エンカウント! ⑲
「まさか、イエーティですか? 東部地域以北が棲息域の魔獣ですよ」
「バンダースナッチだけでなくイエーティまで南下して来たとなると厄介だぞ。本格的に森で異変が起こっている可能性が有る」
私が提示した可能性にマリッドさんが目を瞠り、お母様が渋い表情になる。
イエーティって“鋼毛熊”だっけ。
針金みたいに硬くて長い毛が全身を覆っていて、剣では斬れないだとか聞いたよね。
槍や弓なんかの刺突武器は一応通るけど、折り重なった分厚い毛も層に阻まれて中々刺さらないとも聞いたはず。
それだけ分厚い毛の層で身を守っているのなら、打撃武器も利かないんだろう。
魔力の手で殴って効くかなぁ・・・。
タフなイメージが有るけど、不戦敗した私はまだ熊と戦った経験がないし。
物理攻撃が利かないなら魔法攻撃は? と考えてはいたけど、実際に試してみないことには何が効くかも分からない。
「ファーレンガルド領に出没したショージョーが姿を消したという情報が有りましたが、そちらとも関連が有るのかも知れませんね」
思案顔になったマリッドさんが首を捻る。
アスクレーくんが凹んで帰ってきたアレかぁ。
お母様も同じことを考えたようでマリッドさんに頷き返す。
「ああ。ファーレンガルド領から戻ったアスクレーがそんなことを言っていたな。ショージョーも本来は東部以北が棲息域だ。ファーレンガルド領にショージョーが出ること自体が珍しいんだが、イエーティの棲息域はショージョーよりもさらに北だからな」
「かなりのズレですね」
マリッドさんの感想にお母様が溜息で応える。
「道理でバンダースナッチがウォーレス領まで南下してくるわけだ」
「“圧迫”でしょうか?」
「その可能性は高いな。マリッド。付いて来い」
マリッドさんが導き出した推察に頷いたお母様が背中を向ける。
マリッドさんが即座に追随し、置いて行かれそうになったルナリアと私とノーアが後を追い掛ける。
「・・・どこ行くの?」
「北部と東部とも情報を共有しておく」
「・・・ああ。ドネルクさんとバルトロイさん」
地域の中心的存在のお二人が状況を把握していれば必要な手を打ってくれるよね。
お仕事モードに入ったお母様が大股で颯爽と歩き、ノーアの手を取ったルナリアがパタパタとお母様の背中を追う。
私もルナリアたちの追えば、マリッドさんたちが私たちの背後を守ってくれる。
馬列の半ばに居るドネルクさんとバルトロイさんは馬上に留まっていたけど、王国の武威を代表する英雄たちが顔を揃えていれば注目も集まる。
私たちが地上へ下りてきて“1号”の移動が終わったことが誰の目にも明らかになった今、野次馬の感心は滅多に近くで見られない英雄たちへと移っている。
そこへさらにお母様まで歩み寄ってきて王国の最大戦力が1ヶ所に集結すれば、大人しくしていても群衆の興奮は伝わってくる。
これが地球だったらスマホのカメラを構えた“何とか蝿”がブンブンと飛び回っているだろう場の空気を丸っと無視したお母様が、ドネルクさんたちの馬の傍で足を止める。
近く義兄弟になるマリッドさんとドネルクさんは、お仕事中だからか互いに小さく会釈を交わしただけだ。
「ちょっと良いか?」
「「・・・・・・」」
戦士の顔になっているお母様の表情に気付いたドネルクさんとバルトロイさんが、チラリと視線を合わせて同時に鞍から下りる。
騒ぎを大きくしたくないのか、お母様は多くを語らない。
軍事活動の中枢で指揮を執ってきたお二人も、情報保全の観点からか声を潜める。
「何が有った?」
「イエーティの痕跡が見つかった可能性が有る」
短く交わされた言葉にドネルクさんとバルトロイさんの表情も厳しくなる。
お二人とも“魔の森”の畔に領地を持つ家の子息だけ有って生態系の分布は頭に入っているみたい。
「この南部でか?」
「はっ。出迎えを終えた後、調査に向かう予定でおりました」
確認の意味でか目を向けたドネルクさんに、地元の代官で有るマリッドさんが追認する。
「真偽は未確定だが、押し出されてきた可能性を考慮した方が良かろう」
「“圧迫”か。魔の森に面した各領地に警告を発した方が良さそうだな」
「ファーレンガルド領でも魔獣騒ぎが起こっていると聞いたが、それが原因か」
お母様の意見にお二人が唸り、ついさっきも出ていた単語にルナリアが首を傾げた。
「“圧迫”って何?」
「強い魔獣が現れたときや一部の魔獣が大量発生した際に、弱い魔獣が本来の棲息域から押し出されて南下してくることが有るんだ」
ルナリアの問いにドネルクさんが答えをくれて、バルトロイさんも補足を入れてくれる。
「そう言った場合、普段出ることのない強い魔獣が出ると、余力のない領地では対応できずに被害が大きくなるのだ」
「・・・なるほど。道理だよね」
過去にもそんな現象が起こったことが有るという話は、授業でも教わった記憶が有る。
弱い魔獣への対抗手段しか持たない場所に強い魔獣が現れれば、そりゃあ被害は大きくなるだろう。
「杞憂なら良いんだが、事が起こってからでは遅い」
「ファーレンガルド家からも状況を訊きたい。私はこのまま森に沿って警戒を呼び掛けつつ北上することにしよう」
バルトロイさんとは、ここでお別れか。
今のバルトロイさんは王家の治世を守る特務魔法術師だし、担当エリアが広いんだろう。
お母様は森へ入るつもりみたいだから、当然、私も一緒に行くよ。
ドネルクさんはヤレヤレといった感じで肩を竦めた。
「俺はまだ王都へ戻れそうにないな。取り急ぎ王宮へ知らせを出す」
「早馬を用意します。一旦、領主館へ向かいましょう」
「助かる」
マリッドさんの提案にドネルクさんが自分の馬へと向かう。
一方、バルトロイさんは馬ではなくアンリカさんの傍へと向かう。
お別れの挨拶をしに行ったんだろうけど、大きな問題っぽいから、すぐにまたウォーレス領へ来ることになるんじゃない?
それにしても、新領地の領主館かぁ・・・。
私、旧コーニッツ領の領主館って来たことがないんだよね。
旧ムーア領の領主館みたいに悪趣味じゃなければ良いけど、お仲間だったんだし期待薄だろう。
成金みたいな金ピカゴテゴテの館を「コレ、お前の家なー」なんて渡されたら嫌だなぁ。
エンカウント!⑲です。
お仕事モード!
次回、作戦!?




