2つの魔剣 4B
○次話は2つの魔剣5Bになります。
○クライストからの誘いを断ったイレイン。そこへ、ウェルム王宮騎士団長が現れて・・・
「ごめんなさい、私やっぱり・・・街の人のお手伝いもしなくちゃいけないし・・」
そう答えると、クライストはちょっとだけ残念そうな表情をした。
「そっか。それじゃあ仕方ないね」
「ごめんなさい・・・」
「はは、いいよそんな。気にしないで」
クライストは私に笑いかけた。ランスロットはといえば、どことなく安堵した顔をしている。
「でも、また誘わせてよ。誘うだけなら、いいよね」
それなら・・と私はうなずく。
「ありがとう。じゃ、またね」
明るくそういって、クライストは去っていった。ランスロットのため息が、背中に聞こえた。
「・・・賢明な判断だ」
振り返ると、ランスロットはそういった。クライストが去っていったほうを険しい顔で見つめている。
「だけどちょっと申し訳ないことしちゃったかも・・せっかく誘ってくれたんだし」
「・・お前は本当にお人よしだな」
ランスロットがひとつ息を吐いた。
「信頼のできない男とふたりで出かけるなど・・自殺行為にもほどがある。
危険な目にでもあったらどうするんだ」
「でも、いざとなったら自分の身を守ることくらいはできるし・・」
そういいかけて、だが、試験前夜のことを思い出す。あのときは恐怖で動けなくなってしまった。
騎士団内ということもあって、気を抜いていたのもあるとは思うが・・・。
「いくらお前が腕に自信があっても、何かあってからでは遅い。特にあいつは・・・どうも普通の者ではなさそうだしな」
ランスロットの言葉に、私はカーニバルのときのクライストを思い出す。
蒼く発光する特殊な武器を持ち、そして不思議な力でライオネスの怪我を一瞬で治した。
こちらに敵対するつもりはないにしても、自らのことは一切話さない謎めいた男・・・。
・・・確かに・・そんな人にほいほいついていくなんて、ちょっと軽率といえばそうだったかも・・
「しかし、あの男、どこかで・・・・」
「え?」
ランスロットが考え込むようなそぶりを見せて、私は思わず彼を見上げる。
「知ってる人なの?」
「そういうわけではないのだが・・・・」
じゃあどういうことなのだろう。納得いかずに沈黙する彼を見上げていると、ふいに後ろから野太い声がかかった。
「まったくひどい有様だな。地方騎士団は一体なにをやっていたんだ」
「!?」
私がそちらを向くより先に、ランスロットが声の主に視線をうつし、返事を返す。
「・・・・・・・・父上」
私とランスロットの目の前には、ウェルム王宮騎士団長が立っていた。
きらびやかな飾りのついた豪勢な鎧に、上質な布でつくられているのであろうマント。
背はランスロットより頭ひとつぶんくらい高く、がっちりとした体つきだった。
ショルダーガードの効果もあるのだろうが、肩幅も異常に広く、通りにいるだけでかなりの存在感だ。
ランスロットと同じブロンドを後ろになでつけ、顎には貫禄たっぷりのひげがたくわえられている。
「・・・久しぶりだな。イレイン」
ウェルム団長はお腹の底に響くような声で私に言った。
ウェルム団長とは、私は幼い頃に会ったことがあった。13歳になるまでは、私はランスロットとともに
王宮騎士団で暮らしていたからだ。
「・・・おひさしぶりです・・・ウェルム団長」
私は頭を下げた。ウェルム団長はふっと鼻で笑って、私の姿を上から下まで眺めた。
「・・・お前のような小娘がまさか正騎士に認められるとはな。地方騎士団もだいぶ落ちたものだ」
「っ・・・」
思わずむっとするけども、言い返すこともできない。何しろ、相手はランスロットよりもさらに上の腕をもつ双剣術の創始者なのだ。
「まあ、せいぜい街の平民どもと馴れ合っているがよい。地方騎士団など、所詮烏合の衆に過ぎぬのだからな・・・。
・・・さて、ランスロット」
「・・・はい」
ウェルム団長がランスロットに話しかける。ランスロットもおそらく父親の言い分に反論したいに違いない。
だけど彼は何もいわずに、ただ彼の呼びかけに返事を返すだけだった。
「・・・わしはこれからラルズ宰相のところへ行く。お前も来い」
「し、しかし・・・」
ランスロットが私を見る。見上げた私と目が合った。
「命令だ。愚民どもと遊んでいる暇があったら、ユリア様のご機嫌伺いにでも来たらどうなんだ」
ユリア様・・・?
