2つの魔剣 5A
○次話は2つの魔剣 6Aとなります
○朝稽古場に向かうと、クライストが失踪したという話を聞かされる。気がかりに思いながらも双剣を鍛えに鍛冶屋にむかうイレイン。そこで店主から奇妙な噂を耳にして・・・
それから数日が過ぎたある朝のこと。
休日、私は街の鍛冶屋に出かけるため、部屋を出て本部入り口へと向かっていた。
階段を降りたところで、稽古場のほうをふと見ると、セレさんの後ろ姿が見える。
あ、セレさんだ。・・・・・?
セレさんはうつむいて額に手を当てていた。なんだか悩んでいるような感じで、声をかけるのを一瞬躊躇してしまう。
そして、セレさんの向かい側にはトリスタンがいた。
トリスタンはセレさんの肩に手をおいて、まるで慰めているかのように優しく叩く。
ええ・・・。あのふたり・・・
朝早いともあってなのかわからないが、稽古場には珍しく2人以外誰もいない。
私はとっさに壁に身を隠す。体が勝手に動いていた。
別に声をかけてもいいんだけど・・・あの2人がこれから何するのか・・なんだか気になる・・・。
「そう落ち込むなよ、セレ・・・」
トリスタンの言葉に、セレさんは首を振った。
「いや、あれは私の責任だ・・。私がもっと、あいつから目を離さなかったら・・・」
あいつ・・・?
「お前ひとりの責任じゃない。もともとあいつの監視を団長から頼まれてたのは俺でもあるしな」
トリスタンはひとつ息をつく。それから短く刈り上げた栗毛の頭をがりがりと掻いた。
「それにだなあ・・俺らが束になって引きとめたところで・・あいつ・・クライストは手に負えるような奴じゃないと思うぜ」
どきり、と心臓が鳴った。
あいつってクライストさんのこと・・・?あれからずっと目にはしなかったけど・・
彼がどうしたんだろう。
あの出来事から今日まで、私はクライストの姿を見ていなかった。
「・・・そうやって言い逃れをするわけにもいかないだろう。事実は、どうであれ」
セレさんはそういって自らの足元を見つめている。後姿だから見えないが、きっと苦しそうな顔をしているのかもしれない。
「セレ・・・・」
「情けないっ・・・。当身をくらわされて、気を失うなんて・・・そのすきに奴は逃げ出した」
逃げた・・・クライストさんが本部から逃げ出したってことなの・・・?
セレさんは拳をぐっと握り締めた。悔しさにひたすら耐えているような感じだった。
トリスタンはそんなセレさんを何も言わず、じっと見つめた。しばし、稽古場に静寂が満ちる。
やがてトリスタンの方から、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・。お前のそういうところ、俺は嫌いじゃないが・・・・・」
「トリスタン・・・」
セレさんが顔を上げる。トリスタンはセレさんの顔を見て目じりをさげ、ちょっとだけ微笑む。
「・・・もっと肩の力抜けよ。今は、これからのことを考えるべきだって、グレッグ団長も言ってたぞ」
「父さんが・・」
「あいつが直接、クレールに対して脅威になるかどうかってことは、まだわからない」
「だけどもしものときには俺たちが今度こそ、出来る限り善処すればいいだけのことだ」
「トリスタン」
「今は・・・後悔するときじゃない。だろ?」
トリスタンがうなずいて、セレさんの肩を再び叩いた。
「・・・・・・・・・。・・・そうだな・・」
セレさんはうつむいたけれど、やがて再び顔をあげ、深くうなずいた。
「それに今日からフランチェスカに行くんだろ?沈んだ顔してちゃ、船まで沈むぞ」
「縁起でもないこと言うな」
「悪かった」
セレさんに言われてトリスタンは笑う。つられてセレさんもまた、笑ったようだった。
なんだかいい雰囲気・・つきあってるっていうのも・・あながち嘘じゃないのかも・・。
トリスタンの意外な姿を見て、そう思った時。
お尻のあたりを触られたような感触がした。ぞわりと背筋が粟立つ。
「かわいこちゃん、こんなところで何してんの?」
同時に背後から知らない男のだみ声が聞こえた。
思わず顔をしかめる。まただ。逃げ出してしまいたい気持ちを抑えながら、私は思い切って振り返った。
見たことのない男だった。いでたちからすると、騎士よりも傭兵だろう。人数調整のために雇われたのかもしれない。
キッと睨みつけると、面白がっているのか馬鹿にした笑いを浮かべている。
「剣なんかぶらさげてるようだが?まさかあんたも騎士団員ってこたあねえよな?」
「・・・だったら、どうするの?」
「へえー、威勢いいじゃねえか。それぐらいのほうが相手にし甲斐もあるってもんだ」
男は来いよ、といって私の腕をとろうとする。私は咄嗟にその腕をつかみ相手の懐に飛びこむと、そのまま身をかがめて背負い投げた。
腕力の弱い女性でも相手を撃退できる技で、ランスロットが私に教えてくれたものだ。
「ってえっ!!」
男が石の床にしりもちをつく。まさかの不意打ちだったか、彼は怒りの表情で私を見上げた。
「この女あっ!!」
「そこまでだ!」
はっと振り返ると、トリスタンとセレさんが立っていた。
トリスタンが男の腕をひねりあげて、観念させる。団長の部屋へ引きずられていく男を見ながら、セレさんは私に言った。
