生態系の覇者 ㊶
遅々とした歩みと言っても足の長さは10メートルもないからね。
胴体のコンニャク板部分に階段が到達すれば踏み段1段を作るのに必要な体積は一気に少なくなる。
斜めになった平面の上に三角錐を寝かせて水平な踏み段を作るだけだもの。
転落する危険がなくなれば手摺りも必要ない。
アスクレーくんたちが集まっている尻尾の先は“2号”の下腹部辺りで人体で言えばおヘソの下ぐらいの位置だから、今度は三角錐をニューッと延ばして“2号”の体の中心線まで横移動する必要が有る。
5段分の三角錐をまとめて延ばしながらアスクレーくんたちの人集りへ近付いて行く。
ここまで近付くと甘く香ばしい匂いは地上で嗅いだものよりももっと強い。
ドラゴンフライは体液に糖分を蓄えているのだろうと確信する。
本当に何で糖分なんだろう?
大自然に生きる生物には、環境に適合して特殊な身体構造や器官を持つに至った種は多く居る。
ドラゴンフライが持つ特殊な器官と言えば、“雷蜻蛉”の名前が付けられる由来となった放電器官だろうか。
地球にだってデンキウナギみたいに発電細胞を持つ生物は居たから、ドラゴンフライも同様の器官を体内に持って居るんだろう。
デンキウナギは近付いた獲物を感電させてから捕食するんだっけ。
ああ、そうだ。デンキウナギと言えば、獲物を感電させるときに自分も一緒に感電しているらしいよ。
ネット掲示板の生物板に書き込んで有った返信だから、どこまでが本当のことだか信憑性は自己判断なんだけどね。
パソコンのモニター画面に「自分も感電するんかーい!」とツッコんだから記憶に残ってる。
そこで、ハッと気付く。
ドラゴンフライも感電するのだと仮定して、だから糖分?
もしかして、砂糖が電気を通さない非電解質だからかな?
感電したときに自分自身の体内器官や身体機能を守るために体内で糖分を生成してる?
だとすれば、ドラゴンフライが放電したときに、事実上、自分自身は感電していないに等しいことにならない?
興味深いな!
凶暴で獰猛な魔獣が面白生物だった可能性に興味は尽きないけど、交渉の時間だ。
人垣に接近して声を掛ける。
「・・・ハイ、ちょっとごめんなさいよ~」
「お? 何だ何だ?」
私たちの接近には大穴の縁に立ったときから気付いていたくせに、ドネルクさんは驚いたように装ってみせる。
目が笑っているから巫山戯ているだけだろう。
「・・・斜めになった足下じゃ危ないから水平な足場を作りに来ました」
「ふむ。それは助かる」
ドネルクさんと私が話し始めてから接近に気付いたらしいバルトロイさんは、私が伝えた用向きだけを額面通りに受け入れた様子で頷いている。
ドネルクさんもバルトロイさんも王家に近い公爵家の長男で全く同じ立場だったはずなのに、ずいぶんと反応が違うね。
こうも違った反応を示すのは、お二人の性格の違いが表れているんだろうか。
恐らくはフィジカル担当で、ぶった切る役目を引き受けたのだろうドネルクさんが肩を竦める。
「足を滑らせそうで剣も振れなくてな。どうしたものかと相談していたところだ」
「・・・お兄様。どの辺りまで足場が欲しいですか?」
慎重な判断をしていたドネルクさんのボヤキに頷いて返しながら、バルトロイさんと同じタイプなアスクレーくんに希望を聞いてみる。
「こう、尻尾の周りを取り囲むように用に、胸の辺りまで欲しいかな」
私の問い掛けに、アスクレーくんは伸ばした左腕の周りを右手の指先でクルッと囲んで見せる。
ははぁ。造船ドックみたいな深い“コ”の字に足場を作れと?
全身の断面図でも描き取るつもりかな?
全長で20メートル以上有る死骸の両側に足場を作るとなると、総延長は50メートル近くになりそうだなあ。
時間が掛かりそう、と考えたのはお母様も同じだったようで、即座にダメ出しが入る。
「待て待て、アスクレー。全体の解剖なら上でやれ。危険度が未知数な場所でするな」
「はぁい・・・」
お母様に叱られてアスクレーくんが、しゅんと小さくなる。
お母様が指摘する通り“2号”の上は事実上ダンジョンの内側で、危険度は未知数と言うほかない。
そんな場所に戦力外のアスクレーくんを置いておくわけには行かないし、気が休まらなくて護衛に就いてくれている周囲の負担が大きすぎる。
ド正論もド正論なんだけど、ヤル気を出して社会復帰の姿勢を見せた引き籠もりが、新たな挫折で引き籠もりを悪化させても困る。
可哀想だから萎れるアスクレーくんの耳元で入れ知恵をしてあげよう。
「・・・お兄様、お兄様。この蜻蛉の親玉は加熱調理されちゃっていますが、上にある子分たちの死骸は獲れたてピッチピチで新鮮ですよ? 生の方が解剖に向くのでは」
「ハッ。それもそうだね。なら、こっちのは魔石を取り出すだけにするから、尻尾の先の辺りにだけ両側に足場を作ってくれるかな」
そうそう。解剖対象は地上に山ほど有るんだよ。
この場所じゃダメなら違う場所でやれば良いだけだ。
解剖してドラゴンフライの身体構造から効率の良い弱点を見つけ出せれば、領軍全体が知識の恩恵に預かれる。
解剖を含めた研究の必要性は私も認めるところなんだから、落ち込む必要なんて無いんだよ。
「・・・分かりました。じゃあ、ちょっとだけ場所を空けてくださいね」
「うん!」
いやぁ。良い子、良い子。
素直に頷いて私と場所を代わってくれたアスクレーくんが魔獣から離れて、空いたスペースに私は自前の魔力で土を生成して踏み段を伸ばす。
一度設置したら制御を奪われて二度と動かせないだろうから、設置場所を再検討してみる。
魔石を取り出すとして、どう切開するんだろう?
どの辺りに心臓が有るか切開してみないことには分からないから、竹みたいに縦割りにするのかな?
だったら、アスクレーくんのリクエスト通り、“コ”の字に足場を置くのが作業しやすいのかも。
ちゃんと考えられた上でのリクエストだったと納得する。
尻尾の両側だけでなく、先端部分で作業をする人が居る場合にも安定した足場は欲しいだろう。
尻尾の先の膨らんだ部分を取り巻くように、階段状の足場を設置する。
私が真面目に作業しているというのに、本人の真後ろで外野が何やら噂話をしているのが聞こえてくる。
生態系の覇者㊶です。
面白生物!
次回、スイーツ!?




