エンカウント! ⑱
「新しい施策ですか?」
「・・・うん。関所を無くしたいと考えてるんだけど、マリッドさんはどう思う?」
「関所というと、ウォーレス領とピーシス領の領境ですか?」
反問してきたマリッドさんが眉根を僅かに寄せている。
あんまり前向きでは無さそう?
これは、さっきのお母様と同じ反応かな。
ぶつけ方がダイレクトすぎたかも。
マリッドさんはお母様と違って私の中身を知らないし、どこからどう説明したものかと頭を悩ませ始めたところへお母様が助け船を出してくれた。
「まだ案の1つとしてだから、早まって動くなよ? 治安を担う警衛と防衛を担う領軍で任務を分けて、巡回監視で治安維持に当たらせてはどうかと言い出してな」
「巡回監視だけを担わせる、ですか」
お母様の説明に全力で乗っかった方が良さそうだと補足を試みる。
「・・・領内のあちこちに置いた詰所を毎日巡回させて、領主側と領民側の距離感を近くさせれば、領民たち自身が防衛意識を持って犯罪者や間諜の監視をしてくれるんじゃないかと思って」
「領民自身が監視を行う・・・。それは面白い発想ですね」
思案顔で宙へ視線を飛ばしたマリッドさんが小さく頷いた。
微妙な反応だね。私の意図が本当に伝わったのかともう一度訊いてみる。
「・・・まだどうなるか分からないけど、どうかな?」
「私には判断が付き兼ねますが、領民による監視が実現するものならば、関所を置く意味は確かに薄れるでしょう」
あ。これ、伝わってないな。
どの辺りの情報を補足すれば良いものか私も掴みかねて、マリッドさんが口にした言葉を借りてみる。
「・・・関所を無くしてウォーレス領の領民もピーシス領の領民も同じなんだと実感できれば、旧領民も取り残されたなんて感じることは無くなるんじゃないかな」
「なるほど。その点に関しては賛成です」
マリッドさんは頷いてくれたけど、ダメっぽいな。
部分的には伝わったみたいだけど、仕切り直した方が良いかも。
お母様も同じように感じたのか話題を切り上げに掛かる。
「代官のお前にもまた意見を訊くことになるだろう。レティアへ呼ぶことになるかも知れんから、そのつもりで居ろ」
「はっ」
お母様の綺麗な棚上げにマリッドさんが了解を返した。
今はまあ、これで良いや。
それはそれとして、私が気になった辺りを確認しておくかな。
「・・・ところでマリッドさん。さっき、“領内においては”問題ないって言ってなかった?」
「そう言えば、そうだったな。何か有ったのか?」
言葉尻を捉えた私の問いにお母様も同調する。
「よく聞いていらっしゃいましたね。まだ“何か有った”とまでは言い切れないのですが、森で見慣れない魔獣の痕跡を見付けたと報告を上げた領民が居ります」
ニヤッと表情を緩めたマリッドさんは、すぐに表情を引き締め直した。
「裏が取れていないと?」
「・・・見慣れない痕跡?」
引っ掛かった部分は違ったようだけど、お母様と私が同時に首を傾げた。
聞き捨てならない情報じゃない?
今はウォーレス領とピーシス領にとって大事なときだよ。
魔獣対策も国家防衛の1つで、領民の安全は何よりも優先される。
気を引き締めてマリッドさんの報告に耳を傾ける。
「木の幹に付いた爪痕だそうです。結構、高い位置に付けられたものらしく、この後、確認に向かうつもりでした」
「―――ッ!!」
マリッドさんが口にした痕跡の特徴に息を呑んだ。
耳から入ってきた情報が頭に染み込むと同時に自分の眉間にググッと力が入るのを感じる。
「どうした? フィオレ」
私の表情の変化に気付いたらしいお母様に目を向けてから、マリッドさんへと目を向け直す。
同時に襲って来た血の気が引くような思いと頭に血が上るような感覚に困惑を覚えつつも、絶対に退けないと決意する。
「・・・それ、私も同行するよ」
「その魔獣が何なのか、心当たりが有るのですか?」
マリッドさんの真剣な目を真っ直ぐに受け止めてコクリと頷く。
「有る」なんてものじゃないよ。
心当たりだけじゃなく、正直、恐怖も有る。
この見えない手で心臓を鷲掴みにされたような体の反応が、私の心に刻み込まれた恐怖だろうことは理性が理解している。
でも、1秒ごとに頭の芯がカッカと熱を持って恐れを塗り潰していくのを自覚する。
落ち着け、私。
直感的に確信を持っては居るけど、まだ確定じゃない。
冷静じゃなきゃ勝てないぞ。
震える拳をギュッと握りしめて深く息を吸い込む。
出来るだけ静かに肺から空気を追い出して、再び深く息を吸う。
酸素の供給を得た脳細胞が少しだけ熱を冷まして思考がクリアになって来る。
「・・・確かめてみないと分からないけど、もしかすると、熊かも知れない」
私の予想が的中しているとするなら、発見された魔獣の痕跡とは熊が縄張りを主張するためのマーキングだろう。
体を大きく見せることで強さを主張する熊は、2足で立ち上がって木の幹の高い位置を爪で引っ掻く習性が有る。
爪痕が高い位置に有れば有るほど体躯の大きな個体だと示すことになるんだよ。
奴らにとって、体躯の大きさは個体の強さとイコールだから。
ハハッ。フィジカルに頼る下等なケダモノらしいモノサシだよね。
もちろん、野生動物の熊と魔獣の熊が同じ習性を持っているかどうかも私は知らない。
知らないのなら、知れば良いだけだ。
だから、見に行く。
知って、知り尽くして、今度は私が勝つ。
私の仇討ちだ。私の手で1匹残らず殺し尽くしてやる。
エンカウント!⑱です。
フィオレ、キレた!?
次回、情報整理!?