「イレイン、よくやった」
「セレさん・・」
まだちょっとだけ、腕が震えていた。体がほぼ勝手に動いたのは、これまでの訓練の賜物だろう。
恐怖感はぬぐえない。だが、これまでのように誰かに助けてもらうばかりではいけないと思った。
「大丈夫か?」
セレさんの気遣いに、私は唇を結んでうなずく。
「・・・平気です」
そう答えると、セレさんは私の震える腕をそっと取った。
「・・・私にも、お前のようなときがあった」
「セレさん」
セレさんに優しい顔で微笑まれ、いつのまにか怖い気持ちも薄れてくる。
「誰でも最初から強くなれるわけではない。少しずつでも勇気を出して前に進めばいい」
「・・・ありがとう、セレさん」
私はセレさんにお礼を言った。セレさんはうなずいて私の腕を離してくれる。
腕の震えはもう、止まっていた。
「・・・さて、そろそろ準備をしなくては・・・」
セレさんがつぶやいて、私ははっと我に帰る。
「セレさん、今日からフランチェスカに行くってホント?」
思ったことがそのまま口から出ていた。セレさんが目を見開いた。
「どこでそれを・・・」
「あ・・・さっきその・・・トリスタンと話してるのを聞いちゃって・・」
「ああ・・・」
セレさんはぽりぽりと頬を掻く。なんだか少し照れているようにも見えた。
「フランチェスカの私設警備隊から要請があってな・・私とあと数人が出張することになっている」
「そうなんだ・・・どれくらいかかるの?」
セレさんがいなくなると、少し心細い感じもする。私はうつむきながらセレさんに質問した。
「無期限ということではないだろうが・・・少し長引くかもしれないな。フランチェスカは大都市だ。人が多く集まれば、犯罪もそれだけ増える」
「うん・・」
「イレイン」
顔を上げるとセレさんの心配そうな表情がある。
「ご、ごめんなさい・・、でも、ちょっとさびしいかななんて・・」
「・・・すまない。お前の力になると言っておきながら、これではあまり助けにならないな」
私は首を振った。
「騎士団のお仕事だもの。がんばってきて」
「イレイン・・・」
「私は、大丈夫だよ。いつまでもみんなに頼ってるばかりじゃ駄目だもの」
考えてみれば、セレさんが出張するのはこれが初めてな気がする。だから余計にさびしく感じてしまうのもあるのだろう。
だが、これからはセレさんだけでなく、自分もどこかに行くときがあるのかもしれない。
こんなことでいちいち落ち込んでられないよね・・。
「・・・そうか。だが、何か困ったことがあったら、遠慮なく相談するんだ。父さん・・団長でも、ランスロットやライオネスでもいい」
セレさんは私の目を見つめる。
セレさん・・
「わかりました!セレさんも気をつけてね!」
「ああ」
つとめて元気よく答えると、セレさんは力強く笑う。今更だけど、本当に美人だと思った。
セレさんと別れて、私は街の鍛冶屋に向かう。
いつもお世話になっている鍛冶屋さんが王都のメインストリートにあった。
カーニバルの事件のせいで営業ができなくなったお店も多い中で、鍛冶屋さんは塀の一部が崩れながらも看板を下げていた。
「いらっしゃい!やあ、イレインちゃんじゃないかい」
ドアを開けるとからんからんとベルが鳴って、カウンターに店主のおじさんが出てくる。
「こんにちは!、おじさんは大丈夫だった?」
「見ての通りさ。ぴんぴんしてらあ。あれくらいのモンスターにへこたれるようじゃ、商売あがったりだよ。ま、家は一部壊れたけどね」
おじさんは汚れたエプロンに覆われた、恰幅のいいお腹をぽんっと叩いてみせた。
「よかったあ・・。あのね、剣の調子を見て欲しくて。カーニバルのとき結構使い込んだから・・」
「ああ、あのときはありがとうよ。イレインちゃんたちが戦ってくれなかったら俺らどうなってたか・・さ、見せてみな」
私はおじさんに双剣を渡す。おじさんは鞘から剣を抜いて、刃の具合やら、柄の部分やらを検分しはじめた。
カウンターの後ろの作業台に見たことのある大剣が横たわっていて、私は目を凝らす。
ん・・?・・・あれ?あれって・・・。
「あれって・・・もしかしてライオネスの・・・?」
私のつぶやきに気づいたか、おじさんが顔を上げて後ろを見た。
「ああ、そうだよ。よくわかったねえ。昨日あたりにライオネス様がいらっしゃってね。調整を依頼されたんだよ」
「そうなんだ・・」
「大剣は切れ味をそれほど気にしなくてもいいんだが、刃こぼれはいけないからね。といっても・・ここだけの話・・・」
言葉を切っておじさんはカウンターの双剣に向き直り、作業を再開する。
「ここだけの話??」
聞き返すとおじさんはこちらをちらと見て、声をひそめた。
「本人には言わないでほしいんだけどね・・・ちょっと扱いが雑というか・・・」
・・・ああ・・・わかる気がする・・・。
「こういう商売をやっているとね、どうも武器防具には愛着がわいてしまってね。そんな言葉も出てきてしまうんだよ」
おじさんはすまないね、と言いつつも柄の調整を始める。
「まあ、頻繫にきてもらったほうが、こちらも商売にはなるんだけどね・・と、イレインちゃん、腕を出してもらえるかい」
