2つの魔剣 2B
セレと騎士団試験合格のお祝いをするイレイン。楽しい時間をすごしたあと、大事な話があると言われて・・・
「ごめんなさい、先にセレさんと約束しちゃったの・・・」
私が謝ると、ランスロットは目を見開いたが、すぐに微笑んでうなずいた。
「・・・わかった。それでは仕方ないな。セレによろしく言っておいてくれ」
私はうなずいた。
「ランスロット隊長!」
森の入り口から聞こえてきた声に、私たちが振り返ると、王宮騎士がふたり立っていた。
「ああ、すまない、今行く」
どうやらふたりはランスロットの部下みたいだった。
「それじゃあ、悪いがここでな」
「うん。御仕事、がんばってね」
私が手を振ると、ランスロットは軽く片手をあげ、部下のところへ走っていった。
「合格おめでとう!イレイン!」
カチン、とグラスを軽くぶつけ合う。
夜、私とセレさんは酒場の一角で、ささやかな祝宴を開いていた。
セレさんのグラスの中身はワインで、私はジュースだ。
クレールでは17歳で成人ということになっているから、私も来年にはお酒が飲める。
だけどあまり美味しそうには見えない。セレさんやライオネスは美味しそうに飲むけど・・。
「いよいよお前も、正騎士か・・・あっというまだったな」
「そうかな?」
そういわれるとそうな気がするが、長かったような感じもする。
セレさんはワインを口に含んで飲み込むと、深くうなずいた。
「・・・お前がランスロットに連れられて地方騎士団にやってきてから、3年。最初は、どうなることかと思ったが・・」
ここで言葉を切って、私のほうを見つめる。
「無事正騎士になれて、本当によかった。今までよく頑張ってきたな」
セレさんが微笑む。心がじんわりと暖かくなった。
「セレさん・・・」
「ランスロットも、きっと安心しただろう」
「あ、うん・・」
ガイアの森でのことを思い出す。ランスロットが一瞬だけ見せたさびしそうな表情は・・なんだったのだろう。
私がそんなことを考えていると、セレさんは店員に料理を次々と注文する。
「セ、セレさん!そんな高いの、しかもたくさん頼んでいいの!?」
「何を言っている。今日は祝いなんだぞ?これくらい奮発してやるさ」
もちろん私の奢りだ、とセレさんはウィンクする。
うう~ん、食べきれるかなあ・・・
私はそっちのほうが心配になってきた。
「ああ~、お腹いっぱい!」
お腹をさすりながらお店から出ると、もうだいぶ夜はふけていた。
昼間はにぎやかだった王都の大通りも、今はひっそりと静まり返っている。
たまに酔っ払いがふらふらと歩く程度だ。
道端に飾られた花々を見やって、セレさんが微笑んだ。
「・・明日は花のカーニバルだな」
「うん!」
あれだけワインを飲んでいたというのに、セレさんは顔色一つ変わっていない。
「お前はカーニバルに出かけるのか?」
「セレさんは行かないの?」
セレさんはちょっと残念そうに笑った。
「祭りのときには変な輩が出ることもある。私は明日は見回りだ」
「そっか・・」
「・・・花を贈る相手もいないしな」
「花を贈る相手?」
私が尋ねるとセレさんは目を丸くして言った。
「お前・・今まで知らなかったのか?花のカーニバルには、男女問わず意中の相手に花を贈るのが、慣わしだろう」
「そうだっけ?」
セレさんは肩をすくめる。
「年頃の娘なら、こういう話題は大好きなはずなんだが」
「ふうん・・・」
そんなこと言うならセレさんだって、と思ったけど、何となく地雷を踏みそうなので黙っていた。
「まあ私もお前ぐらいのときには、全く興味がなかったがな」
そういってセレさんは月を見上げた。
「ああ、今夜がこの按配なら、明日も晴れそうだな」
うん!・・と返事をしようと思ったとき、セレさんに誰かが寄りかかってきた。
「!?」
「おお~、なんだあ随分と別嬪さんが歩いてるじゃないのお~」
「うわー、お酒臭い・・・酔っ払いだあ」
見るともうできあがってますって感じの酔っ払い男が、セレさんに抱きつこうとして・・・
『バキッ!!!』
「ああ~」
セレさんの間髪入れない拳の一撃で、男は笑ったまま道に伸びる。
