第49話
暴力描写、残酷描写があります。
苦手な方はご注意ください。
実彩、リル、イズール、リリーナ………そしてリーダー格を抑え、残りの三人も糸の罠に掛けたカムもジャンの想定外の行動に凍りついた。
味方のはずであるジャンからの不意打ちに完全に虚を突かれる形となった五人。
そしてその隙を────ローブ姿の四人組が見逃す筈がなかった………。
リーダー格の男と罠を外したローブ女がジャンの後を追い。
残ったローブ二人の内一人がイズールとリリーナ、もう一人がカムの前に立ちはだかった!
リルは……どうやらジャンの後を追ったようだ。
一気に変わった戦況。
「っ、チッ!!」
実彩が熟考したのは一瞬。
彼女は盗賊団が居るであろう洞窟に走っていった……。
(あの馬鹿とリルさん二人だけで盗賊団とローブ二人組を相手にするなんて無理だ! チクショウあの馬鹿! 後でコロス!!)
怒りに目を据わらせて実彩は走った。
そして───走った先で目にしたのは案の定、盗賊団ともう一人のローブ───恐らく女の方───に囲まれ、猛攻しているリルの姿。
リーダー格のローブ男とジャンの姿が見えなかったが、今は先にリルの方をどうにかする方が先だとローブの下から針を取り出した。
「────ニト、頼む!!」
《キュウ!!》
空中に投げた針は実彩から与えられた魔力により増殖して盗賊団とローブ女の頭上に降り注いだ。
「「「「「「んな?!」」」」」」
「!!」
ローブ女は素早く退き、盗賊団は増殖した針の餌食となった。
「ちょ、ちょっと待って!?」
リルはギョッとした。
何しろリルの頭上にも容赦無く大量の針が降り注いでくるのだ。無理はない。
避けたくとも、盗賊団に囲まれた状況では逃げるに逃げられない。
「………………?」
しかし待てど暮らせど何時まで経ってもリルに実彩が投げた針が襲ってこない。
疑問に思い、うっすらと薄目を開けて見てみたら………実彩の投げた針はリルに触れる前にまるで空に溶けるように消えていっていた。
驚き実彩を見るも、実彩は既にジャンが居ると思しき洞窟の中へと入っていくところだった。盗賊団は実彩の投げた大小様々な針によって悲鳴と怒号を上げてのたうち回っている。
僅かに逃れた者達は僅か数人にまで減っていた。
「んもう! あの仮面の坊や……女の私相手でも容赦無くこーんな物騒なモノ投げつけるだなんて! いい性格してるわね!!」
見れば僅かに針が当たったのであろう。
ローブが穴だらけになっていた。
「あら? 女だからって手心加えて欲しいタイプなの、あなた?」
「まさか、戦いに身を置いて居るんですもの。そんな戦士の風上にも於けないことされちゃったら………ふふふ、嬲殺しにしたくなっちゃうわ」
うふふ、と笑い合う女達の姿に生き残った盗賊が震えながら後ずさっている。
「それに幾ら姿を隠す為とはいえこんな冴えないローブなんか被りたくなかったらからある意味丁度良かったわ」
言うやいなや。女はローブを脱ぎ捨てた。
現れたのはリルにも負けぬ美しい女。盗賊からおおっ!! と声が上がる。ローブの下から出てきた女の姿は胸元と腰回りに薄い布が巻かれたような姿。実彩がいれば、アラビア風の踊り子の姿だと評したであろうリルと張るほどの扇情的な服装だった。
「私はナターシャ」
「ご丁寧にありがとう。私はリルよ」
「うふふ」
「うふふふふ」
二人は微笑み合ったまま…………ぶつかった。
ここにレオタード風女VSアラビア風女の戦いの火蓋が切って落とされた。
実彩が洞窟内に入ってすぐにジャンと思しき少年の悲鳴が響き渡った。カツカツと実彩の足音が反響する中、急いで声のした方に向かえば………案の定そこには剣は完膚なきまでに折れ、左肩から胸に掛けて大きく斬り伏せられたジャンが、息も絶え絶えに地面に寝転がっていた。
「ふん。貴様も我が剣の錆となりに来たか………ご苦労なことだな」
リーダー格の男はジャンを嘲るかのように言い放った。
「良かったな小僧、あの世への道中へ向かうお仲間が出来たぞ? いや………最初から皆死ぬのだから遅かれ早かれ、か」
馬鹿にしくさった物言いに、しかしジャンは反論しない。実彩が来るまでの僅かな間に何があったのか? ジャンはひたすら男に対して震えていた。
「ふん………つまらん。少し遊んだ程度でもう怖じ気づいたのか? まあ、いい。まだ一人、残っているしな」
そう言って実彩を見るも、当の本人は仮面の下からジャンの姿を身動き一つすることなく見詰めていた。
「どうした? まさか………この小僧の有り様を見ただけで怖じ気づいたわけではないだ………?」
男は途中で言葉を遮った。
実彩が動いたからだ。
(不用意に近付いてくるとわな………)
近付いてくる実彩を心の中で嘲りながら剣を構える男。しかしそんな男が目に入っていないのか? 実彩は男を通り過ぎ真っ直ぐジャンの目の前まで歩いて行った。
「くっくっくっ………お仲間の傷の方が心配なのか?」
自分を無視し通り過ぎる実彩に男は攻撃を仕掛けなかった。あまりに無防備な歩みに毒気を抜かれたのもそうだが、自分が勝つことは決定事項。どうせ、自分に殺されるしかない身の程知らずに最後の別れぐらいはさせてやろうという傲慢なまでの自信の表れだった。
「っつ………な、何してんだよ………お前……バカなのかこんな所にまで来て………俺のことはいいからさっさと逃げ───?!」
バッ………キン!!!