「あ、はい」
おじさんに言われて私は腕を差し出す。おじさんは私の肘から指先の部分をメジャーで計った。
測った長さと双剣の刃の長さを比べてふーむ、と声を出す。
「もうちょっと、大丈夫だね。あともう少し腕の長さが変われば大幅に刃の部分を変えなきゃならないけど」
「そっか。じゃあ、今回はすぐ終わりそう?」
おじさんはうなずいた。
「そうだね、少しそこで待っててもらえるかい。がたついた柄を直して、刃をピカピカにしてあげるよ」
「ありがとう!」
私が言うと、おじさんは笑ってカウンター後ろのずっと奥にある作業室へと入っていった。
双剣の柄と刃の長さは、使い手の肘から指先の長さに応じて随時調整する必要がある。
長さだけでなく重量でさえも使い手にあわせるものであり、そうしないと戦闘時に身体のバランスがとれなくなる恐れがあるのだ。
面倒くさい武器だから、珍しいっていってあんまり普及しないのかも・・双剣って・・。
そんなこと考えつつ、お店のはじっこに座っておじさんを待っていると突然ドアが勢いよく開いた。
「おーっす。おっさん、頼んだやつできてるか?」
身をかがめて入ってきたのはライオネス。他の男の人と比べてもダントツに背が高いからいつもこんな感じだ。
「ああ、ライオネス様、お待ちしておりました。こちらです」
おじさんが奥から出てきて、ライオネスに大剣を手渡す。
「どーもな!すげえ、新品みたいだ」
ライオネスは大剣を手に取ると鞘から少し抜いて満足そうに眺める。
「お気に召していただいたようで何よりです。お代のほうは騎士団への請求でよろしいでしょうか?」
「ああ、頼むぜ」
武器や防具の整備代は基本的に騎士団で負担することになっている。
鞘から大剣を完全に抜いて、剣全体を見渡してからライオネスはうなずき、またそれを鞘に収めた。
「おっさん、いい仕事だぜ」
「ありがとうございます。・・・ああ、それからイレインちゃんの双剣も手入れが終わったよ」
おじさんの言葉にライオネスがこちらを見やる。
「ああ?イレインお前いたのかよ。ちびっこいから気づかなかったぜ」
「・・・・・・」
ライオネスが大きすぎるんだとも思うけど・・。
おじさんがまた奥に引っ込んで、私の双剣を持ってきた。
「仕事早いね、おじさん」
「これくらい朝飯前だよ」
おじさんは片目をつぶって、刀身の具合を最後に確かめる。
私とライオネスがそれを見ていると、おじさんが検査をしながら口を開いた。
「・・・・・・そういえばですね、最近、王都で妙な噂が立っているのをご存知ですか?」
「噂?なんの噂だ?」
ライオネスが聞き返して、私と目を合わせる。
「なんでも、西国エルムナードから来たたびの商人が変なことを言っているとか・・・」
「エルムナード帝国か・・・・」
エルムナードはクレールの西にある軍事大国だ。城下町も王都に匹敵するくらい大きい。
ただクレール国内にあるスピルナ鉱山をめぐって昔から小競り合いの絶えない相手で、友好国であるとは言いがたかった。
「あの国はどうも昔からきな臭いんだよなあ・・・・・、で、変なことってなんだ」
ライオネスが眉間に皺をよせる。おじさんは話を続けた。
「エルムナードから人がいなくなったって・・・。どうやら、城下町が無人だったってことらしいんですが」
「無人!?」
「内戦が起きて人が死んだとか、そういうわけじゃなくてか」
おじさんは検査が終わったのか、双剣をカウンターにおいてライオネスと私のほうを見た。
「言葉の通り、無人の街なんだそうです。酒場も民家も町の通りも、今の今まで人がいた痕跡があるのにまるで人間だけが姿を消したようだって」
「ま、まさかあ・・・」
「夢でもみてたんじゃねえのか?そいつ」
私とライオネスが言うとおじさんは難しい顔をして顎に手を当てる。
「私もそう思って相手にしなかったんですがね・・それがエルムナードに行った連中全員がみんなそんなことを言っているんですよ」
「ええっ・・・」
私は思わずライオネスを見あげた。ライオネスは何も言わず、無表情で腕を組んだ。
「・・・・・・・・・・」
「噂は噂にすぎないとは言いますが、ここまでくるともはや・・・」
「結構それ、広まってんのか」
ライオネスが言う。その表情は至極深刻なものだった。おじさんはうなずいた。
「・・・ライオネス・・・」
「・・・団長に報告しとくか」
ライオネスは私を見下ろして、私が言おうとしていた言葉を口にした。
「噂が噂だけに、不安がる人もいるみたいだからね・・・。どうかよろしく頼みます」
そういっておじさんは私に双剣を渡す。私は剣を受け取って、うなずいた。
「エルムナードの噂・・・か」
私とライオネスが団長に報告をすると、グレッグ騎士団長は渋い顔をして目をふせた。
「団長は、ご存知でしたか」
団長のその態度から、何か感じ取ったかライオネスが質問する。団長はライオネスを見て首を縦に振った。
「その噂については、わしも常々耳にはしていた。トリスタンとともに対応を検討中だったが・・今日また、新しい情報が入ってな」
「新しい情報?」
私が問うと、団長は沈痛な面持ちになる。その表情になんだか胸がざわめいた。