初めてきく名前だった。ランスロットはしばらく逡巡していたが、やがてあきらめたように言った。
「・・・・わかりました」
「それでいい。ユリア様もお前が会いに来ないから大層さびしがっておられるようだ。ねぎらってやれ」
ウェルム団長が行くぞ、と一言いい歩き出すと、部下の王宮騎士たちがぞろぞろと後に続いた。
「イレイン、すまないな」
ランスロットが私に謝る。私は笑いかけた。
「仕方ないよ。私は大丈夫だから。またね」
「・・・ああ」
ランスロットは少し名残惜しげながらも、マントを翻してウェルム団長を追いかけていった。
私はそのあとも、街の人たちの手伝いを続けた。
やるべきことはたくさんあった。王都中央の大きな道以外は、がれきに埋もれたり道が壊れて足場が悪いところもある。
瓦礫の撤去や、壊れかけた家の修理等々、街の人と協力して作業をこなしていく。
汗をぬぐいながらふと空を見ると、すでに日が傾きかけているところだった。
夕食の準備をしているのか、無事だった家々からは食事の匂いが漂ってくる。
「今日の作業はここまでにしようや。暗くなったら、足場も手元も見えにくくて危ないからな」
一緒に瓦礫の掃除をしていたおじさんが言って、皆が次々と家路につく。
私も皆にお疲れの挨拶をすると、夕暮れの中騎士団本部へと歩きだした。
「結構疲れたなあ・・・・」
つぶやき、肩を上下させる。瓦礫を片付けるだけの作業でも、結構な力がいった。
腰に下げている双剣も、軽めにはできているものの、体が疲れるとずしっと重く感じる。
お腹もすいてきたが、とりあえず部屋にもどって休みたい。
私は本部の門をくぐり、自室へと向かった。
自分の部屋のベッドで少し休んだあと、お腹もすいてきて食堂へと向かう。
今日の夕食はパンと豆のシチューだった。
「おやイレインちゃん、お疲れ様。いっぱい食べてね」
まかないのおばさんが、パンをひとつおまけしてくれる。
「ありがとう、おばさん」
おばさんは笑った。
「いいのよこれくらい。ライオネス様なんて、追加注文が多すぎて申し訳ないけどさっきお断りしたとこなんだから」
ライオネスってば・・・
体が大きいだけに食べる量も多いのだろうが、食べていい量は決められている。
そうしなければ他の団員まで食事がまわらないからだ。当たり前のことだが。
木の長テーブルと使い込まれた椅子が並ぶ食堂を見渡すと、ライオネスが奥のテーブルで食事していた。
相変わらず豪快な食べっぷり・・・
食事を持って彼の近くにいっても、一心不乱に食べていて気づきもしない。
向かいに座るとようやく顔をあげた。
ランスロットはあんなに綺麗に食べるのに・・この雲泥の差はなんだろう・・
「・・・・何じろじろ見てんだ」
私がライオネスの顔を見つめると、彼は不機嫌そうに返して来る。
「おかわりが多すぎて、っておばさん困ってたよ」
「あのな、俺の食事が足りないのは今に始まったことじゃねえ。仕入れる食材を増やしゃあいいだろうが」
「ライオネスひとりのために増やせないよ!ワガママだなあ」
ライオネスはふんと鼻を鳴らした。
「だいたい、地方騎士団におりる資金が少なすぎんだ。王族や貴族連中が横取りしてるからな」
私は息を呑んだ。
「そ、そんなことあるわけ・・・というか、ライオネスだって名門貴族の出身・・・」
「んなクソな肩書き、お前にくれてやってもいいぜ。平民だの貴族だの・・くだらねえ。生まれで人を決めるなっつーの」
「・・・・・・・・・・・・・」
テーベにはいなかったから知らなかったのだけど、王都やシャロームには王族や貴族とよばれる特権階級の人たちがいるらしい。
王族は言わずもがな、王国の政治に関わる陛下の一族で、貴族は王族の遠縁に当たる・・ってことみたい。
昔ランスロットから色々説明されたような気がするんだけど・・難しくてよくわからなかったんだよね・・
「あーあ、やっぱ足りねえ。酒場にでもいって食うかな・・」
ライオネスはぶつくさいいながらもまた食事をはじめた。
私もとりあえずは椅子に座り、パンをちぎる。とふと、ライオネスが手を止めてこちらを見た。
「?なに?」
彼は口の中のパンを飲み込んでから、面倒くさそうに口を開く。
「・・・今日夕方、街で兄貴に会ったんだけどよ」
「ランスロットに?」
いつだろう?ウェルム団長と一緒に行って、帰ってきてからのことかな?
