第7話
王宮派遣騎士団長室。
そこには2人の男がいた。
1人は団長専用の机に座り、机上の書類を必死にかたずけていた。三十路前後ぐらいだろうか、短い茶髪に蒼い瞳。がたいのいい体格。身長も高く、かなりの大男である。
もう1人の男は来賓客用のソファーに腰掛け優雅にお茶を飲んでいる。こちらは茶髪の男とは違い、優男である。しかし、仮にも騎士で在るためかその体は鍛え上げられていた。亜麻色の髪とオレンジの瞳は優しい雰囲気を醸し出している。
「おい、聞いたかアレン? バズーラ家のガキが成人してねぇ子供にぼろ負けしたらしいぜ」
そう口に出したのは────優雅にお茶を飲んでいる方の男だった。
「…………おい、フィン。お前さ、いい加減その口調変えないか? お前の見た目と雰囲気とぜんっっっぜんあってないんだよ…………」
「別にいいだろ。公の場ではちゃーんとしてるんだからよ、それよかお前はさっさとその書類かたずけろよ。ことある毎に現場に乗り出しては始末書やら報告書やら俺に押しつけやがって」
「しゃーねぇだろ。俺はこういった机仕事が苦手なんだよ。現場に出て野郎相手に大立ち回りしてた方が性に合うんだ。つか、お前に任した書類が何でこんなに残ってんだよ…………ハッ、さてはお前、手抜きしたのか!?」
「人に書類押しつけておいて何いっているんだ? ハッ倒すぞ。その書類の束は団長しか決裁できない書類だ、大人しくやれ」
「………ヘイヘイ。それよかさっきの話だが───バズーラ家のガキが負けたっていうのはホントなのか?」
アレンはフィンが先ほど話が気になった。
バズーラ家は国王の覚えも目出度い魔術師の名門貴族である。爵位こそ子爵だが政治的影響力は筆頭魔術師長にも勝るとも劣ろないとも言われている。
「事実だぞ? なにしろ俺自身がこの目で確かめたからな」
「確かめたって、お前…………」
「冒険者ギルドから上がってきた書類のことで、幾つか聞きたいことがあったんだ。で、訪ねてみたら…………はははははっ! あれは傑作だったぞ!!」
カップをソーサーに戻して膝を叩きながら笑うフィン。
笑いの発作が収まらない。
というより目の前で観ていたなら“らしいぜ”じゃないだろうとアレンは思った。
「フィン……。お前、そりゃあ止めなくて大丈夫だったのか?」
アレンは不安になった。
貴族というものは総じて無駄にプライドが高い、鬱陶しいぐらいに高いが、例外がなくもない。
実際に目の前にいるフィンは貴族だが、本人がこんな性格の為、貴族に感じられなくなる。
だが、バズーラ家は典型的な貴族だったとアレンは記憶していた。
「大丈夫だろ。バズーラ家の次期当主様は冒険者登録しに来たみたいでな。今回はあくまでも冒険者同士の争いだ。いくら何でも冒険者としての喧嘩に家を持ち出さんだろ。そこまで馬鹿ではないさ」
フィンがそう言い切った瞬間、団長室のドアが音を立てて開いた。
「ノックもせずに申し訳ありません! アレン団長、フィン副団長。大変です!! バズーラ家の私兵騎士が、街中で黒いマントを身に着けた小柄な少年がバズーラ家の次期当主、マロリー・プファルツ・バズーラに狼藉を働らき大怪我をさせたと大騒ぎしています。見つけ出し、連れて来た者にはマロリー様よりお褒めの御言葉があると触れ回り、よそから来た荒くれ共が騒ぎ始めています! 今すぐ現場に出て指示を」
バッキン──────!!!
