔になる。
諜報戦―――、いや。防諜戦かな?
ケイナちゃんたちが心配そうにしているけど、大丈夫だよ。
「・・・外交なんて正式な回答が全てでしょう。“ウチの間諜が言ってるから”なんて理由で戦争を吹っ掛けられるのですか? それならそれで、間諜を送り込まれる前提で待ち構えておくだけですよ」
「前提とは?」
ドネルクさんが真面目な顔で首を傾げる。
フッフッフ。
ウォーレス領を舐めて貰っては困るよ。
エルフ族とドワーフ族を得て、王国が完全体に進化した現実を教えてあげよう。
「・・・領内に“怪しきは監視せよ”と布告します。いざとなればウォーレス領の岩塩を買う領地にも協力を依頼することになるでしょう」
「ああ~。相互監視社会か」
私が提示した策に、黙って聞いていたテツさんが呆れた顔をする。
日本の戦後教育を受けてきたテツさんは、戦争に全力投球した日本の戦時体制を習っているはずだからね。
戦争を遂行するに当たって日本が国内に導入した“隣組”という制度がある。
数世帯を1グループとして、“苦しいときだから、ご近所さん同士で助け合いましょうね”という互助体制であると同時に、それは戦争を続けるための相互監視体制でも有った。
日本人ではなくなった私は、日本の戦時体制の是非を論じたりはしないけどね。
私は私の大切なものを守るためなら手段を選んだりしないよ。
先人たちが編み出した有り難い知恵の1つとして、使える場面が有るなら使わせて貰うだけだ。
ついでに、テツさんたちにも王国の現状を認識しておいて貰おうかな。
「・・・先の内戦時に実例がある通り、神教会との情勢がきな臭くなれば、向こうは王国を困らせようと塩の流通を絞ろうとするのでしょうね。元々、王国は塩と魔法道具の他に他国から輸入しなければならないものが無かったのですよ。ところが、今のウォーレス領は王国内の需要を賄えるほどの岩塩鉱床を領内に持っています。国外からの輸入が細って塩の流通に影響が出れば出るほど、王国内はウォーレス領の岩塩に依存することになります。ウォーレス領が“お願い”すれば、あっという間に王国内が巨大な監視網に早変わりしますね」
「岩塩を武器に他領を脅すのか・・・」
ドネルクさんは頭を抱えているけど、テツさんは面白そうにニヤニヤしている。
「・・・戦時体制に限った話ですよ? 強制力が有る手札を有効に使うのは当然でしょう。手札というものは、いざというときに使ってこそ効力を発揮します」
「それはまあ・・・、そうだな」
非常時の措置だと聞いてドネルクさんが、いくらか持ち直した。
一度社会に浸透したものは、平時に戻っても一定以上の機能を果たすんだけどね。
ポリコレだとかお利口さんな感じに邪魔されたくないから、そこまでは教えてあげない。
刃物を持った狂人の集団が家の周りをウロウロしてるのに、お花畑な倫理観なんて持ち出させないよ。
力尽くで黙らせてでも、私は自分自身と家族を守る。
「・・・神教会が間諜を送り込んで来るとして、ウォーレス領にも間諜は居ますし、何なら、カレリーヌ様にもご協力を仰ぎますが、西方諸国から最も遠いウォーレス領まで簡単に来られると思いますか? 来ることが出来たとして、領民たちが監視している中で自由に動けるとは思いませんし、領外へ逃げようとしても私が絶対に逃がしませんけど」
「祖母上の間諜は旧ジュノー王国民だからな。神教会の手の者なら喜んで始末するだろう」
ドネルクさんはカレリーヌ様のお孫さんだから分かるだろうけど、憎き神教会を叩き潰すためならカレリーヌ様自身が喜んで手を貸してくれるよ。
むしろ、そうさせてあげた方がカレリーヌ様はスッキリするはず。
ここまで話せば、ウォーレス領がどんな土地なのか、リテルダニア王国がどんな国なのか、テツさんたちにも分かって貰えただろう。
お母様が言ったように、エルフ族にとってウォーレス領ほど安全な土地はないんだよ。
テツさんたち1人1人の顔を順に見る。
「・・・そんなわけで、危なくなったらウォーレス領へ逃げ込めば良いよ。ウォーレス領には森と迷宮が有るから、冒険者がおカネを稼ぐ方法にも困らないし」
レイクスさんを筆頭にエルフ族の面々が安堵の表情を浮かべる。
身の安全だけじゃなく、食べていける算段も重要だからね。
テツさん一人だけは気になることが有ったようで首を傾げた。
「迷宮ってのは、死霊系のあそこか?」
「いいや。ほんの数日前に発見された迷宮でな。調査依頼を受け付けたばかりだ」
「ほほう? 儲けられそうな迷宮なのか?」
テツさんの確認にドネルクさんが首を振り、テツさんが食い付いた。
テツさんが懸念したのは“嘆きの迷宮”とかいうダンジョンのことだよね?
クズ魔石だけじゃ儲からないって冒険者から敬遠されてるダンジョンだったんだっけ。
私も一度行ってみたいなぁ。
テツさんに「儲かるか?」と訊かれたドネルクさんが、思い出したようにお母様へ顔を振り向ける。
「フレイア。持ち帰った体液はどうなったんだ?」
「加工実験の結果、凝固に成功したそうだ。何人もが摘まみ食いをしたが、体調を崩した者は1人も出ていない」
あっ。摘まみ食いしたの?
私も完成品を摘まみ食いしたかった!
凝固ってことは固体化だよね?
液状よりも固形の方が運搬に適してるから流通させやすいね。
これは本腰を入れて産業化させないと!
ドネルクさんとお母様だけが話を進めているものだから、テツさんが怪訝な表情で首を傾げる。
「体液? 凝固?」
「・・・砂糖だよ。砂糖。魔石も採れるし砂糖も採れるし、儲かると思うよ」
「砂糖!? 迷宮で砂糖が採れるのか!?」
目を剥いたテツさんが大いに食い付く。
砂糖生産というものは、地球の歴史上でも紀元前の時代から主要な産業の1つとして君臨し続けている。
甘いものは、数千年の時を経ても人類を魅惑し、カネのなる木で在り続けるんだよ。
ただし、カネのなる木でも収穫しなきゃおカネにはならないよ?
精霊魔法というもの⑲です。
完全体!?
次回、エンブレム!?