「無人のエルムナードに、異形の怪物が出たそうだ。・・・襲われて何人かが殺されたと、逃げ延びた旅人たちが言っている」
「異形の怪物・・・?」
その言い方に、私は違和感を覚えた。モンスターとは違うというのだろうか。
「・・・モンスターではなくてということですか」
ライオネスがちょうどよく質問を投げかけて、団長がうなずく。
「通常のモンスターとはまた違う、まさに異形ともいうべき怪物だそうだ。この世のものとは思えない気味悪い生き物だったと聞いている」
「そんなのが・・・エルムナードの街に・・・」
私は茫然とつぶやく。
「いずれ、王都にまで被害が及ばないとも限らん。噂と処理するにはあまりにも危険すぎるし、人々の不安も増すだろう」
「じゃあ・・・団長」
ライオネスが表情を引き締め団長を見つめる。団長は私たちを見据え口を開いた。
「地方騎士団で早急に調査する必要がある。・・・危険は伴うだろうが、直接現地に赴くしかない」
ごくり、と私はつばを飲み込む。次に来る言葉が、なんとなく予想できた。
「ライオネス、イレイン・・・。お前たちに頼んでもいいか」
団長はどことなく申し訳なさそうに私たちに告げた。
「わかりました」
「・・・・・はい」
ライオネスは間髪いれず返答する。私も後に続いた。
・・・・ふたりだけで・・・エルムナードに・・・・・・
少々の不安がないわけではない。だが、人手不足で傭兵を雇っている騎士団の現状を考えると人員を増やしてくれとはいえなかった。
「すまないな・・・。王都の警備をおろそかにするわけにはいかない。負担をかけるが、頼んだぞ」
「任せてください」
ライオネスが自信ありげに言う。その自信はどこからくるのだろう。
「早速で悪いが明日の朝、準備が整い次第出発してくれ」
団長はうなずいて、険しい表情で続ける。その顔は、今回の任務がどれだけ危険を伴うのか語っているようにも見えた。
「・・・・ただし、無理はするな。今回はあくまでも調査だ。少しでも、何かわかればそれでいい」
『はい!』
私とライオネスは同時に返事をする。怖くないわけではないが、怖気づくわけにはいかなかった。
その後、装備、持ち物の確認などこまごまとした会話を終え私はライオネスとともに団長の部屋をあとにしようとした。
「ああ、イレイン」
そのとき団長が私を呼び止める。私は振り返った。
「はい?」
「昼間な、ランスロットが来てお前に王宮に来るようにと伝えてきたぞ」
ランスロットが・・?王宮にこいって?
王宮にはここ最近訪れていない。小さい頃はランスロットと一緒に王宮で過ごしていたが、こっちにきてからは気軽に入ることはできなくなった。
「悪いな・・。少し忙しいが、王宮に向かってくれ。門番には話を通してあるそうだから」
「わかりました。・・大丈夫です」
すまなそうな団長に笑みを向ける。会釈してから部屋のドアを開け、廊下に出た。ライオネスがあとに続いた。
何の用なのかな・・・。
「王宮だろ?早く行ってやれよ」
思案し始めた私にライオネスが告げる。
「そだね・・。じゃ、とりあえず行ってくる。また、明日ね」
「おう。寝坊したらおいてくかんな」
「もう!」
ライオネスを睨むと、彼は笑って手を挙げ廊下を食堂のほうへ去っていった。
明日出発なら・・装備の確認とか、やらなくちゃならないことも多いけど・・。今は王宮に行くのが先だよね。
そんなことを考えつつ、廊下を歩き出す。
騎士団本部の門を出て街に出ると、王宮への桟橋がある北地区へと向かった。
桟橋の兵士にランスロットの名前を出すと、すぐに快く通してくれた。
レンガで造られた広い大橋を渡ると、ずんっとそびえたった石造りの城壁が見えてくる。
繊細な装飾の施された巨大な格子門の前で、門番が一礼した。門を開けてくれながらランスロットの部屋を教えてくれる。
お礼を言ったけれど、実のところ教えられなくても私はよく知っていた。
なんだか懐かしい・・・。
門をくぐると王宮の前庭だ。緑あふれる前庭の向こうには大理石の階段と、樫の木で作られた重厚そうな扉。
扉周辺はすべてさっきのような石造りの城壁が覆っている。この城壁は、まるで美しい王宮を守るように周りを囲んでいた。
これまた大きな扉を開けてもらい、ぴかぴかに磨かれた大理石のホールを横切って、左の廊下へ入る。
・・・騎士団詰め所がこっちにあるんだよね・・・。
私がランスロットに連れられて、暮らすようになった最初の場所だ。
廊下をすれ違う王宮騎士たちは皆早足で、なんだか忙しそうに見えた。
カーニバルの事件から、王宮も忙しくなったのかな・・。
全体的にざわつく詰め所を見ながら、私はそんなことを思った。
こつこつと足音を響かせて2階に上がって少し歩くとすぐに、見慣れた部屋のドアが見える。
本当に久しぶりだなあ。ランスロット、なんの用なのかな。
ノックするとすぐに返事が聞こえた。なんの躊躇もなく扉を開ける。
「ランスロット・・・・・?」
久しぶりの彼の部屋に足を踏み入れた途端、私は息をのんだ。
そこには、かのランスロットの姿と、そしてその側に・・美しい女性が立っていた。
うわあ・・・・。