ジャンは最後まで台詞が言えなかった………実彩は体のバネだけで繰り出した突きのような蹴りは、真っ直ぐ斬られたジャンの胸の上にめり込まれた。
ミシミシッ……バキボコッ!!
不吉な音を体の中で奏でたジャンは口から血を吐き出した。………音からして、実彩の蹴りの入った胸は肋骨が複数、折れているだろう…………いや、下手したら肺に骨が刺さった可能性もある。
実彩の、傷付いた仲間に対する残酷な仕打ちに、リーダー格の男は凍りついてしまった。
何しろ、助けに来たのだろうと思った実彩が、自分が負わせた傷よりも遥かに大きな傷を付けたのだ。それは硬直しもするだろう。
「あ゛? なに寝言ほざいてんだ、テメェは? 『俺のことはいいからさっさと逃げろ』? テメェみたいな力量も満足に測れないどころか、事態を悪化させるしか脳のない脳筋を助けるわけねぇーだろうが………」
ドスの利いた………それはそれはおどろおどろしい、ひっくーい声が洞窟内に染み渡るように広まっていった…………。
仮面の下から覗く絶対零度の視線に………ジャンは痛みも忘れて喉の奥で小さく悲鳴を上げた。
「ヒィッ……」
「………」
ヒュッ………ズッジャ!!
踵落としの要領でそのままジャンの頭を踏みつける───!!
「ぐっ……ふっっ!?」
「……………」
無言で行われる暴行の数々にローブ男がドン引きした。
(コイツ………頭、大丈夫なのか……………?)
そう思ってしまう程の情け容赦ない、明らかに急所狙いの的確な攻撃に怖気立つ。
ドッシャア
血塗れで地面に突っ伏すジャンに、実彩はなんの感慨もないかのように冷めた眼差しでジャンを見やると、改めて実彩はリーダー格の男に向き直った。
「待たせて悪いな。殺るか?」
「貴様……その小僧は仲間ではなかったのか?」
親しい相手に、ちょっとそこまで付き合ってくれ。とでも言うように軽く言われた『殺るか?』に気を回すどころでは無い。普段の男ならば不遜だ、と感じる言葉にも実彩のジャンに対する暴行に比べるとどこか薄っぺらく思う。
「大丈夫大丈夫。急所狙いで徹底的に痛めつけたけど手加減はしたし…………個人的な話だけどウチの家訓は『手加減はしても容赦はするな』だから。問答無用でやったけど流石に死んだらこの後の命令違反の罰を受けさせられなくなるし。殺しはしないさ」
「まだ罰を受けさせる気か!?」
余裕を見せて通り過ぎる仮面を見逃さず、斬りかかるべきだったか? それともさっさとあの小僧にトドメを刺してやるべきだったか?
「当たり前だろ? これはあくまでも私的なリンチだし。一人でバカやっておきながらあっさりとあんたに心折られて無様の様を曝して…………それがなかったら暴行は後回しにしたんだけどな」
さっさと殺してやれば良かった………。
これがローブ男が心の底から思ったことだった。
敵に対してさっさと殺してやらなかったことを悔いたのは初めての経験だった。
仮にも自分が相手取った者が他者に嬲り殺しされるのは見たくない。
せめて……これ以上苦しまぬうちに眠らせてやろう。ならばその前に。
リーダー格の男はローブを脱ぎ捨てる。
「せめてもの餞だ。我が名はイシュール。我が姿と名を、冥途の土産に刻むが善かろう」
「私はミーシャだ。しがない駆け出しの冒険者さ」
そして二人は対峙する。
「いざ参る」
「来参らせ」
イシュールが振るう剣が、実彩のニトと激突した─────。
実彩がブチ切れました………。まぁ、無理もありませんが………一応ジャンは生きておりますハイ。
えー……次回は番外編でジャン視点のお話となります。彼が、何故、あのような暴挙に出たのか? その辺りが明らかになる話にしていく予定です。
それでは皆さま。
また次回にお会いしましょう。