「全く・・・やはり祭りの前だから変な奴が多いな・・・さっさと帰るぞ、イレイン」
さすがセレさん・・・少しも動じてない。
同時に私は試験前夜のことを思い出してしまって、暗い気分になる。
私・・・あんなでやっていけるのかな・・・・。
地方騎士団本部につくと、セレさんは私の部屋の前まで送ってくれた。
「ありがとう、セレさん。それじゃ、おやすみなさい」
「イレイン」
私が部屋に戻ろうとすると、セレさんが短い声で呼び止める。
振り返ってみたセレさんは、なぜだかとても沈んだ顔をしていた。
「・・・セレさん・・・?」
「イレイン・・・お前に大切な話がある」
「え・・・・」
セレさんは辺りを見回した。
「・・・ここではなんだから、お前の部屋で話そう」
セレさんは部屋に入った後、しばらく言いづらそうにしていた。
が、やがて意を決したのか私を見て口を開いた。
「・・・騎士団は、男所帯だ」
当たり前じゃないか、いきなり何を・・・と、私は思ったが瞬間はっと気づいた。
セレさんの言いたいことが、なんとなくわかってしまった。
「・・・酷なことをいうようだが、騎士団の中には、お前のことをよく思っていない者もいる」
「・・・・わかって、ます」
「ああ・・・そうだろうな。ランスロットもお前によく言い聞かせたはずだろうからな」
女の身で騎士としてやっていくことはそう容易なことではない―。
私はランスロットにも、そして13のとき地方騎士団に入った時からセレさんにも、本当に何度も何度も言われていた。
頭ではわかっていたつもりだった、と思う。
「・・・・・・ライオネスから聞いた」
どくん、と心臓がはねる。
「お前を襲った男は、騎士団を追い出され今は牢屋に入っている」
「そう・・・なんだ・・・」
私はあのときの男を思い出した。だけどすぐに嫌になって頭から追い出すように首を振った。
「・・・だが・・もし私やライオネスが父さんに掛け合わなければ、あいつはのうのうとここに残っただろう」
「え・・・」
セレさんは私の目をまっすぐに見つめた。
「・・・・男所帯、とはそういう意味でもあるんだ」
「まあ・・・長年の平和で、士気が緩んでいるというのもあるだろうが・・」
私は唇をかみしめた。
「・・・ライオネスも、ああ見えて最初はだいぶ迷ったらしい。事を大事にすれば、お前が傷つくのではと思っていたようだ」
「ライオネスが・・・」
あのとき、ライオネスは私が泣き止むまでずっといてくれた。
ことば遣いは悪いし、不器用なところはあるけど、優しいところもあるんだよね・・。
私は彼との長いつきあいからなんとなくそれを感じ取ってはいた。
「イレイン」
セレさんが私の目をひた、と見据えて言う。
「はい」
セレさんは少し目を伏せて思案し、また私を見つめて口を開いた。
「・・・お前はそれでも・・・騎士としてやっていく気でいるのか」
セレさんは今更、どうしてこんな質問をするのかと思った。
だが、少し考えれば答えは明白だった。
これは最終確認だ。
正騎士となった私への、最後の最後の質問だ。
「・・・・・・・・・はい」
しばし迷った。即答はできなかった。だけど、私はうなずいた。
「・・・そうか。わかった。・・・決めたんだな」
セレさんはゆっくりとうなずき返した。
不安がないわけじゃなかった。だけど、ここまできて、あきらめたくなかった。
「・・そうなら、お前は今以上に強くならなければならないな。肉体的よりも、精神的に」
「・・・わかってます」
決意をこめてセレさんを見つめた。
もうあんなことがあったとしても、自分で自分の身を守れるように・・・。
「・・・騎士団にはいろいろな者がいる。目を養え」
「はい」
セレさんは微笑んだ。
「・・・お前が様々な意味で一人前になれるよう、私もできる限り協力する。いつでも、どんなことでも相談してくれ」
「セレさん・・・」
「お前と私は、女でたったふたりの騎士なんだからな」
「ありがとう・・セレさん」
お礼を言うとセレさんは笑顔のまま、力強くうなずいてみせた。
→次話 2つの魔剣 3