私は思わず言葉をなくした。私より少し年上だろうか、一目で身分の高い女性だとわかる。
透き通るような白肌。華奢な体を、緻密な刺繍と宝石をちりばめたシルクのドレスが覆う。
き、綺麗な人・・・。えっと・・これって・・もしかして・・。
顔が熱くなる。とっさに言葉が出ていた。
「えっと・・あの・・・帰ったほうがいい?」
すると女性はクスクスと笑い出した。伏せられた長い睫が揺れる。笑い方にも品のよさが窺えて、本当にお嬢様という感じだ。
ランスロットは微笑んで、口を開いた。
「かまわないよ。ちょうど話も終わったところだ」
「その人は・・・?」
つい聞いてしまってから、しまったと思う。人、なんていい方、失礼だっただろうか。
しかし女性はあまり気にしていないような様子だった。ランスロットが説明する。
「ああ、イレインはユリア様に会ったことはなかったかな・・・。許婚のユリア様だ」
彼の紹介に、ユリアはゆっくりと丁寧に私にお辞儀した。
「はじめましてイレインさん。ランスロット様から、いつもお話はうかがっております」
「あ・・・は、はじめまして」
つられて私も頭を下げる。ユリアは私ににっこりと微笑んだあと、ランスロットに向き直った。
「それでは私はそろそろ・・・・ランスロット様、例の件、よろしくお願いしますね」
「わかりました。帰られるのでしたら、お送りいたしましょう」
ランスロットの申し出を、しかしユリアは断る。彼女は彼の胸にそっと手を触れて、私をちらりと見た。
「せっかくイレインさんがいらしてますのに、悪いですわ」
「しかし・・・」
「大丈夫です。使用人が・・・」
そのとき、部屋のドアがノックされる。ランスロットが返事をすると、どうやら相手はユリアの付き人のようだった。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
「今行きますわ」
ユリアはドアの向こうに向かって声をかけた。
ドアの前にいた私が部屋の脇に移動すると、彼女はしずしずとこちらに向かってくる。
ランスロットがあとに続き、ふたりは扉の前で向かい合った。
「本日は突然おしかけてしまって・・・申し訳ありませんでした」
「とんでもございません。むしろこちらからお伺いするべきでしたのに・・ご足労をおかけしてしまい・・」
彼が話す間ずっと、ユリアはぼうっとランスロットを見つめていた。見蕩れているといったほうが正しいだろうか。
「今後からは、どうぞいつでもお呼びたてください。こちらより参上いたします」
ランスロットに微笑まれて、ユリアは少し顔を赤くする。恥ずかしそうに小さな声で言った。
「・・・ありがとうございます、ランスロット様」
ユリアが退出する。それを見届けてから、彼は静かに扉を閉めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・すまない、イレイン。待たせたな」
声をかけられて、はっと我に帰った。気がつくとランスロットが目の前に立っている。
「う、ううん、大丈夫。こっちこそごめんね。なんか取り込み中だったみたいで・・」
ランスロットはユリアの去っていったドアのほうをちらと見た。
「急な来客だったからな・・・」
「・・・綺麗な人だね、ユリアさん」
私は彼女の顔を思い出した。柔らかそうな物腰、優雅で上品な仕草。淑やかな笑顔。
「・・・そうだな。私には・・・もったいないほどのお方だ」
ランスロットが静かに目を伏せる。その姿を眺めながら、私はユリアが彼に見蕩れていたことを思い出した。
・・・アガタとか街の女の人もそうだけど・・あんな綺麗な人まで・・そんなに格好いいのかなあ・・・。
そんなことを思いながら、うつむいたランスロットの顔を凝視してみる。
だが私には今更なんの感情もわかない。
まあ・・・格好悪いっていうわけでもないとは思うけど・・・。
「・・・・どうした?」
「わっ!!」
ふいに彼が顔を上げて、バッチリ目が合う。私は慌てて飛び退った。ランスロットが怪訝な顔を見せる。
「ご、ごめんなさい・・えーっと・・」
なんだか気まずくなってしまって、私はここにきた理由を思い出した。
そうだった、何か用があるって・・・。
「あ、あのそれで・・・用って何?本部まで来てくれたって聞いて・・・」
「あ・・ああ・・・・・。実はな・・」
ランスロットがとまどいながらも語り始める。私はちょっとだけ騒がしくなった胸をなでおろした。
「来月に婚約式?」
紅茶のカップから口を離して私が問い返すと、ランスロットがうなずく。
部屋の中央に置かれた小さなテーブルと質素な椅子。私はランスロットに入れてもらったお茶を飲んでいた。
「ああ、お前にも、出席してもらいたいんだ」
ランスロットの部屋は、そう広くはないけれどいつもきちんと片付いている。
ついつい面倒くさがり散らかしたままにしてしまう私は、彼によく怒られたものだ。
「で、でもいいの?私なんかが・・・」
「ああ。詳しいことは、また近くなったら招待状を届けさせる」
そういって、ランスロットは手にした紅茶のカップに口をつけた。
こ・・・婚約式かあ・・・。