「…………はっ。おい、フィン。お前の予測、外れたみたいだな…………」
音の正体はアレンの使っていた羽ペンだった。
アレンはユルリと立ち上がり、そばに立てかけていた自身の愛剣を手に取った。
「えぇ。すみません、アレン。まさかバズーラ家の次期当主ともあろうものが、このような愚かしいことをなさるとは……………私達、王宮派遣騎士に喧嘩を売っていると言うことでしょうか?」
フィンは部下がいるためか、言葉使いを改めソファーから立ち上がり、アレンと同じく愛剣を手にした。
団長室に入ってきた部下は団長、副団長の怒気にあてられて身体が硬直してしまった。
「では、行きましょうかアレン」
「……あぁ、行こうか」
部下は弾かれたかのように素早く2人に道を開けた。
(コエェーーー!! マジ怖っ。バズーラ家の坊ちゃん、死んだな。よりにもよって“狼の牙と爪”に喧嘩を売るなんて…………いや、売ったコトすら分かってないだろうけど)
壁の花になっていた部下は立ち止まり、同時に振り向いた2人の上司にビクッとした。
「おい、お前。ちょっと頼み事していいか? バズーラ家の次期当主をノしたガキをフィンと一緒に保護してやってくれないか?」
「おや? 私は行かなくていいのですか」
「ガキの顔を直接見たことがあるお前が保護した方が手っ取り早い。……………バズーラ家の奴らより先に見つけ出せ、手遅れになる前に」
「………そうですね。そこのあなた、名前は?」
部下の男はすぐさま敬礼し、答える。
「はっ。自分は第三班所属のキーツ・ラックです」
「第三班ですね。それでは私はキーツと共に少年の捜索と保護に向かいます。行きますよ、キーツ」
「はっ!」
フィンとキーツはアレンと共に騎士団支部から出てからすぐさま冒険者ギルドに向かい、アレンは余所から流れて来た荒くれ共を捕まえに行った。
「安心なさい、キーツ。冒険者にも成らず、ただの傭兵もどきに後れを取るほど我らの団長は弱くはありません」
「分かっております。団長は“狼の牙”。副団長は“狼の爪”。我が国の英雄に不安なぞ感じてはいません。…………ところで何故、冒険者ギルドに向かっているのですか?」
キーツはフィンの行動に疑問を感じた。
少年を探すなら武器屋や雑貨屋、もしくは多くの情報が飛び交う酒場に行ったほうがよいのではないかと。
「冒険者ギルドに向かうのはバズーラ家の次期当主とその少年の間に何があったのか知るためですよ。彼らは冒険者ギルドを出てすぐに争いましたから、その原因を聞きに行くのです」
「………ギルドは2人が争った原因を知っていると?」
「えぇ、恐らくは。私がギルドから騎士団に帰るときに、ギルドから立ち去ろうとした少年を罵倒しているバズーラ家の次期当主を見てますからね。直前までギルド内にいたのならギルドの職員が何か知っている可能性が高いです」
フィンがキーツに説明している内に2人は冒険者ギルドにたどり着いた。
2人はさっそくギルドの受付嬢に話を聞くことにした。
「お忙しい所、申し訳ありません。私は王宮派遣騎士団副団長のフィン・ファルツ・ズィーゲンと申します。………バズーラ家の次期当主と、黒いマントを着た成人前の少年についてお話を伺いたいのですが、ギルド内での彼等の様子を知っている人はいませんか?」
受付嬢は少し驚いたようだったが、フィンの様子からただ事ではないとすぐに理解した。
「畏まりました。すぐにお調べ致しますので少々お待ち下さい」
受付嬢は裏に向かい、事情を知っていそうな人を探す。
裏には2人の受付嬢が休憩していた。
「ねぇ、2人共。今受付に騎士団の副団長が来ているんだけど、バズーラ家のマロリー様と黒いマントの少年について何か知っている人いない? あの2人のことについて聞きだい事があるんだって」
「あ~………。あのお坊ちゃんとあの子についてね」
答えたのは赤色の髪をした女性だ。
「きっとバズーラ家の私兵騎士があの子を探し回っているからでしょ。アレ、騎士団の人達からしたら喧嘩売られたようなものだもの」
「では、わたくしがいきます。あの人達の冒険者登録をしたのはわたくしですので」
そう言って椅子から立ち上がったのは緑色の髪をした女性だった。
「シーラがやったの?」
「そうよミラ。では、行ってきますね」
緑色の髪をした女性────シーラはフィンの対応していた受付嬢──ユラと共に受付に向かった。
「お待たせ致しました。バズーラ家のマロリー様と黒マントの方の対応をさせて頂きました、シーラと申します。この度はお二方のギルド内での事について聞きしたいことがあると伺いましたが相違ございませんか?」
「えぇ、その通りです。2人の間で何があったのか教えてくれませんか?」
シーラは頷いた。
そして、2人が冒険者ギルドに来てからのことの顛末を話した。
話が進むに連れて、フィンは微笑を浮かべてこそいるが、黒い何かが背中から立ち上がり、キーツは盛大に顔をひきつらせていた。
「……………それが、事実、なのですね?」
「はい。わたくしが直接見聞きした事実です」
シーラが話終わり。3人はなんともいえない重苦しい空気を纏っていた。
キーツは思わず天を仰いだ。
(そんなくっっっっっだらない理由で俺達走り回ってんの!? 黒マントの少年……………マジで可哀想だなおい。馬鹿に関わったばっかりに)
フィンは溜め息をついた。
「すみませんが、黒マントの少年についての情報を教えてくれませんか? 正式な届け出は後になってしまいますが、少年の保護が最優先なのでなるべく多くの情報が欲しいのです」
「緊急事態ですので、冒険者の個人情報の提出はすぐに出来ると思います。少々お待ち下さい」
シーラは手元にある水晶に手をかざして何か呟くと水晶が点滅し、光の粒子が水晶から溢れ出した。
「ギルド支部長より許可が下りました。これより情報の提示を行います。……………先に訂正させて頂きますが、黒マントを着た方は成人しております」
「おや」
フィンは驚いた。
てっきり未成年だとばかり。
「名前はミーシャ、現在16歳。『ヤドリキ』に宿泊しており、武道と魔術に心得がある治療師とギルドでは登録されています」
「…………ミーシャ? まるで女の子の名前みたいっすね」
「いえ、ミーシャ様は女の子です。マントで頭から全身を隠していらっしゃるので勘違いされていますが…………」
「「!!?」」
───この日、ギルドを訪れていた冒険者達は受付をしようとカウンターを見た瞬間そのまま踵を返すものが続出した。
彼ら曰わく、『あの凍った空気の中に入ってはいけないと本能が言っていた』と─────。