「お前、クライストの奴に誘われたんだって?」
「!・・・・えっと・・・」
ランスロットが言ったのなら、ここで隠しても仕方ない。私はとまどいつつもうなずいた。
「物好きがいるよなあ。あいつ見るからに女好きだが、誘うならセレだろうなと思ってたのになあ」
「物好きって・・・」
「お前があいつに変なことされねえように見張れって言われたぞ。ったく人をなんだと・・・」
ランスロットが・・・
ランスロットの心配そうな瞳を思い出して、私はうつむいた。
『しかしあの男・・どこかで・・・』
同時に彼が言っていた台詞も頭に浮かぶ。ランスロットはクライストを見たことがあるのだろうか。
「お前ももうちょっとしっかりしろよ。兄貴の野郎も過保護だが、てめえがふらふらしてんのにも原因があると思うぜ」
「ふ、ふらふらなんかしてないよ!」
「どーだか。なんか危なっかしい感じなんだよなあ。試験の前の夜だって・・・」
「・・・・!」
私の表情に気づいたのか、ライオネスは目を見開く。気まずそうに視線をそらした。
「・・・わりい」
「ライオネス・・・。・・・・いいよ。もう過ぎたことだし・・」
平然を装って言ったが、彼は首を振った。
「・・・いや・・悪かった。失言だったな」
彼はそういいながらほぼ空になったシチュー皿をスプーンでかきまぜた。
「・・・・・・・・・兄貴には、そのことは言ってねえから、安心しろ」
「ライオネス」
「もしあいつが知ったら、犯人殺しかねねえからな」
そういって彼は最後の一口をすする。その言葉に私はパンを食べる手を止めた。
「ま、まさかあ・・・ランスロットがそんなこと・・」
「わっかんねえぞ。あいつなら・・。まあともかく、警戒することにこしたことはねえ」
ライオネスは最後のパンにかぶりついた。もぐもぐさせながら意味ありげな瞳で私を見つめる。
「普通の男なら兄貴の心配性ですみそうだが、今回はそういうわけにもいかなそうだからな」
「それって・・クライストさんが・・・?」
ごくりと飲み干して、ライオネスはうなずいた。
「どう考えても怪しいだろ。団長が監視を解いたって話だが、正直俺には理解できねえ」
私はカーニバルのときのクライストを思い出した。
光を放つ謎の剣・・・ライオネスの傷を一瞬でなおしたあれは・・・一体・・・
「・・まあ、傷なおしてもらった身としちゃあ、感謝する気持ちがないわけでもないけどよ・・・」
あのあと、クライストはライオネスはじめセレさんたちにも質問を受けていた。
だけど彼は笑ってはぐらかしているだけだった。
信頼に足らないといっても、仕方がないといえば仕方ないのかもだけど・・
ただ、救護室で、子供たちの面倒を見ていた彼の笑顔を思い出すと、悪人とはいいきれない感もした。
「不思議な、人だよね・・・・」
「ああ。本当のところどうなのかはわからねえ。だけど、注意はしておいたほうがいいと思うぜ」
「う、うん・・・」
ライオネスが厳しい表情で言う。私はその勢いに押されるようにうなずいた。
「あー、もう終わっちまったぜ。じゃ、俺はこれからまた食ってくるわ」
まだ食べるんだ・・・
パンもシチューも結構な量だった気がするが。私が立ち上がったライオネスを見上げると、彼は人差し指をびっとつきつけた。
「な、なに?」
「・・・いーか、くれぐれも夜ひとりで出歩くんじゃねえぞ。俺の仕事増やすな。わーったな」
「なっ・・・そんなこと言ったらどこにもいけないじゃない!」
鋭い目で睨みつけられて、内心びくびくしながらも言い返す。
「馬鹿が。子供は寝る時間なんだ。さっさと飯食ったら寝ろ!」
「子供じゃないってば!」
「うるせえ!」
言い合いしながらもライオネスはさっさと食器を片付けて食堂を出て行ってしまった。
「もう・・・」
私はむくれながらもスプーンを手に取る。暖かかったシチューは既にさめかかっていた。
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