私はまたユリアを思い出した。かなり高貴な身分の女性に見えたから、きっと豪華なものになるのだろう。
やっぱ・・・ど・・・ドレスとか着ていかなきゃだよね・・。
言うまでもなくそんなものは持っていない。そういえば服を買うこともとんとしていない気がする。
・・仕立て屋さんに行ってみようかな・・・・。
・・・・・明日からの任務が終わって帰れたら、だけど・・。
エルムナードのことを思い出して私は唇を引き締めた。
「イレイン?」
ランスロットがカップをソーサーに置き、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「え?なに?」
「・・・いや・・・。一瞬だけ表情が変わったから・・。何かあったか?」
ランスロット鋭いなあ・・・。でもつきあいも長いし、当然といえば当然か。
「あのね・・実は・・・」
私はエルムナードの件をランスロットに話した。
話す内に、ランスロットの表情はどんどん険しいものになっていった。
それに一抹の不安を感じながらも、私は団長に頼まれた明日の任務について説明する。
「・・ということで・・・、明日からライオネスと一緒にエルムナードの調査に行くことになったの」
「・・ふたりだけでか?」
「う、うん・・」
ランスロットはため息をついた。彼の考えていることがなんとなくわかって、私は口を開いた。
「でも、仕方ないんだよ。地方騎士団は人数も少ないし・・」
「それはわかっているが・・・ライオネスがいるとはいえ、騎士なりたてのお前にそんな危険な任務を・・」
「私は大丈夫だよ!」
心に少しだけ不安が影を落としていた。だけど、それを拭い去るように私は元気よく彼に言った。
「・・・イレイン」
彼は私を見つめた。紺色の瞳が、いつもよりちょっとだけ濃い色に見えた。
「ランスロット、私に言ってくれたよね、自信を持っていいって。強くなれって。私がんばるから!」
私が彼に笑いかけると、彼は少しだけ目を伏せる。しばらくの沈黙のあと、口を開いた。
「・・・・・そうだな・・・・。だが・・あまり、無理はするなよ」
私は勢いよくうなずいた。
「わかってます。ライオネスもいるし、調査だけだからすぐ戻ってこればいいし」
「・・・ああ・・・。・・出発は、翌朝になるのか?」
「うん」
「・・・そうか、くれぐれも、気をつけて行ってこいよ」
「ありがとう、ランスロット」
お礼を言うと、ランスロットは勇気付けるように微笑んでくれた。
それからの時間、私たちはしばし思い出話に花を咲かせた。
ランスロットは今日は仕事が休みのようだった。久しぶりにゆっくりと会話できるのも嬉しい。
夢中になって話すうちにいつのまにか時間は過ぎ、部屋の窓からオレンジ色の光が差し込み始めた。
「もう夕方か・・・」
ランスロットは立ち上がって、窓際のカーテンを閉める。
その姿を見ながら、自分ばかり話しすぎたかなと反省する。実のところ、だいたい話しているのは私で、ランスロットは相槌のことが多かった。
まあでも・・ランスロットそんなにおしゃべりなタイプでもないしね・・・無口でもないけど
そんなことを考えつつさめた紅茶を飲み干していると彼が戻ってくる。
「もう紅茶はいいか?」
「うん、ごちそうさまー」
ランスロットが食器を片付け始める。その手際のよさに感心していると、ふいに彼が口を開いた。
「もしよければ・・お前今日は王宮で夕食を食べていくか?」
「えっ!!い、いいの!?」
思わず声を上げると、ランスロットが微笑む。釘をさすように付け加えた。
「といっても、王宮騎士団の食堂だがな」
「そんなのわかってるよ。シャンデリアの下じゃ緊張してご飯なんか食べられないよ」
すかさず答えたら、ランスロットは笑っていた。王宮騎士団の食堂で食べるご飯は、本当の本当に久方ぶり。
私たちは部屋を出て、1階の食堂へと向かった。
「イレインちゃん!イレインちゃんじゃないかい!ひさしぶりだねえ!!」
食堂に入ると、私の姿を認めたおばさんが駆け寄ってきた。
「おばさん、久しぶり!覚えててくれたんだね!」
「あったりまえだよ、こんな小さくて可愛い女の子、忘れるはずがないよ!」
おばさんはその太った体で私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「おばさん・・」
食堂のおばさんは、私がランスロットの次に、いや彼と同じくらい王宮でお世話になった人だ。
「しっかし驚いたねえ、あんな小さかったイレインちゃんが、すっかり立派な騎士になって・・・」
弟子入りしたとはいえ、最初から剣など持たせてもらえるはずもなく、初めは料理の手伝いや買い物掃除など雑用が主な仕事だった。
私はランスロットではなくおばさんについて、生活に慣れるまで騎士団雑用のあれこれを手伝っていたのだった。
「ランスロット様に連れられてきたときは、大丈夫かと思ったのにねえ」
おばさんは私の体を離し、上から下までをまじまじと見た。
「お、おばさん!」
私が抗議すると、おばさんは豪快に笑い出す。振り返ると後ろにいたランスロットも笑っていた。
「・・・もう・・ふたりとも・・」
「ごめんよ。だけどあんまり立派になっていたから、驚いてね」
おばさんを見上げたら、優しく微笑まれた。胸の中がちょっとあったかくなる。
「ずいぶん、がんばったんだね。おめでとう」
「・・・ありがとう、おばさん・・」
おばさんは大きくうなずいて、腕まくりをした。
「さあ!!今日はイレインちゃんの大好きなもの、たくさん作ってあげるよ!」
「やったあ!」
思わず私が歓声をあげて、おばさんはウィンクする。
「もちろん、手伝ってくれるだろ?」
「ええ!?」
「なーにが『ええ!?』だい!剣の修行ばっかじゃなくて、料理の腕も磨かなきゃお嫁にいけないよ!」
・・・な、なんかお母さんとしゃべってるみたい・・・
「ランスロット様、この子、お借りしますよ」
おばさんに言われて、ランスロットは躊躇もなくうなずく。
「ああ。厳しくしてやってくれ」
「ら・・ランスロットまで・・・」
「さ、久しぶりの厨房での仕事だろ?みっちり働いてもらうからね!」
「そんなあ~!」
予期せぬ展開に自分でも情けない声を上げながら、私は厨房へと連行されたのだった。
「しばらくやってなかったにしては、なかなかの腕じゃないか?」
私の手さばきを見て、おばさんが満足そうにうなずく。
「だっておばさんにたっぷり仕込まれたんだもの。そう簡単に忘れないよ」
私はつけ合わせの野菜をとんとんと切りながら答えた。
「いやあ、イレインちゃんとここで料理するのも本当に久しぶりだ」
鍋のふたを開けて料理の具合を見ながら、おばさんは感慨深げにつぶやいた。
私は付け合せのサラダを盛り付けて、彩りよく仕上げる。
「うん、綺麗じゃないか!」
おばさんがほめてくれる。
「えへへ、ありがとう」
「これなら、いつ求婚されてもだいじょうぶだね」
「え、えええ!?」
驚いているとおばさんはため息をつく。
「なーに言ってんだい。あんた、好きな男のひとりやふたりいないのかい?」
「そ、そんなのいないよ!好きとかそういうのもよくわからないし・・」
カーニバルのときもアガタが言っていたような気がするが、第一『好き』になるという感情自体よくわからない。
「やれやれ、あんたの蜜月は遠そうだねえ」
「み・・蜜月って・・・」
私が絶句しているうちに、おばさんは料理の味見をしながらもまた口を開いた。
「ほら・・あの堅物のランスロット様だってもうすぐ結婚が決まるんだから、あんたもがんばんないと」
頑張るって一体何を・・・
そう思いつつも結婚ときいてさっきのユリアの姿が思い浮かぶ。
「お相手って、ユリア様・・だったよね。さっきランスロットの部屋に来てたよ」
おばさんは驚いた顔をした。
「ああ・・・また来てたのかい」
「え・・・またって?」
おばさんはあきれたように肩をすくめる。周りを見て少しだけ声をひそめた。
「しょっちゅうだよ。いくらご身分の高いお嬢様だからってさ、少しは相手の都合も考えたらどうなのかね。・・・それに・・あーんな細っこい体でお世継ぎなんか産めるのかい」
お世継ぎ・・産むって・・・
なんだか恥ずかしくなってうつむいてしまう。そんな私を見ておばさんはまた笑った。
「おや、イレインちゃんにはまだ早い話だったかねえ??」
「だ、だって・・・」
言いよどんでいると、おばさんはにこにこしながらお皿や食器を用意しはじめる。
「まあ焦らなくてもね、そのうちイレインちゃんにもいい男が現れるさ」
現れて欲しいような欲しくないような・・・
おばさんが料理をお皿にとりわけはじめて、慌てて私も手伝う。2人分の食事ができあがった。
「さあさあ、できあがりだよ!ほら、イレインちゃん運んで運んで!」
おばさんに促されて私は食堂に食事を運び出す。食堂ではランスロットが他の騎士団員と談笑していた。
私が食事を持ってくると、彼は団員との話を終えてこちらに向かってくる。
「ランスロット様、さあどうぞどうぞ」
「美味しそうだな、ありがとう」
並べられた食事を見ると微笑んで、ランスロットは席に着いた。
「こっちのはイレインちゃんが作ったんですよ」
おばさんが食事をランスロットに差し出しながらいちいち説明する。
おばさんてば・・そんなこと詳しく言わなくても・・・
「なかなか綺麗だ。だが、問題は味のほうだな」
ランスロットまで・・・
「イレイン、何をしている。席につかないか」
むくれながらも突っ立っていると、ランスロットが声をかけてくる。
椅子に座った途端、お料理のいい匂いが食欲をそそった。
お互いに食事の挨拶をして、食べ始める。
「おいしーい!おばさんのお料理は最高!」
「当たり前だろ!何年厨房にいると思ってんだい!」
おばさんが胸をはる。
絶品の煮魚をほおばりながらふと、隣を見るとランスロットが私の作った料理を口に運んでいた。
あ・・・・
「あ、あの・・・ランスロット・・・」
「ランスロット様、お味はいかがですか?」
私の言葉をさえぎって、おばさんが質問する。
「・・・・・・・・・」
ランスロットは料理を見ながらしばらく沈黙して、何やら思案しているようだったが、やがて口を開いた。
「これは・・・本当にイレインが作ったのか?」
私はおばさんと顔を見合わせる。
「そ、そうだけど・・・」
口に合わなかったのかな・・・?
そう思って彼のほうを見ると、ランスロットが顔を上げた。
「・・・驚いたな。てっきり厨房で作ったものかと思った」
「え・・・・」
私は目を見開く。彼が満面の笑みで私にうなずいた。
「うまいぞ」
「ほ・・ほんとに!?」
「ああ」
聞き返すと彼はもう一度深くうなずいてくれた。
「よかったね、イレインちゃん!」
おばさんが自分のことのように喜んで肩を叩いてくれる。
ランスロットに褒められた・・・!そういえば男の人にお料理褒められたのって初めてかも・・・
「これなら、どこにお嫁にいっても恥ずかしくないですよね!ランスロット様!」
「お、おばさん・・・またその話題・・・」
おばさんが元気よく意気込んで言って、私は顔が熱くなる。
「・・・・・・・・・そうだな」
恥ずかしく思いながらも彼を見ると、ランスロットは静かに答えた。
その表情が少し寂しげに見えたのは、私の気のせいだったのだろうか・・・
複雑な思いで煮魚を口に入れる。それでも気分とは関係なしに、おばさんの料理はやっぱり美味しかった。
「・・・また、お前の作った料理が食べたいな」
「えっ・・・」
ランスロットの呟いた言葉に、私は彼のほうを向く。
すると彼はなぜかちょっとだけ視線をそらして、口を開いた。
「・・・その、時間があるときでいい。もし、できたら・・・」
「うん!いいよ!!」
私は勢いよくうなずいた。
また作ってって言われるなんて・・・すごく嬉しい。
「・・・ありがとう」
ランスロットはほっとしたように礼を言うと、また食事を再開する。
私たちはそのあと、昔のことを話しながら和やかに時を過ごした。
話題はつきることはなく、食事を終えて外に出るとあたりは既に真っ暗だった。
「大丈夫、本部までは一人で帰れるから」
王宮の門の前でそう言い張る私に、ランスロットは首を振った。
「いや、本部まで送っていく。心配だからな」
心配って・・・。
明日にはエルムナードにまで行くというのに、まだ半人前扱いしているのだろうか。
「・・・私、そんなに信用されてないってこと?」
「・・・そういうわけではない」
ランスロットは目を伏せた。
じゃあどういうことなんだろう。
問いかけるように彼の瞳を見つめると、彼は少しだけ、目をそらした。
「・・・私が心配だからだ」
それって、やっぱりまだ私のことを認めてないってことなんじゃないだろうか。
「この間は、一人前みたいなこと言ってたのに・・・」
「―とにかく、私の言うとおりにしなさい。いいな」
ぶつくさ言った私の言葉に畳み掛けるように、ランスロットが言う。
正直少し腹が立ったけれど、師匠の顔をする彼には逆らえず、私は渋々とうなずいた。
王都の道を歩く間、私たちはずっと無言だった。
私の機嫌が悪いことを、彼は察知していたのか、特段話しかけるようなこともしなかった。
「・・・送ってくれて、ありがとう」
やがて本部につくと、私はいささか不本意ながらも一応彼にお礼を言う。
ランスロットはしばらくの沈黙のあと、ぽつりとつぶやいた。
「・・・・・・・。まだ、怒っているのか」
「え?」
彼のつぶやきに、私は顔をあげる。
ランスロットは申し訳なさそうな表情で私を見つめた。
「・・・すまなかったな」
「ランスロット・・・?」
聞き返すと、彼は私の髪に少しだけ、ほんの少しだけ手を触れた。
「・・・お前を送りたいといったのは、私がそうしたかったからだ」
「え・・・」
彼の紺の瞳が、私をまっすぐに見据える。
今まで、見たこともない眼差しだと思った。
「お前のことはちゃんと認めている。私が・・単なるワガママを言っただけの話だ」
「我侭って・・」
私は驚いて目を見開く。
ランスロットは自嘲するような笑みを浮かべてから、うつむいた。
闇に映えた濃い目のブロンドがさらりと、彼の顔に少しだけかかる。
その姿が何故か、私の知っている彼とは別人に思えて、思わず心臓が跳ねた。
「・・・!」
「・・・イレイン?」
はっと息を呑んだその音が聞こえたのか、ランスロットが顔を上げる。
「な、なんでも・・・ほ、本当にランスロットってば心配性だよね!だ、大丈夫なのに・・・」
慌てて言いつくろうように言うと、彼はふっと笑った。
「そうだな。・・・すまない」
「わ・・我侭だなんて・・・子供みたい」
「・・・・そうだな、お前ほどではないが」
ランスロットがおどけたように肩をすくめてみせて、私は思わず声を上げる。
「もう!!子供じゃないよ!」
「ははっ・・」
彼が笑う。私は口をとがらせたけど、すぐに彼につられるように笑ってしまった。
それでも・・・笑いながら、胸の騒がしさは収まらなかった。
明日気をつけて出発するように言い残すと、ランスロットは帰っていった。
自室に戻って休んでも、なんとなくそわそわしてしまって、落ち着かない。
その原因がどこにあるのか考えてもわからないまま、私は無理やり目を閉じた。
翌朝。今日は、いよいよ件のエルムナードに出発する日―。
朝目覚めた私は時計を見て真っ青になった。寝付けないのが仇になったか。
慌てて支度を済ませて、団長の部屋の前、ライオネスとの待ち合わせ場所に向かう。
「なんだあ、その面は」
どうにか遅刻を免れたものの、私の顔を見下ろしたライオネスは開口一番そう言った。
「ツラ・・・?なにそれ」
聞き返すとライオネスは手に持った自らの大剣を少しだけ抜いた。
「ほれ」
大剣の刀身を私の目の前にかざす。
「・・・!」
刀身を鏡にしてみると、目の下に隈をくっきり作った自分の顔があった。
そんなに眠れなかったっけ・・・昨日・・・。
「あきれたやつだな。自己管理、しっかりしろよ」
「うう・・・」
ライオネスは大剣をしまって私に言い放った。
睡眠不足は戦いに大きな支障をきたす。そんなことは分かっていたつもりだったのに。
なんで昨夜、あんなに落ち着けなかったんだろう・・・??
考えてもはっきりとはわからなくて、首を傾げているとライオネスに小突かれた。
「いたっ!」
「おら、眠いのはわかるが団長に挨拶行くぞ」
「わ、わかりました・・・」
頭をさすりながらうなずく。
ライオネスはそんな私を眺めてから、少し呆れたように息をつき団長の部屋のドアをノックした。
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